それからすぐ、僕たちは改めてプロットを眺めた。
それからすぐ、僕たちは改めてプロットを眺めた。
大筋は、初期案にあった生き別れの兄弟を探す話で良いんだよね?
もちろん。それに新堂くんがアドバイスしてくれた要素を肉付けしていって……
オチでこの要素を持ってくるわけだ。正直これは少し賭けだね。いかに観客を納得させられるか、脚本の質にかかってくる
そのために俺らが頑張るんでしょ? 俺も頑張って書く。だから新堂くんもどんどんダメ出ししていってくれ
わかった。それじゃあ早速始めよう!
こうして話がまとまる。それから僕らはパソコンの前に向かい、脚本の執筆を始めた。
翌日、僕達はなんとか起承転結の起の部分を書き終えた。それを放課後、一ノ瀬に渡しに行く。
今日はここまで書けたから、この分だけクラスで練習していて欲しい
たったこれだけ? 本当に間に合うんでしょうね?
間に合わせるためにも、これからまたコンピューター室にこもるよ。それとさっき渡した『あれ』、有効活用してね
もちろんよ
そう言って、一ノ瀬が僕の渡した『秘伝の書』をちらりと見せる。
秘伝の書、と言っても別に大層なものではなく、あれはただ演技の基本についてまとめただけのメモだ。でもあると無いとでは大きく差が出てくる。
クラスメイトたちの演技力にはそこまで期待できない。でもだからと言って基本まで無視するのは横暴だ。だからクラスメイトたちにはしっかり基本を覚えてもらう。それを教えるのにクラスのリーダー格である一ノ瀬は適任だった。
それじゃあ後は任せたよ
僕は一ノ瀬に演技指導を託し、再びコンピューター室に戻って行った。
コンピューター室の前に着くと何やら中から声が聞こえてきた。男二人の声。片方は相馬の声だ。もう片方は、
(西新井?)
西新井は先日のケンカ騒動で一ヶ月謹慎処分を受けたはず。それがなんで学校にいるんだ。
まさか相馬に復讐しに来たんじゃ。僕は慌ててコンピューター室のドアを開けた。
相馬!
するとそこには驚くべき光景が広がっていた。土下座して地に頭をつけている西新井と、それに困惑している相馬。はっきり言って状況がよく掴めなかった。
これは一体どういう事?
それが、彼がどうしても謝りたいんだって
すると頭を下げていた西新井が、土下座をしたまま話し始めた。
この間は俺の取り巻きがやった事とは言え、怪我をさせてすまなかった。なにかお詫びをさせてくれ!
ケンカって、それならこの前もしたじゃないか
この前は誰も武器を持っていなかった! 今回みたいに武器を使ったらそれはもうケンカじゃない。ただの犯罪行為だ。だから謝らせて欲しい。本当にすまなかった!
西新井の土下座が続く。よくわからないが、西新井は西新井なりに反省しているらしい。
それじゃあ、俺のお願いを一個聞いてもらっていい?
なんでも聞く! さあ、頼みを言ってくれ!
西新井が勢い良く迫ると、相馬は少しばかり苦笑した。
実は俺達の劇で、まだ配役が決まっていない役があるんだ。脇役で、とても重要な役だ。ぜひそれを君にやってもらいたい
いいのか、そんなお願いで
君にだからこそできるお願いだよ。承諾してもらえるよね?
もちろん! 喜んで
西新井が笑顔を浮かべる。相馬は手を差し出し、二人はきつく握手をした。
西新井がコンピューター室から出て行った後、僕はすぐ相馬の元へ駆け寄った。
おいおい。まだ配役が決まっていない役って確か
そう、例のオカマの役さ
今回、以前見た公演を参考にして、一人女装したオカマキャラを登場人物に加える事にした。それもただのウケ狙いではなく、比較的重要な役で。
しかし当然クラスではオカマキャラなんて誰も演じたがらない。配役が決まっていなかったのもそれが原因だ。
大丈夫かな、西新井にあの役をやらせて
彼の土下座は本物だった。謝罪のためなら、どんな役でも本気で取り組んでもらえると思う。それに
それに?
あのコワモテがオカマキャラをやったら、それだけで面白いだろう?
それは確かに。僕は女装した西新井の姿を想像し、苦笑した。確かにこれなら間違いなくウケるはずだ。
それに相馬が言っている事も大きく外れてはいない。このオカマの役は今回の劇の中でも重要な役だ。役者に本気で演じてもらわないと、一気に劇がシラケたものになってしまう。その点西新井はやる気満々だ。例えオカマの役だとわかっても、あの性格なら最後まで本気で取り組むだろう。
あとは演技力次第だけど、それは西新井次第だね
これもまたちょっとした賭けだけど、分が悪い賭けじゃないだろう?
確かに
僕は相馬の言葉に頷き、西新井と演劇をやることになったという奇妙な流れに、少し感慨深さを感じていた。
それから僕らは毎日少しずつ脚本を仕上げていった。途中からわかってきたのだけれど、相馬は執筆のスピードがかなり早い。放っておくとどんどん次へと書き進めてしまう。
執筆スピードが早いという事が評価されるのは、実力が伴っている時だけだ。だから僕も相馬に負けないよう、書かれた脚本を読んでは次々ダメ出ししていく。
書いては書き直し、それを延々続けていく。一日に書ける量は数枚がいいところだ。だが今はそれでいい。文化祭まで、日にちはまだたっぷりあるのだから。
脚本を書き始めて数日。ダメ出しを書きながら、僕はふと疑問に思った事があった。
ねえ、どうして相馬は演劇をやろうと思ったんだ?
相馬は観劇歴もなかったほど演劇の素人だ。それなのに演劇をやろうとしたのはどういう理由からなのだろう。そう疑問に思ったのだ。
実は俺、昔から漫画とか好きでさ。それでいつか自分でも物語を書いてみたかったんだ。でも物語を書く機会なんてなかなかない。そんな時、文化祭が迫っている事を思い出して、演劇の脚本なら俺の物語を書けるんじゃないかと思ったんだ
物語を書きたかった、か
なんだかこういうところ、僕と似ているな。だから僕たちはこうして一緒に脚本を書いているのかもしれない。
それに演劇って役者や裏方、それに演出や脚本に監督って具合に、沢山の人で作るじゃない
そうだね
なんかそうやって皆で一つの物を作るのって、楽しくて面白いと思ってさ。文化祭にもぴったりだし
相馬の言葉、それは僕の胸に響いた。皆で作るから面白い。相馬は教えられなくても、演劇の本質を理解したのだ。
相馬の言葉が嬉しくて僕は上機嫌でダメ出しを書いていった。
そして文化祭まで残り一ヶ月となった日の事。僕は相馬の書いた脚本を通して読んでいた。
どうだ?
神妙な顔つきで相馬が尋ねてくる。それに僕が静かに頷くと、相馬の表情は一気に明るくなった。
二人揃って脚本を持ち、コンピューター室から教室へと駆け出す。わくわくして、走っていても胸が全然痛くならない。
教室のドアを開ける。するとそこにはクラスメイトたちが集まっていた。
彼らの視線が集まる中、僕らはその言葉を口にする。
脚本……
無事、完成しました!
完成した脚本をクラスメイトたちに見せる。するととたんに歓声があがった。
俺達、ついに書ききったんだね
ああ、ついにやったんだ
相馬と二人、頷き合う。僕は脚本をまとめあげた満足感を、数年ぶりに感じていた。
続く