真夜中、ふと目覚めトイレに行きたくなった。自室を出て階段を降りる。すると一階のリビングから何か変な臭いがした。鉄の錆びたような臭い。なんだろうとリビングの中を覗く。
真夜中、ふと目覚めトイレに行きたくなった。自室を出て階段を降りる。すると一階のリビングから何か変な臭いがした。鉄の錆びたような臭い。なんだろうとリビングの中を覗く。
父さん……!
そこには、手首をカミソリで切り倒れている父の姿があった。
非リア充な僕がリア充たちのリーダーになるって!?
それから三年後。高校生になった僕は、走っていた。紙袋を抱え校舎内を猛ダッシュする。早く行かなくてはいけない。でも僕は運動が苦手だ。走れば走るほど息が切れる。
お待たせしました!
僕が向かった先、それは屋上に繋がる階段の前。そこに彼らはいた。
ちゃんと買ってきただろうな
彼ら、不良のリーダーである西新井が袋の中身を覗く。
おい、アンパンがねぇじゃねーか!
アンパンは売り切れで
売り切れで……じゃねーよグズ! それなら購買じゃなくて代わりにコンビニで買ってこいよ!
ごめんなさい!
西新井は僕の服を掴むと、そのまま僕を突き飛ばした。倒れた僕を、西新井の取り巻きたちが笑いながら足蹴にしてくる。
今からアンパン買ってこい。タイムリミットは五分な。はい、スタート!
西新井の声が響き、僕は悔し涙を浮かべながら走り出した。
僕、新堂康介は高校二年生の秋、不良のパシリにされるという真っ暗で非リア充な青春を過ごしていた。
六時間目の授業。教室では二ヶ月後に行われる文化祭の出し物を何にするか話し合いが行われていた。クラスのいわゆるリア充グループが場を仕切っている。
実は俺にいい考えがあるんだ
そう言ってリア充グループのリーダー、相馬レオが何やら紙の束を配り始めた。
教室の隅っこで鬱々としていた僕の元にもその束が配られる。なんだろうと僕は表紙の文字に目をやった。
『文化祭出し物・演劇脚本案』
それを目にした瞬間、僕の中で一瞬にしてフラッシュバックが起きた。笑顔の父。でもその顔はみるみるうちに病んでいき、最後は腕を切り血まみれの中倒れこむ。
……!
息が一気に荒くなる。それを抑えようと、僕は何度も深く息を吸った。少しずつ意識がクリアになる。数分もすると僕は落ち着きを取り戻した。
演劇って面白そうー! 私主役やりたい!
それじゃあまずは読み合わせからな
僕がフラッシュバックを起こしている間に文化祭の話はどんどん進んでいた。相馬の彼女である一ノ瀬華がはしゃぎ声をあげる。相馬はそれに笑顔で応えると、数名の生徒を集め黒板の前で読み合わせを始めた。
銀河歴一万三千年。人々は地球と火星に別れ戦争をしていた
(こりゃ酷い)
思わず心の中でツッコミを入れる。明らかに最近流行しているSF映画がモチーフだろう出だし。ハリウッドで映画化するならまだしも、高校生の演劇でスペースオペラは無理がある。
『舞台設定に無理あり。舞台を現代に変えるのが得策か』
そう脚本に書き込む。僕はほとんど無意識の内にダメ出しを書いていた。
俺の名はソーサラー。生き別れになった兄を探して旅をしている!
相馬の彼女、一ノ瀬が主人公である男役を演じる。
(これはかなり無理があるな……)
演技力のあるプロならまだしも、素人である一ノ瀬に男役をやらせるのは無理がある。それに説明台詞ももっと自然にするべきだ。
『主人公を演じるのは女性ではなく男性で。女性が演じるのにこだわるなら、主人公の性別を変えるべき。それと説明台詞をもっと自然な流れにすると良し』
再びダメ出しを脚本に書き込む。次第に僕は過去を思い出し、熱くなってきていた。
『回想を挟むのは極力避けるべき。物語は時系列通りに』
『戦闘シーンは素人には無理がある。カットして別の見せ方をすべき』
『ギャグが滑っている。内輪ネタはできるだけ避けるのが無難』
『オチがないのは致命的。この物語なら主人公の兄を意外な人物にするなど、工夫が必要』
片っ端からダメ出しを書いていく。すっかり脚本はダメ出しだらけになった。
皆、どうだった?
