ヤバい……。
かなりヤバい……。
僕が今まで生きてきた人生の中でも、最大級のピンチだ。

今、僕はクラス中の視線を一身に浴びている。
僕が人気者だからではない。
その証拠に、僕に注がれている視線は批難と侮蔑、そして幾許かの同情だ。

原因は、クラスメイトの女子の一人が持ってきていた大切な私物――鎖付きの指輪が、僕らが体育の授業を受けている間になくなり、僕がたまたまタイミング悪く、授業を抜けて教室に戻ったことを、クラスの推理好きの女――相月が覚えていたから。
実際のところ、僕は犯人じゃないし、相月もまだ僕が犯人だとは断言していないけど、クラスの空気は完全に僕を犯人扱いしていた。
被害者たる女子や、クラス委員長は言うに及ばず、さっきまで僕と一緒に弁当を食べていた友人すらも僕をそういう眼で見ているのだから笑えない。
唯一この状況を作り出した元凶の相月だけが、いまだ中立の目で僕を見ているのは何の皮肉だろうか……。
そんな感じで、思わず現実逃避をしていると、目を吊り上げた委員長が僕を睨みつけてきた。

詰め寄られた僕が慌てて言い訳をしようと口を開きかけたとたん、相月が割り込んできた。

もっとも犯人じゃないとも言ってないけどね、とおどけながらいう相月の言葉を聞いて、委員長は僕を睨みつけながらも一応矛を納める。

まだまだ僕を疑いの目で見ながらも、委員長と同じようにとりあえず騒ごうとしないクラスメイトたちを見て、僕に「感謝しなさい」とばかりに相月が目を向けてくる。

訂正。
きっちり口で言ってきた。
というか、そもそも僕が疑われるようになった発端は相月のセリフなのだから、僕が彼女に感謝する謂れはないと思う。

そんなことを考えている僕の横で、相月が探偵らしく顎に手を当てて考え始めた。

そこまで呟いてから、相月は、はたと僕を見た。
何だろう……？
やっぱり僕が犯人だとでも言うのだろうか……？

必死に記憶を思い返しながらしゃべっていると、ふと教室に戻る直前のことを思い出した。

僕が廊下で出会った人物を口にしようとした瞬間、まるでタイミングを計ったかのように教室のドアを開け、僕らの担任教師が声を荒げながら入ってきて、僕は思わず思考を中断させて、教師のほうを見る。

突然の乱入に僕を含めたほとんどのクラスメイトたちが驚く中、咄嗟に動いた委員長が事情を話してしまった。
クラスメイトの女子の貴重品が、体育の授業中に紛失していたこと、その貴重品を所持していたのを知っているのは、このクラスの人間だけであること、そして僕だけが体育の授業を途中で抜け出して教室に戻ったことから、僕が犯人として疑われていることなどなど。
懇切丁寧に事細かに伝えた。

当然、そうなると担任教師も僕をもっとも怪しい人物としてみてしまう。
事実、担任教師はまるで僕を蔑むような目で見ながら、掛けていたメガネを持ち上げて、わざとらしくため息をついた。

瞬間、教室がざわつき、もう一度僕に視線が集中した。

困惑する僕に代わって、相月が言ってくれる。
けれど先生は、そんな相月に軽く微笑んだ。

そして僕は、クラス中の視線を集めながら、先生の後ろをくっついて、生徒指導室へと向かった。