かつて、かの発明王、トーマス・アルバ・エジソンは言った。
「天才とは、1%の閃きと99%の努力である」と。

けれど、僕はこれに異を唱えたい。
なぜなら、エジソンの言う通りにしたところで、人は天才と呼ばれる人間になれるわけではないのだから。
1%の閃きと99%の努力で完成するのは、せいぜいが秀才というところだ。
本物の天才は「99%の才能と1%の努力」だと僕は思う。
いや……、そもそも天才とは努力すらしないものだ。
それでいて、僕ら凡人が越えられない壁を、あっさりと越えていく。
それこそが天才というやつだ。

ただ、僕はそんな天才と呼ばれる人間たちが羨ましいかといえば、そんなことはない。
天才というのは、良くも悪くも目立ってしまう。だから彼らは、僕ら凡人が普通に謳歌できるような何でもない日常を、楽しむことはできないのだ。

テレビの中で名探偵が、僕なら確実に分からないような犯人が残した僅かな痕跡から、鮮やかに推理を展開して犯人を追い詰めていくのを眺めながら、ふとそんなことを考えていると、後ろから母親に頭を軽く叩かれた。

馬鹿なことぼやいてないで、さっさと寝なさい……
明日も学校なんでしょ?

正太郎

……はいはい……

仕方なくテレビを消して、僕は素直に自室に戻っていく。
まぁ、ちょうどテレビの事件のほうも解決したみたいだし……、ちょうどいいかな……。

のそのそとリビングを出て行く僕の耳に、母親のなんともいえないため息が届いた。

そんなことを考えていたからだろうか……、まるで神様が「お前が天才を語るなどおこがましいにも程がある!」とでも言って、激怒でもしたのか、その次の日、僕の身にある災難が降りかかった。

その日、いつものように学校に登校した僕は、いつものように友達と駄弁ったり、だらだらと授業を受けたりしていた。
なんら変わりない、いつもと同じ時間といつもと同じ空間がこれからも続いていくのだろうと、何となく思いながら、昼休み前の最後の授業である体育を終え、教室に戻ってきたときのことだった。

うそっ!?
ない……!
ないよ……っ!!

クラスメイトの女子が一人、なにやら焦った声を出しながら、自分のかばんや机を必死に探っていた。
彼女が何を探しているのかは分からないけど、よほど大事なものらしく、彼女の必死な空気はすぐに彼女の友達からクラス中へと伝播し、何事かと全員が彼女に注目する。

大事なものなのに……
お祖母ちゃんにもらったものなのに……

はらはらと涙を流しながら、それでも心当たりのある場所を必死に探す彼女の肩をクラス委員長が抱きながら慰め、二三質問した後、ゆっくりとクラス中に目を向けた。

さっきの体育の時間に、教室に置いてあったはずのこの子の鎖をつけた指輪がなくなっているみたいなの……
誰か、心当たりはない?

静かに……でも、詰問するような口調のその友達に、何人かがすぐに心配そうに駆け寄り、何人かは無関心に首を振る。
どうやら、四限目の時間に僕らが教室の外で体育を受けている最中に、その女子の貴重品がなくなっていたらしい。

母親が適当に詰めた弁当を食べながら、ぼんやりと成り行きを見守っていると、教室の中の空気が剣呑なものへと変化した。

誰かが盗ったのは分かってるの!
だって、このクラス以外にこの子が指輪を首から提げてるだなんて知らないんだもの!
誰が盗ったの!?

口調を荒くさせ、鋭くクラス中を睨みつける委員長に、お互いに顔を見合わせながら首を振って無罪を主張するクラスメイトたち。
それでも、委員長の僕らへの疑いは晴れず、次第に空気が張り詰めていく中、ミステリー好きを自ら豪語する女子――名前は確か……相月奈緒だったか――が一歩前へ出た。

奈緒

待って、委員長……
さっきの時間、私たちは全員体育で教室を空けていたのよ?
いわば、私たちにはアリバイがあるの……
なのに、私たちの中に盗んだ犯人がいるだなんて考えるのは早計過ぎないかしら?

確かに、と全員が頷く中、委員長は反論した。

じゃあ誰が盗ったっていうの?
私たち以外にこの子がそんなアクセサリーをつけてきてるだなんて知ってる人間はいないのよ?

奈緒

…………
あなた……、他のクラスに友達は?

相月の質問に、指輪をなくした女子は首を振る。

奈緒

そう……
当然、他のクラスの人たちに、あなたの指輪のことを話したりはしてないわけね?

今度は肯定する女子に、相月はしばし黙考してから口を開いた。

奈緒

確かに彼女は体育で着替えるまで指輪を身に着けていた……
けど、どこかに落としたり忘れてきた可能性はない……
そしてそれを知っているのはこのクラスの人間だけ……

奈緒

やっぱり犯人はこの中にいるわね……

ぶつぶつと呟く相月は、「そういえば……」と何かを思い出しながら、なぜか僕に注目した。

奈緒

横島君……あなた……
さっきの授業中に、何故か一度抜け出してたわよね……?

正太郎

えっ……

瞬間、教室がざわめき、委員長の鋭い視線と、指輪の女子の悲しみの視線が僕に突き刺さる。

あなたが犯人……!?

親の敵を見るような表情の委員長は、荒々しく僕の前にやってくると、強く机を叩いた。

指輪をどこへやったの!?
出しなさい!!

クラス中から、完全に僕を犯人扱いする空気が届いた。

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