この国の隣国であるC国は爆発的な人口増加に歯止めをかける為、三十年前より『一人っ子政策』という人口抑制政策を行っている。

この制度により国民は夫婦一組に対し子供は一人しか持つことは出来ない。

そしてこの政策によりC国は四億人の人口抑制に成功した。

しかし、その一方でこの政策は多くの問題を抱えていた。

最大の問題点は、一人っ子政策に反して生まれた二人目以降の子供、国籍も戸籍も持たない子供達の出現である。

その背景には一人っ子政策における賞罰の明確性が挙げられる。

一人っ子の時には様々な恩恵が得られるのに対し、二人以上の子どもを持つと「両親ともに昇級・昇進の停止」、「学校への優先入学権の剥奪」、「各種手当ての停止」などの極めて大きな待遇の差が生じる。

こうした不利益を避けるために、二人目以降の子供の出生登録をしないという事態が起こっている。

特に、労働力を必要とする農村地域ではその傾向が強いと考えられている。

そうした子供達は戸籍が無いために何の社会保障も受けられず、学校に行くこともない。

当然真っ当な職につくこともできない。

その数千万人とも云われる戸籍の無い子供達。

それはこの世に存在を認められないこと、人間として認められないことを意味する。

このような闇の子供達を人々は黒核子(ヘイハイズ)と呼んだ。





ヤオ・ミンはC国内陸部の貧しい農家の二人目の男児として生まれた。

労働力の確保として男児を望むこの村では、女児が産まれると売られるか屠られ喰われるかのいずれかである。

実際ヤオ・ミンの両親は二人の女児を儲けたが、いずれも生まれてすぐに近くの町の料理店に売られた。





料理店の主人は女児の肉を剥ぎ取り角切りにするとアオザメの背ビレと一緒に鍋で煮込んだとろみのあるスープを作って常連客に振る舞った。










この地方では古くから乳幼児のスープは万病を治すと云う言い伝えがあり、赤子のスープは客達に喜ばれすぐに完売した。








ヤオ・ミンが六歳になった時、村に人身売買のブローカーがやってきた。

父親はまるで収穫した白菜を売るようにヤオ・ミンを売った。

その金で父親は中古の冷蔵庫とテレビを買った。

元締めの男は根城にしている近隣都市に戻るとすぐにヤオ・ミンの声帯を切除し舌を切断した。

それは言葉によって出身地が発覚するのを隠すためであった。

ヤオ・ミンは言葉と味覚を失った。

元締めの男はこの村で買い取った子供のうち、少女は手か足を切断して物乞いにした。

『世の中は無慈悲な人ばかりではないと知っています どうぞ哀れな私たちにお金をお恵みください』

と書かれた紙を路上に置き少女達は全裸で街角に座らせられた。

ヤオ・ミンはしばらくこの街で物乞いの手伝いのような事をさせられた。

翌年、ヤオ・ミンが七歳になる頃、元締めの男は山間部にある非合法の煉瓦工場にヤオ・ミンを売り飛ばした。







その山間僻遠に位置する闇工場には各地方から人身売買や誘拐で集められた子供達が過酷な強制労働に就かされていた。

ヤオ・ミンはここで一日十二時間以上、粘土堀りと掘った粘土の運搬作業に就かされた。

もちろん全くの無給である。

一日三回の食事は小麦粉のみで作った饅頭か蒸しパンだけでそれは餓死しない程度であり、食事時間は十五分以内とされた。

労働時間以外は小さな小屋に数十人が押し込められ地面にゴザを敷いてごろ寝させられた。

子供達の着衣はボロボロで厳寒の真冬も暖房は一切無かった。



子供達は工場経営者の手下である五人の男達と凶暴な番犬十匹によって常時監視され逃げ出す事は不可能であった。



悲惨極まりない生活、過酷な労働の日々。


仕事中少しでも気を抜くと作業が遅いと言われ監視の男からスコップで殴られた。


それによって多くの子供達が死んでいった。



ここで働く労働者の命の価値など無いに等しかった。










ヤオ・ミンがこの工場に来て四年が過ぎた夏、大型の台風がこの地方を襲った。




集中豪雨による大規模な土石流が夜半に発生し、山間の工場はあっけなく土石にのまれた。




工場は濁流に押し流され、ヤオ・ミンの小屋は崩壊した。







ヤオ・ミンは暴れ狂う鉄砲水の恐怖に慄きながらも何とか小屋から逃げ出すと山の斜面を死に物狂いに這い上り難を逃れた。













夜が明けて嵐は去った。

