昼時になると


少年はいつもの様に学校を早退する。













帰り道に見上げたその空は


朝の晴模様が嘘のように


分厚い雲が覆っていた。
























不穏の足音
























那由汰

今にも降りそうだな……。






早朝の学舎で感じた不安を


具現化するかの様な怪しい雲行きに


少年は帰り道を急ぐ。






那由汰

思い違いであってくれ……。




































































友美

あちゃー……。
降ってきちゃったねぇ……。

紗希

うわぁ……。
土砂降りだぁ。





給食を食べながら少女らは


雨脚の強まる窓の外を見る。




数多の雨粒は


乾燥していた校庭の地面を


黒く塗りたくったかと思うと、


あっという間に浅瀬の海を形成する。


紗希

那由汰は濡れる前に家に帰れたかな……。

友美

じぃー……。



ふと、紗希は友美の視線に気づく。


紗希

な、何よ、友美……。

友美

ううん。
きっと青春なんだなーと
思ったまでです。




まるで心の中を見透かしたような台詞に


紗希は思わず声を上げる。


紗希

ちょ……。
こらぁ友美!



そんな紗希とは裏腹に


友美は飄々と答える。

友美

いいじゃないですか、青春。
怒る必要ないでしょ?

紗希

あるわよ!
友美にからかわれると、
ご飯も喉を通らないんだから!

友美

おっと、それは失敬。

友美

でも、それだけ食べれてれば
大丈夫大丈夫。



と、ほぼ食べ終わりの食器を見ながら


友美は紗希に微笑んだ。

紗希

こ、こらぁ!




紗希は変わらない自らの食欲を


恨めしく思い顔を赤らめた。
























那由汰か……?

那由汰

ばあちゃん、ただいま。

おかえり。
雨、濡れんかったか?

那由汰

ちょっとだけ濡れちまった。



そう言いながら


畑仕事の準備を始める那由汰。

那由汰。

那由汰

ん?

今日は無理に畑仕事する必要はねぇ。

那由汰が頑張ったから
稲刈りも早くに終わったことだし。

たまにはゆっくりしたらいい。

那由汰

わかった。そうする。

那由汰

あ……!

那由汰

そうだ、ばあちゃん。
これ見てくれ。

それはなんだ?

那由汰

昨日の寸斗を学校の先輩が写真に撮ったんだ。

神事を撮影するとは……。
近頃の若者は関心せんのう……。

那由汰

そのうちの一枚なんだけど……
ほら、これ。










これは『水入曾洞《みないりそとう》』
じゃな。

那由汰

ここ見て。







おぅおぅ、この邪な気配……。
目がよう見えなくなっても
感じるわ。

これは紛れもなく……

『黒曾の霧』じゃ

那由汰

やっぱり……

よく気づいたな、那由汰。

この写真と写真機は祓うとして、
関わってしまった者が心配じゃ。
"障る"といかん。

那由汰や。
この写真に関わった者を連れてこれるか?

那由汰

わかった、ばあちゃん。
すぐに連れてくる。

那由汰

関わった者……。
紗希ねぇちゃんと友美先輩だけでいいか?

雨の中すまんの、那由汰。
気をつけるんだぞ。

那由汰

うん、大丈夫だよ、ばあちゃん。





そう言うと、那由汰は傘を持ち


先程来た道を帰っていった。











それにしても……。













これほどに漏れ出した『黒曾の霧』は初めてじゃ。

何か良からぬ事の前兆でなければ良いが……。




















那由汰

すれ違いになると面倒だ。
紗希ねぇちゃん家から学校へ向かおう。















紗希の家が見えてきた丁度その時、



家の中から人影が現れた。




瀧林教授

ガチャッ

那由汰

あ、瀧林先生……。

瀧林教授

タタタタタ……



紗希の父親は



遠巻きの那由汰の姿に気づくこと無く



雨の中を走り家の角を曲がっていった。

那由汰

瀧林先生、あんなに急いで
どこへ行くんだろう……。

那由汰

おっと、俺もあっちへ行かなきゃ
いけないんだった。




その方向は学校へ向かうために通る道。



那由汰も先を急いで



その先へと向かう。


















那由汰

あれ?







曲がり角の先は


見晴らしのいい一本道。





そこには、もう紗希の父親の姿はなかった。











急な大雨に溢れかえる排水溝が



コポコポととを立てているだけだった。
























* * *


























雨脚の強くなる中、



花江はただひたすら走っていた。







雨ざらしになることも厭わず、ただ黙々と。





花江

行かなきゃ……。
行かなきゃ……。








出来上がったばかりの川をよけ、




木々の間をくぐり、




どこを目指すのかも分からず、




胸の奥底から湧き上がる衝動だけが




花江の体を突き動かしていた。































四足で走っている事など



気にも留めず。



































つづく

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