あの後、僕は相馬のお願いに応えた、と誰もが思うだろう。でも現実は逆。僕はあのまま再び走りあの場から逃げ出した。相馬のお願いに応じなかったわけだ。
あの後、僕は相馬のお願いに応えた、と誰もが思うだろう。でも現実は逆。僕はあのまま再び走りあの場から逃げ出した。相馬のお願いに応じなかったわけだ。
(今更脚本を書けなんて、僕に出来るわけがないだろう)
過去の記憶が傷になって痛む。僕が脚本を書くと、人を傷つける。だからもう脚本は書かない。それはあの日、父を失ってから決めた事だった。
翌朝、憂鬱な気持ちで学校に登校する。するといきなり後ろから肩を叩かれた。
おはよう、新堂くん
現れたのはなんと相馬だった。昨日僕が逃げ出したというのに、相馬は気にせず話しかけてきた。
脚本は書かないって言っただろう
それじゃあ読むだけでいいからさ。ほら、これ
そう言って相馬が差し出してきたもの。それは新しい脚本だった。
昨夜一晩で書き上げたんだ。今度こそ自信作だぞ
(この量を一晩で? どれだけ気合入っているんだよ)
渡された脚本を見る。すると確かに昨日ダメ出しした点が全て修正されていた。だが、
これでもダメだ。まだ素人の域は出てないよ
どこがダメなんだ? 詳しく教えてもらえれば書き直すぞ
例えば……
そこまで口にして気づく。完全に相馬のペースに乗せられている事を。
だから、僕は関わりたくないんだって!
僕は逃げるようにその場から走り去った。
教室に入っても相馬の猛烈なラブコールは止まなかった。
どこがダメなんだよ。教えてくれ!
だから、僕は関わりたくないんだって!
さっきからこの会話のループを何度も繰り返している。
気が付くと周りのクラスメイトたちがこちらを奇異の目で見ていた。それもそうだ。相馬はリア充でクラスのリーダー格。対して僕は非リア充で不良のパシリにさせられている孤独な男。そんな二人が会話をしていたら不審に思うだろう。
ちょっと、レオ。いつから新堂くんと仲良くなったの?
相馬の彼女である一ノ瀬が問いかけてくる。
昨日から友人になったんだ。いや、友人というより師匠?
僕は師匠になんてなった気はない!
そう釣れないこと言うなよー
こんなやり取りがエンドレスで続く。
……
そんな僕らを一ノ瀬が怪訝な表情で見つめていた。
それから相馬はありとあらゆるところに付いてきた。教室移動中の廊下はもちろん、トイレ(大)の時に個室の中に入られそうになった時は流石に焦った。
(なんであいつ、ここまで僕にこだわるんだよ)
昼休み、僕はなんとか相馬から逃げ、一人裏庭でお昼を食べていた。今日のお昼は母さんが作ってくれたお弁当だ。それを一人黙々と食べる。
お、パシリ発見
そこにタイミング悪く嫌なヤツラが現れた。西新井とその取り巻きだ。
なに一人で弁当食べているんだよ。俺にも寄越せ
そう言って西新井は僕の弁当箱からウインナーを取り出し、勝手に食べた。
なにこれ、マズイ! 食えたもんじゃねぇ
一口入れただけのウインナーを西新井が吐き出す。仕事で忙しい中、母さんが作ってくれたお弁当。それを無駄にされて僕の中に怒りの感情が芽生えた。
おい、なんだよその反抗的な目は
ところが西新井に胸元を掴まれると、とたんに怒りの感情はひっこみ、恐怖一色に染まる。西新井の暴力的な態度に僕は震えていた。
こいつ、超ビビってる
西新井とその取り巻きが笑い出す。ビビっている事が事実なだけに余計悔しかった。
ほら、大事なお弁当なんだろう? 俺が吐いた分も食べろや
そう言って西新井は僕を地面に這いつくばらせた。目の前には先ほど吐き出されたウインナーが一つ。あれを食べろと言っているのだ。
食べろよ、おら!
西新井が無理やり僕の顔をウインナーに近づける。屈辱的だ。でも、今はそれを受け入れるしかない。だって僕はこいつらのパシリだから。
ウインナーを口にしようとする。そんな時、その声はのんきに響いた。
ようやく見つけた! なにやっているんだよー!
声の主は相馬だった。近づくにつれ、相馬の顔色が変わる。
(最悪だ!)
思わず心の中で叫び声をあげる。相馬にこんな姿を見られたら、西新井たちに乗じて僕の事をパシリ扱いしてくるかもしれない。パシリなら脚本はいくらでも書かせられるというわけだ。
……なにしているんだよ
なにって見りゃわかるだろ。イジメだよ、イジメ
相馬の問いかけに対して西新井と取り巻きたちが笑い声をあげる。
その次の瞬間、相馬が西新井の顔面を本気で殴った。
……は?
彼は俺の師匠だ! いじめる事は許さない!
相馬がそうハッキリと口にする。
(こいつ、バカか?)
あの西新井を殴るなんて、愚行にも程がある。自分の事も目をつけてくださいと言っているようなものだ。
テメェ、よくも!
西新井が相馬に殴りかかる。すると相馬はひらりと西新井の拳を避け、そのまま腕を掴みアームロックを極めてしまった。
痛っ! は、離せ!
彼に二度と関わるな。それを約束しろ
く、クソー!
相馬の言葉に対し西新井がうなだれる。すると相馬はアームロックをやめ、西新井を開放した。
もう二度と関わるなよ
テメェとも二度と関わるか!
西新井が取り巻きを連れ逃げていく。なんと相馬はたった一人で西新井たちに勝ってしまったのだ。
どうして……
思わずそうつぶやく。すると相馬は笑みを浮かべた。
小学生の頃、俺もいじめられっ子でさ。それで鍛えていじめっ子に逆襲したわけ
その一言に驚かされる。相馬がいじめられっ子だったというのも驚きだが、いじめっ子に逆襲したというのがさらに驚きだ。
さて、いじめから救ったわけだし、その見返りに脚本のダメ出し、してくれるよね?
は、はぁ?
ついそんな声が出た。この男、なんて食えないヤツだ。思わず脱力する。
なんだ、助けてもらった恩も返してくれないのか
それに関しては感謝してるけど、でも……
僕の中で渦巻いている煮え切らない疑問。それが口からこぼれ出る。
なんで僕なんだ? 確かに最初にダメ出しをしたのは僕だけど、僕以外にだって頼れるヤツはいくらでもいるだろう
それがそうでもないんだな
相馬はそう口にすると、突然寂しそうな表情を浮かべた。
俺、クラスのリーダーみたいになっているでしょ? すると皆ヨイショしてくるんだよ。間違っても批判してくるヤツなんていない。だから、君の書いてくれたダメ出しを見た時、なんだか凄く嬉しかった
それを聞き、ようやく理解する。相馬はクラスのリーダーでリア充だ。でも同時に非リア充である僕と同じように、孤独を抱えているんだ。それがわかると、なんだか気持ちが大きく変わった。
……僕、脚本書くなら妥協はしないよ。学生演劇でできる最高クラスの脚本を仕上げてみせる。いっぱいダメ出しすると思う。それでもついて来れる?
すると相馬が笑みを浮かべる。
望むところさ!
こうして僕と相馬は二人で脚本を書くことになったのだった。
続く