休日、僕は相馬ととある街で待ち合わせをしていた。待ち合わせの五分前に駅につく。するとそこには既に相馬の姿があった。
休日、僕は相馬ととある街で待ち合わせをしていた。待ち合わせの五分前に駅につく。するとそこには既に相馬の姿があった。
あれ、もう来てたんだ
おはよう! 今日は楽しみだったからね。一時間前には来てたよ
それを聞いて思わず笑いそうになる。でも相馬の気持ちがわからないでもない。なぜなら、これから相馬は初めて生で劇団の公演を観るのだ。
それにしても、彼女さんには文句言われなかった?
最近、放課後相馬はほとんど僕と一緒にいる。相馬の彼女である一ノ瀬は放置されている状況なわけだ。
その上今日みたいに休日まで僕と一緒にいるとなると、一ノ瀬が怒り出すのではないか。そう思ったのだ。
ああ、華なら今日も朝から電話かかってきたよ。『どこか連れて行け』って。でも今日は劇が観たかったから断った
それを聞いて苦笑する以外なかった。一ノ瀬に恨まれてないと良いけど。僕は心の中で祈った。
さあ、演劇を観に行こう!
相馬が嬉しそうに笑顔を浮かべる。僕はそれに頷き、二人揃って劇場まで歩き始めた。
今日観に行くのは、父の友人が座長を務める劇団だ。小規模な劇団だけど、クオリティは折り紙つき。演劇の勉強にはもってこいだ。
入り口でチケットを係の人に渡し、劇場へと入っていく。
(この狭い感じ、懐かしいな)
少しばかり過去を思い出し切なくなる。
どうした? なんだか急に悲しそうな顔して
いや、なんでもない。それより劇、始まるよ
おっと
幕が開き、いよいよ劇が始まる。
そこから先はまるでジェットコースターのようだった。さすがはプロの劇団。一瞬たりとも退屈を感じさせない。一時間と三十分、僕らは演劇の世界に没入していた。
ご覧いただきありがとうございました!
カーテンコールを迎え、これで劇も終わりだ。隣を見ると、相馬が目を輝かせていた。
凄い、凄いよ! これが生の演劇なんだね!
やっぱり生で見ると全然違うでしょう?
うん!
そう言って頷く相馬はまるで少年のようだった。その反応が嬉しくて、僕も思わず笑顔になる。
さて、次は物販に行こうか
物販って、Tシャツでも買うの?
Tシャツも確かに売っているだろうけど、それよりもっと良いものが置いてあるよ
僕の言葉に対し、相馬はよく意味がわかっていないようだった。
これはちょっとしたサプライズになるだろう。そう思いながら物販へと向かう。
物販に置かれている物を見て、相馬は大声をあげた。
なにこれ、凄い! 過去の公演のDVDに、脚本まで置いてある! これ全部売り物だよね?
そうだよ。特に脚本が買えるのは大きいでしょう
うん!
相馬が元気よく頷く。
こういった劇団の物販では、脚本が劇団員のサイン付きで売られている事がある。劇団側としても、こういったグッズで収益をあげたいわけだ。
すみません、脚本とDVD、全種類ください!
早速相馬が物販で買い物をする。これだけ買うとかなりの金額になるはずだが、それだけ相馬がこの劇団の劇を気に入ってくれたという事だろう。
康介くん! 康介くんじゃないか
すると僕に声をかけてくる人物がいた。父の友人で、この劇団の座長である朝霞さんだ。
朝霞さん、お久しぶりです
君の元気そうな顔を見られてよかったよ
演劇、とても面白かったです。思わず見入っちゃいました
それは嬉しいな
朝霞さんが嬉しそうに頭をかく。それから朝霞さんは真面目な表情を浮かべると、声のトーンを落とし、僕に尋ねてきた。
それで、あれからお父さんは……
……相変わらず行方不明のままです
そうか。あいつともまた演劇がやりたいんだがな。子どもと奥さんをほっぽり出して、何をしているんだか
ひそひそ声で語られる会話。それを相馬もまた神妙な顔をして聞いていた。
お父さん、行方不明なの?
劇場を出て、カフェに入ったところ。相馬は単刀直入にそう尋ねてきた。なにも隠す事じゃない。僕は正直に答える。
うん。三年前に失踪して、それっきり
……苦労、しているんだね
そんな事ないよ。母が元々キャリアウーマンで大黒柱だったから、収入自体はそんなに変わってないし
でも父さんを失って、僕もまた脚本を書くという行為を一度捨てた。だって僕が脚本を書くと、誰かを傷つけるから。
とにかく、今日買ったDVDと脚本を全部見て、それで脚本執筆につなげていこう
そうだね。今日はここで解散としようか
相馬の一言により、ここでお開きとなる。
僕は父さんの事を思い出し、胸に強い痛みを感じながらも、なんとか一人帰宅した。
週明けの月曜日。放課後の練習が終わり、相馬と一緒に帰ろうと思っていると、相馬の姿を見かけなかった。
どこ行ったんだろう?
