放課後、クラスでは早速文化祭の準備が始まっていた。相馬の書いた新しい脚本が皆に配られる。
放課後、クラスでは早速文化祭の準備が始まっていた。相馬の書いた新しい脚本が皆に配られる。
これ、新しい脚本。一応渡しておくけど、これから更に内容が変わると思う。それを踏まえて読んで欲しい
相馬が真面目な表情で語る。
クラスメイトたちは脚本に目を通すと、一斉に声をあげた。
さすが相馬、凄く面白いよ!
これで十分じゃない?
これはいい劇になりそうだなぁ
クラスメイトたちの賛辞。でもこの脚本を批判する者は僕以外、いなかった。相馬が少し寂しそうな顔をする。
(なるほど、これが相馬の孤独か)
誰一人自分を否定しないという、リア充だからこその悩み。だから相馬は自分を否定してきた僕という人間にあれほど執着したのだ。
ねぇ、レオ。もちろん主役は私にやらせてくれるのよね?
相馬の彼女である一ノ瀬が声をあげる。すると相馬は静かに首を横に振った。
ごめん、この話は男が主人公だから、やっぱり役者は男子にやってもらいたい
でも、私の演技力なら男役だってできるよ?
新堂くんと決めた事だから。本当にごめん!
すると露骨に一ノ瀬の表情が変わる。一ノ瀬の鋭い視線がこちらに向く。僕はとっさにその視線から逃れようと下を向いた。
その代わり、華にはヒロインの役をやってもらうから。だからよろしく頼むよ!
……それなら仕方ないかな
一ノ瀬の機嫌が戻る。だけど僕に対する厳しい視線だけは依然変わらなかった。
とりあえず今日の分の読みあわせが終わった。改めて脚本を見て、ダメ出しをまとめていく。昨日よりはだいぶマシになったけれど、それでも難点のある脚本だ。どうもこれはある事が原因のような気がする。
レオ、一緒に帰ろう?
一ノ瀬が相馬に話しかける。しかし相馬は再び首を横に振った。
ごめん、今日は新堂くんの家に行く用事があるから
その一言に一ノ瀬は唖然としているようだった。余程予想外の答えだったらしい。
新堂くん、ほら行こう
う、うん
相馬に促され一緒に教室を出る。でもこの時僕は感じていた。一ノ瀬の殺気にも近い鋭い視線を。
相馬を家に誘ったのは、実は僕の方だ。わざわざ家に呼んだのには理由がある。
家族が帰ってくるのは遅いから、のんびりしていって
そうさせてもらう! それで、俺に見せたいものって?
そう、僕には相馬に見せたいものがあった。棚の中から一枚のDVDを取り出す。
プロの劇団がやった公演の映像だよ。今からこれを観よう
それはプロの劇団、父さんが座長をしていた劇団のDVDだった。
僕が感じていたこと。それは相馬には観劇歴がないのではないかという推測だ。そしてその予想は見事に当たっていた。
……面白い! 演劇ってこんなに楽しいものなんだ!
わかってもらえたみたいだね
相馬はすっかり興奮していた。イメージだけで作っていた演劇と、本物の演劇。そのギャップに驚きつつ、感動しているようだった。
これを見てもらえればわかったと思うけど、プロの劇団でも脚本の内容は基本現代劇なんだ。昨日見せてくれたようなSFものの脚本は、余程お金のある劇団じゃないと厳しい
それはどうして?
相馬が真剣な目で問いかけてくる。それに乗せられて、僕も少し熱くなりながら語り始めた。
SFものは小道具や衣装が重要だ。そこにお金をかけないと安っぽくなって、一気に劇の質が落ちる。だから学生演劇ではSFものは厳禁なんだ
なるほど……
それにプロの公演だと、女優が男性役を演じるなんて事もなかっただろう?
そうだね、女装する男優はいたけど
それはギャグシーンでの話だ。思い出して思わず吹き出す。
ごほん。女性が男性役を演じるのはやっぱり難しいことなんだ。宝塚とかは別だけど、学生演劇でこれをやると見ていて痛々しくなる
それじゃあやっぱり避けるべきなんだな
相馬が納得したように深く頷く。
早速脚本を書きたいのだけど、パソコン借りていい?
ちょっと待った。プロットは書かないの?
プロット?
これは問題だ。プロットすら知らずに脚本を書いていたなんて、これほど恐ろしい事はない。
簡単に言えば、脚本の設計図だよ。これがあるだけで脚本の完成度は数倍良くなる
本当? それは書かなきゃ! でも、俺プロットなんて書き方わからないし……
それならこれを見てくれ
棚から大きめの紙を取り出し、そこにこう記す。
起
承
転
結
オチ
オチ2
これはなんだい?
紙に書かれた内容を見て、相馬が疑問の声をあげる。
起承転結は知っているだろう? これはプロットのテンプレートだよ。ここに書いてある通りにあらすじを書けば、それでプロットが完成する
それは凄い!
相馬が感動したように声をあげる。しかしすぐに困ったような表情を浮かべた。
でも、まず起承転結の起って何をすればいいんだ?
確かにこれは難しい部分だ。僕も慎重に説明していく。
ここは一番重要な場面だ。起から始まって、お客さんは一時間近く劇に拘束される事になる。始まり方が退屈だと、お客さんも拍子抜けして観る気が失せてしまう
それは大変だ! でも、どういう始まり方だと退屈せずに済むんだろう?
映画や小説なんかだと、アクションシーンから始める作品が多いね。でも学生演劇だとアクションシーンは難しい。そこで緊迫感のあるシーンからスタートする事にする
具体的には?
主人公を葛藤させるんだよ。例えば、主人公の家族が事故にあったという連絡が入ったとする。でも今は大事なテストの最中。このテストを受けられないと、留年が確定する。家族の元に向かうか、テストを受けるか。……こんな具合に葛藤させるんだ
なるほど、早速やってみる!
相馬がみるみる内にやる気になっていく。それを見ていて僕もなんだか嬉しくなってきた。
あと、このオチ、オチ2っていうのはなんなのかい? 結がオチって意味なんだよね?
これは三回オチをつけるって意味だよ。エンターテイメント系の話では、最低三回はオチをつけないと評価が下がる。何よりどんでん返しが三回もあると、観客も驚いて作品への評価が一気に上るからね。ただし、夢オチとか劇中劇オチだけは避けるんだよ?
わかった!
まずはプロットを固めて、それから起の部分を念入りに書こう。それが今日の目標だ
こうして話はまとまり、僕と相馬はプロットを書きだした。
ここは先にオチから書いて、承の部分に伏線を詰め込むんだ
転では時間や場所、状況のどれかを一変させて。とにかく観客の予想を裏切る展開にするんだ
僕の言葉に相馬が頷き、プロットが段々と仕上がっていく。
そして、
で、出来た!
ここまでの時間、二時間弱。思っていたより早くプロットが完成した。
さあ、ここから先は肉付けだ。起の部分を書いていくよ
おう!
相馬が力強く頷く。
この日、僕らは夜遅くまで脚本を書き続けた。
続く
とても面白いです
続きを期待していますm(_ _)m