十一月某日。この日を僕達は待ち望んでいた。そう、文化祭当日だ。今日、僕らの演劇はいよいよ上演される。
 この一ヶ月、僕は役者たちの演技指導に追われた。僕自身は役者の経験がないから、本格的な指導はできない。だからあくまでも基礎的な部分だけを重点的に指導した。
 相馬も自らの脚本を思い描いた通りのものにすべく、演出に力を入れていた。たくさんプロの演劇を観たおかげか、たくさんアイデアが浮かび、それが演出に組み込まれたようだ。
 そして今日がいよいよ本番。午前の部と午後の部、二回の公演がある。果たして舞台は成功するのか。僕はずっと緊張していた。

相馬レオ

何を緊張しているんだい、新堂くん

新堂康介

そう言われたって、やっぱり本番前は緊張するさ

相馬レオ

そうだね。正直、俺も緊張しているかも。でも役者の皆はもっと緊張しているはずだから

新堂康介

それもそうだね

 手をぎゅっと握りしめる。手のひらは汗がにじんでいた。

相馬レオ

役者たちのところへ行こう。円陣を組まなきゃ

 その言葉に頷き、僕らは役者たちのところへ向かった。

 予想通り、役者たちはかなり緊張しているようだった。そんな中、一人だけイキイキとしているヤツがいる。

西新井

おい、お前ら緊張するな! そんなの気合で乗り切れ、気合で!

 そう声を張り上げたのは、なんと西新井だ。
 西新井はあれから自分のやる役がオカマだと知っても怒ることなく、むしろ真剣に演技に取り組んでくれた。
 心配していた演技力も思いのほか高く、もしかしたら西新井は役者に向いているのではないかと思えた。

相馬レオ

ほら、みんな、円陣組むよ!

 相馬の声に役者陣が集まってくる。そのまま皆で円陣を組むと、相馬は声をあげた。

相馬レオ

さあ、いよいよ本番だ。みんなで楽しい演劇にしよう!

 相馬の声に皆が一斉に応える。この様子なら本番も大丈夫そうだ。

新堂康介

僕は観客席から様子を見ているよ。皆、頑張ろう!

 僕の声にも役者たちは応えてくれた。それを心から嬉しく思う。非リア充で目立たない僕。それが裏方とはいえ、こんな日の当たるところに出られるなんて思わなかった。

相馬レオ

俺は舞台袖から見てるから。それじゃあまた後で

 相馬と別れ、観客席へと向かう。上演まで残り十分。さあ、いよいよ勝負の時だ。

新堂康介

(これは、一体どうなっているんだ?)

 観客席に来て、僕は動揺していた。なぜか。あまりに観客の数が少なかったからだ。今観客席にいるのはせいぜい十人くらい。この広い体育館の観客席から考えると、スカスカもいいところだ。

新堂康介

(そんな、これだけ頑張ってきたのに。観客がこれしか集まらないなんて!)

 僕は悲鳴をあげたい気分だった。
 いよいよ本番が始まる。しかし観客はまったく集まらずにいた。

 午前の部の公演が終わる。だが公演の内容は僕の頭の中には入って来なかった。
 最終的に集まった観客は十五人程度。所詮学生演劇ではこれが限界なのか。それともなにか他に原因があるのか。
 僕はトイレに向かうと、個室にこもり一人頭を抱えた。

新堂康介

(どうしよう。このままじゃ舞台は失敗だ。この二ヶ月間、皆で頑張ってきたのに。こんな結末になるなんて)

 目から涙が浮かんでくる。思い上がっていたけれど、僕程度の実力じゃこれが限界だったのか。あれだけ偉そうに脚本のダメ出しや、演技指導をしておいて。まるでバカみたいだ。

新堂康介

(僕は、一体どうすれば!)

 トイレの扉を乱暴に叩く。

相馬レオ

おいおい、物にあたるのはよくないよ

 その声が聞こえてきた時、僕は驚いて天井を見た。個室の壁をよじ登り、隙間から相馬が顔を出していた。

新堂康介

どうしてここが……

相馬レオ

最初に脚本のダメ出しをお願いした時、新堂くんが逃げ込んだのがここだったからさ

 そう言われてみればそうだった。僕はほとんど無意識にここのトイレに逃げ込んでいたのだ。それを相馬は一発で見抜いたらしい。

相馬レオ

どうしたの? 本番、問題なかったと思うけど。どこか悪い点があった?

 相馬が心配そうに尋ねてくる。それに僕は首を横に振った。

新堂康介

あまりにも観客が入らなかったからさ。せっかく磨き上げた舞台なのに、こんな僅かな人にしか見てもらえないなんて、自分が不甲斐なくて

相馬レオ

なんだ、そんなことか

 相馬はまるで瑣末なことのようにそう口にした。

新堂康介

そんなことって

相馬レオ

そんなことはそんなことだよ。確かに観客が少ないのは残念だったよ。でも、その少ない観客がみんな劇に満足してくれていたとしたら、それはそれで嬉しいと思わない?

 なんというプラス思考だろう。でも相馬の言うことにも一理ある。

新堂康介

確かに、それは嬉しいね

相馬レオ

だから、例え観客が一人しかいなくても堂々としていようよ。俺達は俺達の演劇をやっていれば良いんだから

 まさかこんな風に相馬に諭される日が来るとは思わなかった。落ち込んでいた気持ちが晴れ、僕は笑みを浮かべる。

相馬レオ

さあ、皆の所へ帰ろう!

新堂康介

うん!

