くるりと身体を回転させながら、わたしは叫ぶ。
足りない!
くるりと身体を回転させながら、わたしは叫ぶ。
藪から棒ねぇ、舞
あきれたような顔で眼鏡を直しながら、それでもこちらへ瞳を向けてくれる紬ちゃんは良い友達。
足りないのよ、紬ちゃん~
机に顔をぽてっと乗っける。
だらしないわよ、と言われる。
けれど、楽なんだから仕方ない。
……むしろ、落ち込んでるんだけれどね
泣きべそかかないでよ。
というか、事情が全然わからないし
だってだって、理愛(りあ)ちゃんが全然かまってくれないから!
あぁ、理愛ちゃんねぇ
納得したように紬ちゃんは頷(うなず)く。
そう、理愛ちゃん。わたしの大切な親友で、とってもかっこいい女の子。
彼女、忙しいんじゃないの。
ほら、先生の手伝いや、同級生の相談も受けているって言うし
そうなんだよ~。まだ入学してそんなに月日も経ってないのに、スゴいよ~
理愛ちゃんはわたしの幼なじみで、幼稚園から高校まで、ずっと一緒。
頭も良くて、スポーツもできる。それでいて物怖じせずに色々とチャレンジする彼女は、わたしにとって大切な人。
スゴいんだけど……いつも生徒会の仕事や家の手伝いがあるからって、全然舞と遊んでくれないんだもん
だけど高校に入ってから、理愛ちゃんは今までよりずっと忙しくなって、わたしとの時間が極端に減ってしまった。
(確かに、理愛ちゃんもそう言っていたけれど)
理愛ちゃんと比べ、わたしは頭が良くない。
なのに、わたしと違って頭のいいはずの理愛ちゃんは、どうしてかこの高校に選んで入ったようだった。
この高校のいいところは、わたしにしてみたら家から距離が近いって位なんだけれど、理愛ちゃんには少し違う考えがあったらしい。
『わたし、家の仕事好きだから。それを考えると、ね』
いわく、家の手伝いもできるし、将来的には地域の人との付き合いが大切だから、とのこと。
はぁ、寂しいよ~。
わかってるけど、辛いよ~
ぶーぶー膨れたり萎(しお)れたりしていると、可愛くないぞ~
可愛くしてないと、理愛ちゃんもっと遊んでくれなくなっちゃうかな?
どうしてそういう思考に至るのかがよくわからないわけだが
ふぇえ、理愛ちゃんが足りない~!
……どうして新入生期待の星である彼女と、眼の前のだだっ子が幼なじみで仲がよいのか、皆さんには解明できるでしょうか。
私には不思議でしょうがありません
紬ちゃん、いったい誰に話しかけているの
たまに紬ちゃんは難しいことを言う。
りんり、とか、てつがく、とか、難しい本を読んでいるからだ。
それに、一目見ればわかるでしょ!
え、なにが
わたしと理愛ちゃんが仲のいい理由!
……いや、さっぱりわからなさすぎて、困惑していますが?
相反するってことは、惹かれあうってこと。
磁石みたいなわたし達、って感じかしら
つまり自分がかなりナニだってことの自覚はあるわけだね。
安心した
ナニってナニ!?
先ほどのテストの点数は合格圏内でしたか
こう、先生も強い光で消えるペンで採点してくれればいいのに
消えたら先生の評価も消えるので、そんなことはありません
……紬ちゃん、テスト交換しない?
なるほど、確かに相反するね。
とりあえず、先生に報告するか
やめて、冗談だよ~!
慌てるわたしに、紬ちゃんはため息を一つ。
……テストはいつも赤点スレスレ、体育を含めた運動も苦手。
人付き合いも愛嬌はあるが、人の迷惑は考えていない。
相談? なにそれ真実の口よりヤバくない?
……共通するのは、幼なじみというくらいか。
君と現(うつつ)嬢は、確かにまったく相反するのは理解できるけれど
なにげに紬ちゃん、わたしに対して冷たいよね。
というかバカにしてる?
むしろ、紬ちゃんの方が人間的にどうだろうか、と想ってしまうわたし。
でも嘘じゃないのが、怒りにくい部分でもある。
……あれ、わたしって、かなりダメな子なのかしら。
いやいや、純粋な好奇心。
そもそも二人の接点が不思議で
理愛ちゃんはああ見えて、すっごくカッコいいんだよ!
それはわかるけれど、それと舞の共通点がわからない
カッコいい、カッコいいって言うと、喜んでくれる!
……現(うつつ)さんに同情するわ
なんで!?
頭をふって悲しそうに言う紬ちゃん。
わたし、なにかオカシイコト言ったかな!?
つまり、彼女のファン第一号って感じなのね
ファン第一号?
知らないの?