相馬が問いかける。クラスメイト達は賞賛の声をあげた。だけど僕は、
(このままじゃ間違いなく失敗するな)
過去の経験からそれが嫌でもわかる。失敗する演劇を見ることほど嫌なものはない。でも、
(今更熱くなってどうするんだよ。僕には関係ない事じゃないか)
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
僕は脚本の事を忘れ、そそくさと帰り支度を始めた。
学校からの帰り道、僕は先程まで繰り広げられた相馬の演劇の事を思い出していた。
(なんだか久々に見たな。素人の脚本ってやつ。熱意は感じるけど、でも)
あの内容では間違いなく演劇は失敗する。だからといって僕になにか出来るかと問われれば、それはノーだ。
(僕はもう脚本を書くのはやめたんだ。そう決めたじゃないか)
過去の記憶が蘇る。笑顔で僕の脚本を読んでくれた父。しかしその顔は少しずつ崩れていき、最後は。
(ダメだ、もう演劇の事は忘れよう)
そう結論づけようとした時、僕はある事に気づいた。
(あれ、さっき配られた脚本、どこかにしまったっけ)
カバンの中を確認する。脚本は入っていない。どこかにしまった記憶もない。つまり、
(机の上に出しっぱなしだ!)
あれだけダメ出しを書きまくった脚本だ。間違って誰かに見られたら、僕がクラスで反感を買うのは間違いない。ヘタしたら学校生活そのものがおしまいだ。
(早く戻らないと!)
僕は慌てて学校への道を戻っていった。
全速力で通学路を走りきり、なんとか教室の前にまでたどり着く。
(誰にも読まれていませんように!)
そう願い教室の扉をあけようとする。すると僕の席の前に立っている人物の姿があった。その手には僕の脚本が握られている。脚本を読んでいる人物は、
(相馬だ……)
まさか脚本を書いた張本人にダメ出しを見られるなんて。これはマズイ、いち早くこの場から逃げ出さないと。そう思って走り出そうとする。だが、足がもつれて僕は転んでしまった。
誰?
相馬の声が聞こえる。なんとか立ち上がり逃げ出そうとすると、相馬がこちらまで迫ってきた。
ちょっと、待って!
相馬が追いかけてくる。僕はなんとか振り切ろうと駆け出した。でも相馬の足は早く、すぐ僕に追いついてしまう。手を掴まれた時、僕はこれまでかと覚悟を決めた。
確か新堂くんだったよね
相馬の問いかけにうなずいて答える。すると相馬はもう片方の手に握っていた脚本を僕に突きつけた。
この脚本にダメ出しを書いたの、君だよね?
(終わった……)
僕は自らの学校生活の終わりを理解した。もうこうなったらヤケだ。思ったまま、全部言ってやる。
そうだよ。その脚本じゃ、君の演劇は間違いなく失敗する。そう断言できるよ
それじゃあ……
相馬が口を開く。死刑執行の言葉。僕は思わず両目を閉じた。
君が脚本を書けば演劇は成功する?
ところが返ってきたのは予想外の言葉。それに僕は動揺した。
な、なんだよ急に。それに僕はもう脚本を書かないって決めたんだ。だからお断りだよ
だったら俺の脚本を監修してよ。お願いだ
更に続く予想外の言葉。僕は相馬の言葉に疑問を感じた。
君は怒ってないのかい? 自分の脚本にこれだけダメ出しされて
怒るわけがないじゃないか
そう相馬が断言する。僕は自身の耳を疑った。
ここまで俺の脚本に真摯に向き合ってくれるなんて、正直嬉しいくらいだよ。……改めてお願いしたい。新堂くん、俺と一緒に脚本を書いてくれないか
そう言って相馬が笑みを浮かべる。
この時、僕は確かに感じていた。この出来事が、僕の人生を大きく変えるものになるかもしれないと。
続く