それじゃこのカップ麺を棚に並べるから

秋乃

カップ麺、カップ麺、カップ麺?

どうしたの?

秋乃

すみません、マスター。カップ麺とは何のことでしょう?

 段ボールを開けて、箱いっぱいに詰まったインスタントラーメンを見つめながら秋乃が呟く。

秋乃

インスタントラーメンはカップ麺とも言うのですか。言語は難しいですね

俺はまだあなたのうまい扱い方がわからないよ

とりあえず並べてみようか

 要は感心する秋乃に箱から一つラーメンを取り出して手渡してみる。しかし、秋乃はまだ段ボール箱を見つめたまま動かない。

秋乃

ハ?

秋乃

ハニカムー!

何事!?

 秋乃が急に段ボール箱を持って立ち上がる。フタの空いていた箱からは当然のように床にラーメンが散らばった。

秋乃

マスター、見てください! ハニカム構造です!

段ボールの断面? そりゃ強度を上げる必要があるから

秋乃

その通りです。あぁ、簡単に破れてしまう一枚の紙さえもこんなに強くしてしまうなんて。なんて罪作りな存在なんでしょう。それでいて素敵なこの幾何学的な対称図形を描く芸術的な……

お、落ち着いて

秋乃

す、すみません。私、幾何学模様を見るとつい。特にハニカム構造の素晴らしさには何度見ても心打たれます

つい、でそうなるんだ……

 床に散らばったラーメンを集めて秋乃が持ち上げた段ボール箱に戻す。秋乃はまだ興奮冷めやらないらしく、しきりに体を小さく動かしている。

あの、大丈夫?

秋乃

大丈夫です。これも大切なお仕事ですから

もう少し優しく持たないとへこんじゃうから

 こちらも強度の高い発泡スチロール製だが、秋乃の心には響かないらしい。

これは、大丈夫そうだな

秋乃

何をやっているんですか、マスター?

傷がついてないか調べてるんだよ。へこんだり、破れたりした商品は出せないからね

秋乃

えっと、こうですか?

 要の真似をするように秋乃がぐるりと見て回す。ラーメンを一周させてまた秋乃は首を傾げた。

よくわからない?

秋乃

すみません

えっと例えばここは少しへこんでるでしょ?

秋乃

でもこれは構造上問題がないのでは?

そうなんだけど、気にする人もいるからね

秋乃

人間は意外なところが気になるものなのですね

そうかもね

意外な展開になったけど、新しいことが覚えられたみたいでよかったかな

 傷のあったものを段ボールに入れて要が立ち上がる。

これはどうしようか。店長に言って買い取らせてもらってもいいんだけど

秋乃

すみません

いいんだよ。後は、やることないからレジにでも

 要が言うと同時に入店音が鳴る。

それじゃいこうか

秋乃

はい、マスター

マスターはお客さんに聞かれないようにしてね

変な趣味だと俺が噂になっちゃうよ

 レジに二人並んで入るとあまり目的もないのか、中年の男性客はうろうろと店内を巡っていた。

 それはどこのコンビニでも見られる普通の光景だが、ここでは異質だ。

この人、遠いところから来てるな

 要はすぐにわかる。ずいぶんと飽きられてきたとはいえ、まだ疑惑が晴れきったわけではない幽霊コンビニで長居したいと思う人間は少ない。

いつもまっすぐ商品を取ってレジに来て、すぐ帰っちゃうもんなぁ

秋乃

お客さんは何をしているんですか?

商品を選んでるんじゃない?

秋乃

どうしてですか? コンビニに来るということは何かを買うために来たんですよね? 店内はある程度分類されていますから全部を見て回る必要はないと思うのですが

他にいいものあるかも、って期待して見ちゃうんだよ

 納得いかなさそうに口元を歪めた秋乃は客を観察するように目で追っている。

 それに応じるように中年客は何も持たないままレジに向かってきた。

あ、タバコかな

金だ

はい?

秋乃

タバコは番号でお願いします

金を出せ

 ぼそりと聞き取りにくい言葉とともに包丁が突き出される。

うわっ!

