……追いつけなかった。
……追いつけなかった。
私は呆然とその姿を見送る事しか出来なかった。
折角、彼と話せたのに。
それなのに私は、自分の気持ちを伝える事が出来なかった。
意気消沈していると、彼が落としたある物が目に入る。
それは今にも消えそうで、現に姿を消そうとしていた。
これ……は……!
私は急いでそれを手に取り、魔法を掛け直す。
間違いない。これは魔法で作られたガラスの靴。
どういう経緯で彼がこれを手に入れたのかは分からない。
どうやら彼自身に魔法が掛けられていたようだし、第三者が力を貸していたのはまず間違いない。
大方あの魔法使いだろう。
面白いものが大好きだからな、あれは。
きっと今回も面白がって協力したに違いない。
今はそれに感謝しよう。
彼を初めて見たのは町に視察に行った時の事だ。
勿論そこでは王子だとばれないように女性としての格好で町を出歩いていた。
町で美味しい果物を食べるなどして視察と言う名の散策を楽しんでいると、朝から飲んでる酔っ払いに絡まれてしまう。
や、止めろ
良いじゃねえか! ちょっとぐらいよぉ!
何を思ったのか裏路地に連れ込もうとする酔っ払い。
必死に抵抗するも、その頃の私は魔法を習い始めたばかりで反撃する事が出来なかった。
おい、止めろよ
ああん?
突然割り込んで来た声。
その姿はとてもみそぼらしいものだったが、勇気あるその行動に私は思わず息を飲んだ。
嫌がってるだろ?
んだとこの餓鬼ィッ!
危ない!
酔っ払いが私を助けた彼の顔を殴ろうとする。
私のせいで……そう思った矢先、彼は驚くべき行動に出る。
おらよ!
ぐはっ
モップだ。
何故そんなものを持っているのか不明だが、取り出したモップを使った華麗なモップ捌きで酔っ払いを倒しているではないか。
気絶してしまった。
気絶してしまった。
大丈夫だったか?
す、すまない
可愛い顔してるんだから、気を付けろよ?
か、可愛い? 私がか?
あん? 当たり前じゃねえか
初めて言われた……
生まれてこの方男として育てられてきた私。
そんな私を皆は何時も格好良いと褒め称えてはくれるものの、女性として、女の子として見てくれる人は一人もいなかった。
初めて言われた? そりゃ何の冗談だ?
其方こそ、私が可愛いなどと、お世辞にも程がある
ばっか。お世辞で俺がんな事言うかよ。そこの酔っ払いだって、お前が可愛いからあんな事したんだぜ? 自分に自信を持てよ。それと、これからは気を付けるんだぞ? ま、町で見かけた時は俺が守ってやるけどな!
本気か?
おうよ。俺はシンデレラ。お前は?
私は──
それが彼との初めての出会い。
以来、私は町に出ては彼の姿を探すようになっていた。
話したのはそれが最初で最後だった。
彼の境遇を知り、彼を幸せにしたいと思った。
だけど、今のままの私では無理だ。
だからこそ力を着ける為に魔法を習い始めた。
シンデレラ──彼に幸せになって貰いたい。私の傍で笑っていて欲しい。
来るべき時が来たら、シンデレラを虐げるあの男たちに罰を与えようと思っていた。
そんな彼が、舞踏会に現れて、私と踊ってくれた。
もっと──話がしたい。
成長した彼の手はごつごつしていて、男らしく、温かかった。
あの温もりを、ずっと傍で感じていたい。
私の想いは募るばかり。
彼と結ばれる為に……私は……
翌朝。
私は行動に出た。
大広間に兵士を呼べ
はっ
執事に兵を集めるように伝える。
兵士たちは何事かとざわめいているようだった。
私は復元したガラスの靴を取り出し、宣言する。
この靴を履く事が出来た者を我が夫として迎える! 全国民に伝えろ!
一世一代の大勝負。
シンデレラ、君を必ず見つけて見せる。