ありがとうございました

 店を出て行く客の背を見送った後、ドロワの中に代金をしまって要は息をつく。

百手

また売れた。本当にすごいよ

そろそろ慣れてくださいよ。毎回喜ぶんですか?

 客がいなくなった途端にレジに出てきた百手を要が諌める。

 バイトを始めて二週間。

 要が大学で出来た数少ない友人の話を聞くに、少しずつ幽霊コンビニの噂も沈静化しているということだ。

まだまだですよ。俺がバイトに入って一時間でまだ三人しか来てないんですから

百手

そうは言っても喜びが止まらないよ

それはよかったですけど

 百手がずっとこの調子で要はすっかり調子が狂ってしまう。

 まだ大学生。社会人と呼ぶには少し幼さの残る身でもこのコンビニが黒字ではないことくらい要にはわかる。

 それでも人のいい店長が苦労しているのはなんとなく心苦しくてこうして他人の財布の中身を心配してしまう。

百手

そこで、高橋くんにお知らせがあるんだ

なんですか?

百手

もう一人バイトを増やしてみました

人件費ー!

ダメだ、この人。早くなんとかしないと……

 頭を抱えてうずくまった要を百手が心配そうに見つめる。

百手

だ、大丈夫かい?

は、はい。ちょっと驚いただけです

百手

そうかい? もうすぐ来ると思うから期待しててよ

期待も何も俺一人で困ってないんだけどなぁ

 店内にいてできることはたいてい覚えてしまった。店裏では店長が触手を伸ばしてサポートしてくれていることもあって要の仕事は多くない。

 シフトだって大学生な上にキャンパスから近いこともあって、それから友人が少ないこともちょっぴり関係があって、結構な時間をバイトに充てている。

何か俺の仕事に不満でもあるのかな? それともただの考えなしなのか

それに今度来るのは人間なのかそれともちがう生き物なのか。どんな人だろ?

 勝手な想像を張り巡らせながら、要は新人バイトの来店を待って、店の外を眺めていた。

秋乃

あ、こんにちは。今日からアルバイトでお世話になる、三ノ丸と申します

 小柄な少女が恭しく頭を下げるのに釣られて、要は小さくお辞儀をする。

百手

あぁ、待ってたよ。三ノ丸秋乃(さんのまるあきの)くんだ。こちらは先輩の高橋くん

秋乃

よろしくお願いします

はい……

百手

ん? 高橋くん。どうかしたかい?

いえ、なんていうか

 秋乃の姿を要はじっと見る。少し小柄だが真っ直ぐに伸びた曇りのない四肢に、青い瞳。地味なパーカーにジーンズのラフな姿は服に縁遠い要と話が合いそうだ。

 だが、それ以前の問題として。

あの耳、背中のパック、球体関節

完全にロボだこれー!

 要が大声を上げる。

百手

そうだよ。よくわかったね

わかりますよ。もうちょっと隠した方がよくないですか? いや、別に変とかじゃなくて。っていうかどういう技術レベルですか?

秋乃

その辺りは禁則事項に該当するのでお話できません

百手

他人のプライバシーを覗いちゃいけないよ

店の裏で生活してる人が言わないでください

百手

でもよくわかったね。最新技術でほとんど人と見分けがつかないはずなのに

見ればわかりますよ! 店長、人間の視覚情報処理能力を舐めちゃいけませんよ

秋乃

汎用人型自動人形、製造番号AKN-〇三。コードネーム、秋乃です。これより高橋要さんを条件付きマスターとして承認します。お仕事の指示などをお願いします

めっちゃロボットしてるじゃないですか!

百手

そうかなぁ。私は最初見たとき人間にしか見えなかったんだけど

異種族から見た人間ってそのくらいの区別しかつかないのかな?

あ、えぇと。話し方ってもっと人間寄りというか専門用語を使わないように出来る?

秋乃

可能です。言語管理プログラムから日常会話に不要な専門用語をロックします

お客さんの前でそういうことを言わないようにね

秋乃

ロック完了。それではマスター、お仕事教えてください

マスターはやめようよ

秋乃

ですが、これは私が承認したマスターか否かを外部から判断する基準になりますので

変えられないんだ?

秋乃

はい。申し訳ありませんが

わかったよ。じゃああんまり大きな声で呼ばないようにね。それじゃ品出しでもしようか

秋乃

はい、お願いします

日本のロボット技術はいつの間にこんなに進化してたんだ

 要は後ろをついてくる秋乃の顔をもう一度見る。確かにじっくりと見ても尖って金属質がむき出しになった耳を除けば人間のそれに見えなくもない。

 表情の移り変わりは多くないけれど、周囲の異種族たちが個性的過ぎるだけで違和感は全くないと言っていい。

秋乃

どうかされましたか? マスター

いや、そういえば店長はマスターじゃないの?

秋乃

百手さんですか? 私のプログラムでは人間以外はマスターに選ぶことが出来ないようになっていますので

なるほど。ここでは俺しかマスターになれないってことなんだ

 マスター、などと呼ばれ慣れているはずもない要は秋乃に呼ばれるだけでたじろいでしまう。

これは慣れるまでに時間がかかりそうだなぁ

 百面相する顔を秋乃にじっと見つめられながら、要は店裏に積まれた段ボール箱に辿り着く。

この辺りがお店の商品の在庫ね。普段は店長が全部やってくれちゃうんだけど、時間があるときは手伝ってるんだ

秋乃

これをお店に並べるんですね

そう。それじゃ試しにインスタントラーメンでも持っていってみようか

 手近にあった箱を取り、要が抱えて持ち上げる。

 その箱を奪い取るように秋乃が掴んだ。

えっと。俺一人でも運べるよ?

秋乃

いえ、マスターより私が楽をするわけにもいきませんので

でも、秋乃さん女の子だし

秋乃

問題ありません。私の方がマスターより加重に耐性があります

要するに力がある、ってことかな?

まぁ、ロボットなわけだし当然か

でもやっぱり俺が持っていくよ

 要は秋乃が抱えていた段ボール箱をまた持ち直す。

秋乃

どうしてですか?

ちょっと難しいかもしれないけど、男には見栄ってものがあるんだよ。小柄女の子や後輩に辛い仕事をさせたくないって気持ちがあるんだ

秋乃

私の理解の範疇を超えていますが、マスターの指示でしたら従います

お願いくらいなんだけど、まぁいいかな

 じっと後ろから背中を見つめられることに気付かない振りをして要は足早に店頭に向かった。

三話 アンドロイドはコンビニバイトの夢を見るか?(前編)

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