聞こえなかったのか? 金を出せ!

え、あ、ちょっと

秋乃

マスター、お客さんがお金を要求していますが、ここではそれは販売していません。どうすればよいでしょうか?

いや、渡せないんだけど

ごちゃごちゃ言うな! 刺されたいのか

わっ、た、助けて!

秋乃

はい、マスター

 口をついて出た言葉に秋乃が反応する。

 左腕が開き、そこから脇差のような短い曲刀が姿を現す。

 呆然とする強盗の持っていた包丁の刀身が真ん中ですっぱりと切り落とされた。

秋乃

警告します。まだマスターに危害を加える場合は危険度が高いと判断し、対象者への直接の攻撃を開始します

ひいいぃぃ

 強盗は半分に折れた包丁を秋乃に投げつけるが、それもすっぱりと半分になってレジカウンターに落ちる。

 慌てて逃げ出そうとした強盗の体に黒い触手が巻きついた。

百手

物騒な音がすると思ったら、何事だい?

店長……

秋乃

状況終了。兵装を解除します

助かった

百手

いやぁ、ごめんごめん。見てたアニメがちょうどいいシーンだったんでね

俺の命とアニメを天秤にかけないでもらえます?

百手

でも無事だったならよかったじゃないか

秋乃

はい、マスターの生命は私がお守りします

は、放せー!

 百手の触手に締め上げられながら、強盗がじたばたと喚く。

 そこにゆっくりと近付いて、百手はニコリと笑った。

百手

今君の体に巻きついているものは幻覚だ。いいね? このことを一切口外しないというのならば、五体満足のまま警察に引き渡してあげよう

 無言のまま強盗は頭を縦に何度も振る。

悪い人には容赦ないんだなぁ、店長

 衰弱して、何故かべとついた強盗を警察に引き渡して事情を説明していると、あっという間に時間が経ってしまった。

今日のバイト終わり!

百手

最後はドタバタしてしまったね

あんなことがあったら仕方ないですよ

秋乃

私はとても貴重な経験になりました。この地域は安全と聞いていましたが、明日よりもう少し兵装を強化しておこうと思います

いや、要らないよ。毎日あんなことがあったら困るから

百手

それにしてもどうしてうちに来たのかな? お金なんてないのに

言ってて悲しくなりませんか? この辺りの人間ならわざわざ幽霊コンビニに強盗になんて来ませんよ

秋乃

幽霊コンビニとはなんのことですか、マスター?

秋乃さんは知らなくて大丈夫だよ

 翌日、いつもの時間に要は店を訪れた。

今日は何人お客さん来るかなぁ

 そんなことを考えながら、入店音を鳴らす。

あれ?

 店内には人だかり。レジには秋乃と小木曽が入って客の相手をしている。

何事なの?

百手

あ、高橋くん! よかった。早く着替えて手伝ってくれるかい?

何があったんですか?

百手

昨日の強盗事件で勇気を出して強盗を捕まえたコンビニ店員という触れ込みで、三ノ丸くんが話題になったらしくてね

それでこの騒ぎですか

百手

数日で収まるとは思うけど、これを機に幽霊コンビニの噂がなくなってくれればいいんだけど

それは無理じゃないですか?

百手

どうして?

店長、焦って背中から触手出ちゃってますよ

百手

 要を待ちきれずにレジ裏に飛び出してきた百手の背中からは黒い触手が何本もうねっている。

 見慣れた要にはどうということはないが、列になってレジを待つ暇な客からは異常すぎる光景だ。

百手

せっかくのお客さんが

まぁ、並んでいる分には今日だけは買っていってくれるんじゃないですか

 要は落ち込む百手を押し込みながら店裏へと進む。レジの手伝いはしなくてもすぐに混雑は収まるだろう。

それにしても

 後ろを振り返り、最短距離を通ってレジ打ちをこなす秋乃を見る。

どうして誰も彼女のことをロボだって気がつかないんだろう?

 頭を捻って、要は百手を休憩室に放り込んだ。

三話 アンドロイドはコンビニバイトの夢を見るか?(後編)

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