そう疑問に思っていると、声をかけてくる人物がいた。相馬の彼女、一ノ瀬だ。
新堂くん、レオから伝言で『体育館倉庫に使えそうな大道具を見つけたから見に来てくれ』って
え、そうなんだ。わざわざありがとう
そんな、お礼なんていいよ
そう言って一ノ瀬が笑顔を浮かべる。
(怒るどころか、優しく接してくれるんだな。一ノ瀬っていいヤツかも)
そんな事を考えながら、僕は体育館倉庫に向かった。
体育館倉庫につくと、そこに相馬の姿はなかった。
(あれ、先に来てるんじゃないのかな?)
疑問に思いながら体育館倉庫の奥へと入っていく。すると突然入り口のドアが閉じられた。
誰?
予想外の事態に声をあげる。するとそこに二度と顔を合わせたくなかった人物が姿を現した。
お前、最近随分と調子に乗ってるみたいじゃねーか
西新井!
倉庫の奥に隠れていた人物、西新井の名前を呼ぶ。すると西新井の他にも取り巻きたちが複数隠れていた。
いつから俺の名前を呼び捨てにできるくらい、偉くなったんだよ!
西新井が僕の腹に蹴りをいれる。あまりに強く蹴られたものだから、僕は呼吸をする事ができなかった。
いいか、もう相馬の野郎には関わるな。そうしないと
今度は顔面を思い切り殴られる。僕は勢い良く体育用具の中に吹き飛んで行った。
わかったな
西新井がそう言い捨てる。それに対し僕は混乱していた。
(なんで西新井が僕に『相馬に関わるな』なんて言うんだ?)
そう考えてから、ふと答えが思い浮かぶ。
(そうか、一ノ瀬か)
この体育館倉庫に僕を誘導したのは一ノ瀬だ。一ノ瀬はやはり、相馬とずっと一緒にいる僕に嫉妬したのだろう。それで西新井たちに頼んで、僕を私刑してもらっているわけだ。
わかったかどうか聞いているんだよ!
再び西新井の暴力が僕を襲う。体中が痛くて仕方ない。それでも、僕は必死になって立ち上がった。
嫌だ
あん?
嫌だと言っているんだ!
そう叫び声をあげる。僕は相馬と脚本を書き上げると決めたのだ。その決意をそう簡単には曲げられない。
生意気言いやがって!
西新井の顔が真っ赤に染まる。同時に体育館倉庫の外から何やら声が聞こえてきた。
華、どけ!
だから、ここには誰もいないんだって
だったらなんで邪魔するんだ
それは……
それは相馬と一ノ瀬の声だった。すぐに扉が開け放たれ、体育館倉庫の中に相馬が入ってくる。
新堂くん!
相馬が僕のところへ駆け寄る。
どうしてここが?
君が体育館倉庫へ行く所を見ていたヤツがいるんだ。それで見に来てみれば……
相馬の顔が険しいものに変わる。
もう二度と、彼には関わるなって言ったよな
そう言って相馬が西新井に殴りかかる。取り巻きたちも一斉に襲いかかるが、そんな事は気にせず相馬は西新井たちを相手にたった一人で挑んでいった。
ちょっと、レオには手を出さないで!
うるせぇ!
もはや一ノ瀬の依頼なんて関係ない。すっかりその場は大乱闘になっていた。
西新井と相馬が殴りあう。勝負は相馬の優勢だった。
ふざけやがって!
すると西新井の取り巻きがそうつぶやき、ポケットから何かを取り出した。ナイフだ。そう一瞬で理解する。
あっ、バカ!
西新井が取り巻きを一喝する。だが取り巻きは完全に興奮し、ナイフを相馬へと向けた。
危ない!
僕はとっさに相馬を突き飛ばした。だが取り巻きの動きには間に合わず、三人でもつれ合うような形になり倒れる。痛みを感じながらも僕はなんとか立ち上がった。そして自身の手を見る。
べっとりとついた血。
見ると、取り巻きのナイフが相馬の腕を切り裂いていた。
きゃあああ!
一ノ瀬が悲鳴をあげる。だがそんなものは僕の耳に届かなかった。今、僕の目の前にあるのは、切り裂かれた相馬の腕。錆びた鉄のような臭い。
一瞬にして父があの日、自殺未遂をした場面がフラッシュバックする。
うっ
僕はその場に嘔吐した。胃の中の物が空っぽになるまで吐き続ける。
誰か、救急車を呼んで!
お前、何やっているんだ!
保健室、包帯!
怒号が辺りに響き渡る。そんな中、僕は一人恐怖に震え何もできずにいた。
続く