高台から周囲を見渡すヤオ・ミンの目に映ったのは一夜にして変わり果てた風景だった。

工場敷地にあった建物は跡形も無く崩壊して瓦礫と化している。

数カ所の瓦礫から火災が発生し白い煙が上がっている。

消火しようとする者など誰もいなかった。

しかし生存者はいた。

土砂に下半身を埋もれさせた見張り役の男が助けを求めている。

ヤオ・ミンは側に落ちていたつるはしを拾った。

半身埋もれて身動きが取れずにいる男の側に歩いていくとヤオ・ミンは男と向き合った。



───おい坊主、そのつるはしでオレを掘り起こしてくれ




口頭でだけでなく身振り手振りを含めて必死で助けを求める男。


その姿をじっと無表情で見つめているヤオ・ミン。



数十分が経過した。



相変わらずヤオ・ミンは何もせず立っている。






男は喋り疲れて黙り込み、立ち尽くすヤオ・ミンをただ見上げているだけだった。




───坊主よ、オレを助けたらお前を自在にしてやる



男が沈黙を破ってそういった。



その時ヤオ・ミンの片足が痙攣したようにピクリと動いた。



───そうだ、お前は自由になるんだ、何処でも好きな所にいけるんだぞ!



ヤオ・ミンの反応をみて活気づいて喋る男。




その様を見下ろしてヤオ・ミンが静かに冷淡な笑みを浮かべる。




───こいつは馬鹿か、オレはもうすでに自由じゃないか!


ヤオ・ミンは頭の中で嘲笑した。







突然ヤオ・ミンはつるはしを大きく振りかぶると男めがけて力まかせに振り下ろした。


何のためらいもなかった。


鋼鉄の先端、その鋭く尖った部分が男の脳天にぐさりと突き刺さった。



男の頭蓋骨は粉砕され、霧状の血しぶきが吹きあがった。





白い脳漿が露出し骨片と毛髪のついた肉片が辺りに飛び散った。


ヤオ・ミンの長年の怨念、生来関わってきたすべての人間と全くもって無慈悲な世界に対する怒りが炸裂した瞬間であった。


ヤオ・ミンは言葉にならない雄たけびをあげながらすでに絶命している男の頭部に何度もつるはしを叩きつけた。


男の頭部は既に原型をとどめていない、ただの赤黒い肉塊となっていた。


それでもヤオ・ミンはつるはしを振り下ろし続けた。


男の死体を損壊し続けるヤオ・ミンはその行為に性的な高揚感を感じていた。


ヤオ・ミンの壮絶な復讐劇の始まりだった。



見張りの男を惨殺したヤオ・ミンはその後も生存者を見つけてはつるはしで殺害して回った。

それでも収まりの付かない激しい衝動が尚もヤオ・ミンを突き動かした。

一緒に強制労働させられていた仲間も殺した。

その数は十数人にも及んだ。

血に染まった殺戮を繰り返すごとにヤオ・ミンは言い知れぬ陶酔感を覚えていった。


蛮行の最中ヤオ・ミンの性的興奮は最高潮に達し性器に何の刺激も与えてないのに射精を繰り返した。


めくるめくような恍惚感が長い間無感覚だったヤオ・ミンの五感を刺激し続けていた。





皆殺しが終わるとヤオ・ミンは山を降りた。

途中の畑でトウモロコシをかじった。

山村に出没するとニワトリ小屋の鶏卵をすすった。

村人に見つかると惨殺して回った。




こうしてヤオ・ミンは
人語を話さぬ
大量殺戮鬼となった。





都会に出て成長したヤオ・ミンは犯罪組織の一員となった。


そして相当数の犯罪組織が暗躍している街で冷酷な殺し屋として名を上げてゆく。


積年の恨みを晴らすが如くヤオ・ミンは殺しまくった。


例外なく現場に残されるのはむごたらしい惨殺体。


凶悪極まりないヤオ・ミンの所業。



その暴虐の限りを尽くした兇行でヤオ・ミンはマフィアのボス連中からも恐れられる存在になっていった。



しかしヤオ・ミンはやり過ぎた。


危険すぎるヤオ・ミン。



───次に奴に殺されるのはいったい誰だ?


暗黒街に戦慄が走り、疑心暗鬼に陥ったボス達は眠れない夜を過ごす。




そしてヤオ・ミンは組織を追われる羽目に。


 
全マフィアの幹部連中が会合を行った結果ヤオ・ミンの首には法外な懸賞金が掛けられた。




───ヤオ・ミンを殺せ! 奴を吊るせ!

ヤオ・ミン

WANTED
DEAD OR ALIVE
yao ming
 $100,000
  REWARD











46 ミナゴロシのヤオ・ミン

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