 トイレの個室から外に出る。
 もう観客が少なくたって怖くない。僕達は僕達の演劇を堂々とやれば良いのだ。
 僕はやる気を取り戻し、再び体育館へと向かった。

新堂康介

(これは、一体どうなっているんだ?)

 体育館に戻ってきて、僕はさっきと同じ言葉を思い浮かべた。でも今度は意味がまったく違う。体育館にはあふれんばかりの人が集まっていた。その内の一人が声をかけてくる。

あの、オカマが出てくる演劇って次はいつやるの?

 オカマが出てくる演劇、それは僕らの劇で間違いなかった。

相馬レオ

次は今から一時間後ですよ

 相馬が応対する。すると声をかけてきた人は笑みを浮かべた。

それは良かった! さっき上演した演劇が凄く面白かったって聞いて、慌ててやってきたんだ

新堂康介

そんなに話題になっているんですか?

 僕は胸の鼓動が高まるのを抑えながら、そう尋ねた。

凄い話題になっているよ! 今体育館に来ている人たちは、皆演劇目当てじゃないかな?

 そうか、僕たちの演劇はやっぱり成功していたんだ。そう確信し、再び目に涙が浮かんでくる。

相馬レオ

よかったな!

新堂康介

うん!

 僕は相馬と一緒に力強く頷き合った。

 それから一時間後。僕たちの二度目の公演が始まった。
 観客の数は百人を超えるだろうか。十分過ぎる程の人数だ。
 今度、僕は余裕を持って劇を観る事ができた。

西新井

そうね、それが問題ね

クラスメイト1

真面目な顔してケツを触るなオカマ!

 西新井のオカマネタに観客たちが笑い出す。これは相馬が提案したギャグだ。どうやらこのギャグは正解だったらしい。
 劇が進むに連れ、笑いが起き、観客が盛り上がっていく。ここまではまさに大成功だ。
 後はオチを観客が受け入れてくれるか。それにかかっている。

クラスメイト3

あなたが探していたお兄さん、それは彼女です

一ノ瀬華

……!

 探偵役の人物が指差した人物。それは一ノ瀬が演じるキャラクターだった。
 女性が男役をやるのは難しい。でも、完全に性転換した男の役なら演じる事ができる。いわば逆転の発想だった。

クラスメイト1

兄さん、もう一度会えてよかったよ。ありがとう、そしてさよなら

 主人公の台詞と共に暗転し、劇が終わる。続いて役者陣全員が姿を現しカーテンコールの始まりだ。同時に観客席から無数の拍手が起きる。

新堂康介

(そうだ、僕が見たかったのはこの光景だ)

 たくさんの拍手と共に幕が降りていく。公演は大成功だ。

相馬レオ

新堂くん!

 すると相馬がこちらに向け駆け出してきた。僕の手を掴むと、強引にひっぱろうとする。

新堂康介

おいおい、どうしたんだよ

相馬レオ

君に会わせたい人がいるんだ!

 そう言って相馬が僕を引っ張っていく。僕はそれに従って歩いて行った。

 舞台裏、そこに役者陣や裏方たちが一斉に集まっていた。

新堂康介

会わせたい人って誰だい?

相馬レオ

きっと君も驚くと思うよ。……さあもう出てきて良いですよ

 相馬がそう口にすると、物陰から一人の男性が姿を現した。その人物を見て僕は目を見開く。

新堂康介

父さん!

新堂父

久しぶりだな

 そう、そこに居たのは失踪したはずの父さんだった。でも父さんがどうしてここにいるのか。そう疑問に思っていると、一ノ瀬が声をあげた。

一ノ瀬華

私の人脈を舐めないで。あなたのお父さんを探すぐらいなら、わけもないんだから

 一ノ瀬が父さんを探してくれた。その事実に驚く。同時に僕は心から感謝した。

新堂父

康介……

 父さんが僕の名前を呼ぶ。次の瞬間、父さんは深々と頭を下げた。

新堂父

心配をかけてすまなかった

新堂康介

そんな、頭を上げてよ。僕こそ父さんを傷つけるような事をして、本当にごめん

 僕も一緒になって頭をさげる。すると父さんは首を横に振った。

新堂父

俺が言った言葉を気にしているんだろう? あの時はどうかしていた。息子が自分のために書いてくれた脚本を憎いと言うなんて……。本当にすまなかった!

 再び父さんが頭を下げる。僕はどうしたらいいかわからず混乱していた。

新堂康介

ここに来てくれたって事は、家に帰ってきてくれるの?

 期待を込めてそう尋ねる。すると父さんは真剣な瞳で僕を見つめてきた。

新堂父

康介と母さんが許してくれるのなら、もう一度やり直したい。ダメか?

新堂康介

ダメなわけないよ! 母さんだって、きっとわかってくれる!

新堂父

そうか、良かった

 父さんは心から安心したようにため息をついた。その姿を見て僕も安堵感を覚える。

新堂父

それにしても、いい劇だったな。この劇の脚本は誰が書いたんだ?

新堂康介

この脚本は相馬が……

相馬レオ

いや

 すると相馬が首を横に振り、僕の腕を掴む。

相馬レオ

この脚本は、俺と新堂くんの二人で書きました

 相馬の温かい言葉。それに僕は胸がいっぱいになる。

新堂父

そうか、いい仲間をもったな

 父さんは笑顔でそう口にした。

 こうして僕は、最高の仲間と共に公演を無事成功させたのだった。

続く

第7幕『文化祭は試練の時間だって!?』

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