何かどころの話ではない。
ルーチェが言う「ティアマット」とは、間違うことなく中央エリアの、更に深淵のことを指すからだ。
それ以外、セラータはティアマットという言葉を知らない。
其方、今ティアマットと言ったか?
言いましたけど、それが何か?
何かどころの話ではない。
ルーチェが言う「ティアマット」とは、間違うことなく中央エリアの、更に深淵のことを指すからだ。
それ以外、セラータはティアマットという言葉を知らない。
なぜそんなところに向かっているのだ!死にに行くようなものだぞ!
つい熱くなって諭す。
元々、セラータは心優しい人間だった。スクデリーア隊長クラスの騎士でも厳しいと言われている中央エリアに単身で入るなど自殺行為だ。
現在、東西南北すべてのエリアから随時新たに中央エリアに騎士が「援軍」として侵入している。
しかし、未だに中央エリアに関する情報は外には一切流れてこない。
勿論、誰がせき止めているわけではない。
情報を持ってくる人間――つまり「生還者」が未だ誰もいないのだ。
中にはどんな状況なのか、どれだけの魔物が残っているのか、果てには残存する騎士や中の地形すら分かっていない。
帰ってきた者がいなければ、当然の話だが。
そのため、各エリアから中央エリアに送られる騎士は、どんな不測の事態にも対応できるような卓越した実力を持ち、なおかつ「異名」を所持している騎士であることが義務付けられている。
異名とは、それぞれが会得している魔法を、さらに熟練し、「切り札」と呼ばれる秘技を会得していることが名乗ることができる名である。
異名とは、ギルドの隊長から授かったり、自ら異名を本能的に悟ったりして得ることができるため、並の騎士との差別化ができる。
最初から抜きんでた才能を持ってない限り、最低でも切り札を編み出すのに5年はかかる。
以上のことから、ある意味中央エリアへの出陣を命令されることは騎士にとっては自分の実力を認めてもらったことになり、またとない誉でもあるのだ。
しかし・・・・・・
そんなもの、夢物語でしかないのに・・・・・・
そうだ。
実際に帰ってきた騎士など、一人たりとていない。
まだなお閉ざされた壁の中で戦っていると信じているものもいるが、既に半分以上の人が気づき始めている。
全員、魔物に殺されたのだと。
それは一部のエリアも同じようで、つい最近には南エリアが中央エリアへ騎士を派遣するのをやめたらしい。
普通に考えれば、それが妥当な判断だ。
いつ終わるか分からない戦争にいつまでも金を投資する国はどこにもないだろう。
言い方を悪くすれば、ふて寝状態だ。
勿論、他のエリアからは猛烈な非難を浴びた。
しかし、それでもこれ以上貴重な異名持ちの騎士をごみ箱に捨てるくらいなら、多少は持て余してでも手元に置いておくのが賢明な判断といえる。
どちらかというと、セラータもそっち寄りの意見だ。
それでも、他のエリアのギルドが今でも騎士を中央に派遣するのは、中で戦っている騎士たちを援護するためと、ティアマットを消滅させることができたエリアがティアマット消滅後の世界の覇権を得ることができると思い込んでいるため。
そんなことを、未だに信じ込んでいるためだ。
生きて壁の外に帰ってきた人間など、誰一人いないというのに。
だからこそ、セラータはルーチェの中央エリア息を必死に止めようとしていた。
行ったところで、騎士でもないルーチェには何もできないのだから。
ならば、別に無駄死にしに行く必要はないじゃないか。
セラータには、そう思えてならなかった。
しかし、そんなことは読書家のルーチェが知らないはずがなかった。
貴方の言いたいことは察しがつきます。
騎士でもない僕が中央に入ったところで何もできないと、言いたいのでしょう
あ・・・・・・あぁ
それこそ、騎士の驕りですよ
はっきりと切られてしまった。
ルーチェはセラータの肩をつかみながら、キッと視線を向ける。
現に、僕は貴方の目の前でギガント・ゴーレムを倒して見せたではないですか
それは、そうだが・・・・・・
やはり、セラータは安心できない。
むしろ、あまり無関係な人を中央に巻き込みたくない。
しかし、それでもルーチェは引き下がらない。
それに、僕はどうしてもティアマットに行かなければならないんです
何?それはまたどうして?
それはまた追々。それより、もう少しだけ歩けますか?
もうすぐクアドラートですよ
いつのまにか、だいぶ歩いていたらしい。
今は日付を越えたあたりだろうか。
小休憩を挟みながら歩いてきたため、かなり時間がかかってしまったが、なんとかクアドラートまで帰還することができそうだ。
それは、スクデリーア・マッサが死んだ後、騎士をまとめてくれたルーチェ・アルマのおかげでもあるが。
大丈夫だ。もうすぐクアドラートというだけで元気がでてきた
単純ですね
疲れているんだ。これくらい許してくれ
しかし、ルーチェ殿。其方には本当に感謝の言葉もない。
隊長亡き後の我が隊をまとめてここまでつれてきてくれたのだから
それはどうも。では、これからは僕の計画のために働いてもらいましょうか
まともに取り合わないルーチェに、セラータはただ苦笑をもらす。
そういえば、さっきから言っている「計画」とは何のことだろう。
本部に帰ったら詳しく聞いてみよう。
そして、最後の丘を越えて、久しぶりに帰還した騎士たちが見たものは――――
沈黙した騎士団西エリア本部だった。