現(うつつ)さん、隠れファンクラブができるくらい、人気が高くなっているんだよ
そうなの!? 知らなかった
鈍いなぁ、舞は。
ニブリスト
うっ、なんか太っているみたいで嫌だよその呼び方
鈍感
ストレートな言い方は心を抉るね、紬ちゃん
わたしは優しくも、格好良くもないからね
飾りたてない紬ちゃんは、でも、実の所わたしのお気楽さと相性が良いと想っている。
わたしが動ければ紬ちゃんが抑えてくれるし、紬ちゃんのやる気がなければわたしが引っ張っていけるし。
わたし達はどちらかと言えば、凹凸コンビって感じかな
勝手にコンビにしないで
ツッコミも瞬時、これで紬ちゃんにもう少し積極性があれば。
理愛ちゃんにはない部分を教えてくれるから、紬ちゃんのファンでもあるかも
ファンって……恥ずかしいこと言わないの
赤くなった顔を隠すように、手元の本を開いてのぞく紬ちゃん。
その姿に満足したわたしは、また理愛ちゃんのことを考え始める。
……でもね
でも?
そして浮かんだのは……ずっと昔の、幼い頃の彼女の姿。
カッコよくなる前の、ちょっとドジな理愛ちゃんも……わたし、好きだったんだけどなぁ
ふぅん。ドジなあの頃、ねぇ
どうして理愛ちゃん、あんなにカッコよくなっちゃったのかな~
カッコいいのが不満なの、舞は
大好きだよ!
むしろファンクラブに入りたいくらいだよ!
受付が誰なのかわからないけれど、後で調べてみよう。
わたしがそんなことを考えていると、ふむ、と紬ちゃんは首を傾げてから一言。
きっかけ、があったんじゃないのかな
きっかけ?
……もしかすると、カッコいいカッコいいって、周囲で言う人がいたからだったりして
あぁ、そうだね~。
理愛ちゃん、ある時からすっごくしっかりするようになり始めたかも
親の手伝いや、勉強の成績なんかが、すごく上がった時期があった気がする。
でも、だからといって一緒にいる時間が減ったわけじゃなかった。
ただ、小学校から中学校と上がるに従って、遊ぶ時間はだんだん減っていった気もする。
暇を見ては会ったり話したりしていたから、あんまりそんなことは気にしなかったんだけれど。
理愛ちゃんの頑張りに、みんなが気づいて応援したから、理愛ちゃんもどんどんカッコよくなったんだね♪
……そりゃあ、カッコよくなれば、カッコいいって言われるだろうけれど
あ、また紬ちゃんの難しい言い方だ
紬ちゃんは、たまに言葉をぐちゃぐちゃにする。
はっきり言えばいいのに、なんでか遠回しの言葉を使おうとする癖があるのだ。
……こういう時、紬ちゃんは心の中の整理がついていないんだって、最近はわかるようになったんだけれど。
まぁ、わざわざ導火線に火はつけないけどね。
しけってると、つける方が面倒なだけ
今回は、さっぱりなにを言いたいのかがわからなかった。
紬ちゃんって、いわゆるインテリってやつ?
めんどうよね
友達相手に面倒って言える舞の神経の方が、私には信じられないよ
信じられなくてもいいから、紬ちゃん
うん、なに?
理愛ちゃんの足りなさを、わたしはなにで埋めればいいの?
それを教えて~
爆発しろ
ひどい!?
まさか爆発しろだなんて……紬ちゃん、今の時代、それって冗談にならないのに。
わたしがそう言おうとした時、紬ちゃんは本を閉じて真面目な顔で言った。
ちゃんと話し合えば?
会えないって言っても、理由があるんだろうし
すごい正論が出たので、頭の中がスッキリする。
う~ん、そうだね。
やっぱり、それしかないか
そうそう。私だからいいけど、他の人なら呆れられるだけだよ
紬ちゃん、呆れてないの?
呆れすぎて早く爆発してほしい
どうして爆発にこだわるのかな
その部分だけは納得できなかったけれど、話し合うのが一番いいのは、すごく理解できた。
わたしは椅子から立ち上がり、明るい声で紬ちゃんにお礼を言う。
紬ちゃん、ありがとう!
そうだね、話し合ってみるよ
うむ。
よって、この面倒を他人に押しつけないこと
ごめんね、いつも相談に乗ってもらっちゃって
……いいんだよ。
私も……
ぼそりと紬ちゃんがなにか言ったけれど、聞き取れなかった。
うん?
紬ちゃん、なにか言った?
いや。
こう……付け込まない自分の愚かさと、嬉しくなって欲しい葛藤と言いますか
???
紬ちゃん、たまにわからないことで、難しい顔するよね
そうだね。
舞には、絶対わからないだろうことで悩んでいるからね
ひどくない!?
舞、そこまでニブミでおバカじゃないよ~!
おぉ、言葉そのものが名刺代わりになりそうだね。
さすがだよ、舞
本当?
なんだかわからないけれど、褒められてるのかな?
世間的には残念というかも
やっぱり紬ちゃん、わたしのことバカにしてるでしょ!
というわけで、早く連絡しなよ。
もしくは、教室行く?
うっ……
いきなり教室に行くのはためらわれた。
別に問題はないんだけれど、いざ乗り込んでいくとなると、少しためらってしまう。
で、電話にする
メルス(MELUS)でもいいんじゃない。
短文の方が、言いやすいかも
ううん、どうせなら……
スマホのパスコードを入力して、理愛ちゃんの電話番号を入力しようとした――その時だった。
あの……璃鳴地 舞(りなじ まい)さん、いますか?
……!
電話をかけようとした相手の声が、耳に飛び込んできたのは。