部長

暇すぎる

 一足早く本を読み終えた部長の声が、本棚と本の間に空しくこだまする。

少年

暇ですかー

 僕は読んでいたライトノベルにしおりを挟み、部長の話に応じるべく、部長に向き直した。

 むむーっと眉間にしわを寄せて、机の上に頬を乗せているのは、眼鏡をかけた白い蓮の花のような少女。我らが文芸部の部長、神田蓮花だ。

部長

暇暇、あーひま。暇すぎて死んじゃう。外は寒いし勉強はつまんないし面白い研究は最近ないし私のRSSリーダーは閑古鳥が鳴いてるし

 反応したことをいいことに、とりあえず現状に対する文句を言い続ける部長。

 きっと、本を読んだから暇になったのだろう。おとなしく次の本を読めばいいのに。

部長

だいたい、なんでこれだけしか人数がいないの

 と、部長は部屋を見渡した。

 図書館(学校内にある図書室のことだがなぜか僕らはこう呼ぶ)に併設された、文書編纂室の半分が文芸部の部室だ。

 大型コピー機、裁断機、DTP用のデスクトップ機、巨大な文書用ホチキス、と本を作る設備が並ぶ箇所が部屋の半分、本棚を仕切りとして、三方を本棚で埋め尽くした部屋の半分が文芸部の部室となっている。

 その中に、学習机を五つほど使い島を作り、そのお誕生日席で机に頬をつけてぐだっているのが部長だ。そして、部長から見て右手にいるのが僕だ。

 ちなみに、文芸部には、僕と部長の二人だけしかいない。

少年

いつもこれくらいですよー。ほとんどの部員は幽霊部員だったし

 僕は開けてあったくしゃくしゃのポッキーの袋を手探りで見つけ、一本を手に取る。

 今日は折れていなかった。いやな予感がする。

部長

そりゃあ、そうだけどさ……いつも、じゃなくて、たまに来るもう二人はどこに……ん? まって、なんで過去形なの

少年

そりゃあそうですよー

 僕は少し呆れながら言う。

少年

もう春休み前で、さらに外出組が学校に来るはずないですよー

 と言って、僕はポッキーを口に含み、パキリ、と折った。

 外出組とは、高校受験で外部の高校に進学する中等部生徒を指す言葉だ。

 ここ、市立車山高等学校は、私立以外では、県内公立学校で初めての中高一貫校として知られている。

 しかし、かなりの難関である中学受験を生き残った中等部と、一般的な高校受験で入れる高等部での学力差が激しくなったという理由で、中等部の生徒の大半は外部の私立高校へ受験するようになっていた。

 文芸部のメインは、中等部三年。ぶっちゃけていえば、高等部一年の部長以外全員が、中等部三年で、僕以外が外出組だった。

部長

あー、そうね。中等部はそんな頃かー

 頬が冷たくなったのか、机に触れる頬の側を反対にしてまたぐだる。どうやってしゃべってるんだろう。

 去年のことなのに、

部長

懐かしいわー

とのたまう部長。
 去年同期が離れるからいやだー! と涙目になってたくせに。

 ちなみに部員不足は、去年四月に部長が勧誘施策を疎かにしたことが原因です、部長。

部長

ってことは、あんたは残るんだ

 にや、と部長が怪しげに微笑む。

 あの笑顔を見たときはいいことがない。僕は笑顔を無視して、言葉を返す。

少年

そですよー、家に近いですし

 ポッキーをもう一本つかみつつ、僕は答える。また折れていなかった。

部長

なにその短絡的理由

少年

十分な理由じゃないですかー。家に近いし公立で安い

部長

そりゃーそうだけどさー

 なんだつまんない、といったご様子の部長。

少年

そもそも、部長もなぜ外に出なかったんですか?

 今度のポッキーはチョコを舐め落としてからクッキー部分を食べることにした。
 完全品を手に入れた贅沢だ。

少年

成績いいんでしょう?

 確か、部長は中学時代、テストの成績ランキングで常に十位圏内にいたはずだ。

 んー、と部長はすこし首をかしげ、ついでにポッキーの袋からすべてのポッキーをかっさらい、ぼりぼりと音を立てて食べ、飲み込んだあとに、

部長

私はあれだよ。せっかく再建させた文芸部が潰れないか心配になってね

 と、もったいぶった割には部長っぽい発言をした。

部長

もう三年くらい部長でいることにしたのだ

 しかも独裁宣言だ。アメリカ大統領の任期よりも長く部長をするつもりだこの人。

少年

部長権乱用したいだけじゃ

部長

なんかいったかなー少年ー?

少年

いえ、なにも

 触らぬ神に祟りなし。昨今の神様よりも部長のほうが怖いです。

少年

しかし、どうしますかねー

部長

何がー

 部長が話に飽きたのか、ポッキーお徳用袋からポッキー袋を取り出して、ふんぬ、と袋を開けるために力を込め出す。

少年

このまま四月中に部員が増えないままだと、部が潰れますよー

部長

……はぁ?!

 パァンと、袋が裂け、ポッキーが数本飛び散った。

少年

なんで驚いているんです?

 僕は飛び散った数本のポッキーを空中キャッチし、そのままポリポリと食べる。

部長

なんで、まだ四人以上いるでしょ?

 驚愕の表情でこちらを見る部長。その表情は初めて見た。

少年

なにを言ってるんですか。もうこの部は、部長と自分しか居ませんよ

部長

なん、だと…!

 緊張感のある顔でまさかそんな知らなかったぜみたいなことを言われても困ります。

 今日の部長は顔芸のオンパレードですか。

少年

れっきとした事実ですよー。部長、自覚が足りませんね

部長

まふやんもれれっちも?

少年

今日も受験ですねー

部長

私たち以外、全員外?

少年

ええ。困りましたねー

 といいつつ、ポッキーの袋を部長の机から救い出し、一本つかむ。

 先ほどの悲劇の生還者は、無傷だった。いやな予感しかしない。

部長

絶対困ってないでしょ、あんた

 予感を断ち切るため、僕はそのポッキーをボキッと唇で折った。

少年

自分、平部員なので。悩むのは部長のお仕事です

部長

今すぐあんたを副部長に任命するから一緒に悩め

少年

来年度までお断りしますー

 副部長である、麻布さんと礫さんは終業式まで副部長だし。

部長

くそぅ……抜け道がないか生徒手帳で確認してやるっ

 と、えんじ色のカバーが掛かった生徒手帳をぱらぱらめくり出す部長。

少年

部員獲得じゃなくて真っ先に抜け道を探すのはさすが部長ですねー

部長

うっさい

 僕は再びポッキーをあさる。また無傷だった。部長が開けなくてもこれはかなりの確率じゃないだろうか。
 体感では普通でも5本に1本は折れているのに。

部長

おお、こんな抜け道が。すると……そういえば……うんうん、よし!

 すると、部長はいきなり椅子の上に立ち上がり、眼鏡を正して僕の方に向く。

 スチール製の椅子がギシギシとなることもお構いなしだった。

 いやな予感しかしない。

部長

ということで、少年に春休みの宿題を言い渡す!

 ビシッとまっすぐになった人差し指を僕に向け、部長は言った。

部長

神様を捕まえてきなさい!

少年

……はあ?!

少年

いよいよ気が狂いましたか、部長

 僕はその言葉を首根っこで捕まえて、飲み込んだ。

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