部長

生徒手帳にはこう書いてあるわ

『もし、神様(概念固定体)のお付きになった者が生徒となった場合、前項すべてを撤回し、神様(概念固定体)の周囲環境を保護するよう取り組むこと。』

 何を書いているんだ、この学校は。

 僕はその荒唐無稽な一文を自分の携帯端末(YATA-CLAW、ヤタとも言う)で確認して、あきれ果てた。

 確かに、神様の荒神化を未然に防ぐことは、日本国の最優先事項ではあるけども、それにしたっても行き過ぎじゃないだろうか。

部長

つまり、神様さえ捕まえてしまえば、この学校を意のままにしてもいいってわけ! 部の存続もお茶の子さいさいよ!

少年

……

部長

おっと、画期的すぎて何も言えない感じ? 私も自分が怖いわ!

少年

……予想の斜め上どころか、予想という次元を突き破った案だと思いますー

 もういろんな意味でびっくりですよ。
 校則の理念概念を突き破ってますよ、この則項。

部長

でしょでしょ

 にっこりと微笑むぶちょー様。

少年

それで、どこでどうやって神様を捕まえてくればいいんですか

 僕はその笑顔を見て、とりあえず腹をくくった。

 僕の抵抗はすべて論破されるのは目に見えていたからだ。

 あの笑顔武装は、テコでも水素爆弾でも動かない。

部長

穂波山の噂は知ってる?

少年

穂波山?

部長

うん、ここから見える、ここらでは結構大きな山。昔は棚田で結構有名だった山なんだけど

少年

ああ、あそこの

 南に向かう際のバスから見たことがある。確か、棚田と桜並木が有名だったことは覚えている。

 部長曰く、棚田を管理していた家が潰れたらしく、今は荒れ放題なのだとか。

部長

その穂波山で、出るらしいのよ

 にやり、と部長が笑う。

少年

出る?

 この人、相変わらずポーカーフェイスが苦手だな。

 そう思っても僕は言葉にせず、話を続けた。

 そして、部長は少し間を置いて、言った。

部長

そう、でるの。――山姥(ヤマンバ)が

少年

ヤマンバ、ですか

部長

そう、山の老いた女性と書いて山姥。山母、山姫とも言われるね。読みだとヤマウバとも言うわ

少年

確か、山で人を騙して喰らう化け物ですよね

部長

そういう話もあるね

少年

それが、山にでる、と

部長

山姥だからそれ以外のどこに出るって言う話だけど

 それもそうだ。突拍子もない話の展開に、やっと脳が理解してきた。

少年

それで、噂ではどんな話なんですか?

部長

簡単に言えば、山のそばを通りかかった女性が、綺麗な白髪の女性に出会ってね

少年

婆さんじゃないんですね

部長

さっき言ったでしょ。山母とも山姫とも言われるって

 要するに、山で出会うあやかし的な女性をまとめて山姥と言うそうだ。

部長

でね、その女性が

『あら、あなたのお腹、可哀想ね。少し触っても良いかしら』

部長

と言われてお腹をなでられると……

 たっぷりの間。僕の喉が沈黙に耐えかねて仏をならす。

 そして、それを合図に部長が口を開き、

部長

三ヶ月後には見事に懐妊していましたとさ!

少年

……は?

 僕は呆気にとられた。

部長

しかも、不妊治療をあきらめた夫人だったらしくてね。すごいよね。奇跡ってあるんだね!

 と興奮気味の部長に対して、僕はまったく理解できていなかった。

少年

いや、そうでなく、なんで人を食べる妖怪が人を助けるんですか

 僕のその疑問に対して、部長がこほん、と咳をし、立っていた椅子に座り直してから。

部長

山姥は確かに人を襲う喰らうっていう一面もあるけどさ。
もう一つの顔として、人に福をもたらすという話があるの

部長

これには山姥の起源がそれぞれ違うっていう説があって

部長

人を襲うほうの山姥は、飢饉の時に捨てられた老婆が山に住み着いたという説

部長

もう一つの、福をもたらす山姥は、山の神、もしくは田の神が信仰を失った存在という説よ

 どれも数ある説の一つにしかすぎないけど、と注釈を付け加える。

 どちらにせよ、山の神が世俗化して山姥になったという一つのルーツは確実らしい。

部長

山の神は本来、豊穣と子宝をもたらす神様。つまり――

少年

穂波山の山姥は、山の神様という可能性がある

部長

そういうこと。話を聞く限りではかなりの力を持った神様だよ

部長

なんたって、今、穂波山は奇跡の子宝山と噂されるほどに有名になってるしね

少年

で、僕はその神様を捕まえてくればいいというわけですかー

 むしろ捕まえてしまって、お子さんがほしい婦人達から恨みを買われないだろうか。

 想像して、少し背筋が寒くなる。

部長

そそ、ちゃちゃっと捕まえて、この部室に連れてくればいいから!

 簡単に言ってくれるな-、相変わらずこの人は。

 こっちの心配などお構いなしだ。

 どうやら、僕は腹をくくるしかないようだ。

少年

はぁ、仕方ないですねー

部長

おおっ、やる気になりました?

少年

やる気はありませんが、どうせごねても部長がいくだけでしょーし

 超ニコニコしてる部長は、本当に無敵だ。

 おそらく、僕が行かなくても、自分だけでその山の神様とやらを捕まえてくるだろう。

 その代償は、僕がよく知っている。

 そうなるくらいなら、僕が捕まえに行って失敗した方がましだ。

少年

捕まえ方とかはわかります?

 一応、神様の捕まえ方とやらを無敵モードの部長に尋ねる。

部長

おいしいものでも持っていけばいいんじゃないかな

 予想通り、たいした収穫はなかった。

少年

……適当だなぁ

部長

お供え物を神饌っていうくらいだし、きっとおいしいものには目がないよ。手作りだとなおよし!

少年

手作り、ですかー

 今まで、手作りした料理なんて一つしかないけれど、それでいいのだろうか。

 まあ、深く考えても仕方ない。当たって砕けろ。

 失敗しても、僕にはデメリットはない。あるのは部長だけだ。

少年

わかりましたよ。ただ、部員募集施策は考えてくださいね、部長

 僕は部長に念押しをする。失敗しても成功しても、来年度こそは、部長に部員募集を強いらなければならない。

部長

わ、わかってるわよー

 その時、僕はその宿題を、『ゲームによくある、必ず負けるイベント戦闘』と思っていた。

 ただ、現実に『必ず』は無い。そのことを僕は忘れていた。

時は少し進み、春休みは終わって、高等部入学式の後。

少年

ということで、捕まえてきましたー

穂波さま

……捕まりました、のじゃ

部長

うそぉ?!

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