祭の明くる日の朝。
空を見上げれば
雲一つない秋空が広がる。
しかし、それは
どことなく何かが足りない
絵画のようにも思える。
写真
前日の祭の熱が冷めた月曜の朝。
いつもより早く目が覚めた紗希は
1人学校への道をゆく。
人影まばらな登校風景は
どこと無くけだるい感じが漂う。
紗希が校門を潜ろうとすると、
向かいの道から来る友美が
声をかけてきた。
紗希、おはよ。
今日は早いね。
おっはよー、友美!
友美っていつもこの時間なの?
今日は日直なのですよ。
あぁ〜。
心中お察しします。
クスッ。
……ぷっ。
他愛のないやり取りに
物静かな環境も相まって
思わず吹き出してしまう2人。
あー、おかしかった。
ふと、友美は
じぃ〜
と、紗希の顔を覗き込んだ。
紗希は怪訝そうに
ん?
顔に何かついてる?
と聞き返すも、友美は
ううん、大丈夫だよ。
ふふふ……。
と返しつつ、
含みのある笑みを浮かべる。
どうかした?
……ちょっとね。
昇降口に入っても
友美は変わらず
意味深な笑みを浮かべ続けていた。
ふふふ……。
もう、何よ。
さっきからニヤニヤして。
んー、まだ秘密。
じゃあ、私は職員室寄ってくね。
また、教室でね。
そう言うと、
上履きに履き替えた友美はパタパタと
廊下を小走りに行く。
こらぁ!
廊下を走っちゃダメでしょ!
んーもう、変な友美だなぁ……。
教室に入ると
まだ他に登校している生徒はいなかった。
自席についた紗希は
伽藍堂のような雰囲気の中
一限目の授業の用意を始める。
えーっと、一限は国語だったわね。
教科書を取り出し終えた紗希は
手持ち無沙汰になると
誰もいない教室で昨日の祭を思い出す。
紗希ねぇちゃん。
似合ってるよ。
うふふ……
ほっぺたゆるんでるよ。
ぎゃぁあああ!!!
突然の友美の指摘に
紗希は現実に引き戻された。
い……いつからそこに?
んー……。
五分くらい前かな。
うぅ……。
夢中になりすぎた……。
気をつけよう。
周りが見えなくなりつつある自分を
紗希は戒める。
薄っすらと赤面した紗希をよそに、
友美は
あ、そうだ。
と言うと、
おもむろに学生鞄の中から
ゴソゴソと何かを取り出した。
じゃじゃーん。
これなーんだ。
そう言いながら友美は
少し古めのデジカメと
現像した写真を紗希に見せた。
なによ……。
と言いながら写真を手に取る。
次の瞬間、紗希は驚愕した。
って……
なに撮ってくれちゃってるのよ!!!
それは、昨日の祭の鬼神の装束姿の写真。
そして、肩を寄せ合い
寸斗むすびを流す二人の写真。
良かったね、紗希。
良かったって……。
ただ手伝っただけだよー!
それで二人共遅くなっちゃったから
一緒に流しただけ!!!
あたふたと言い訳する紗希をよそに
友美は次々と写真を見せていく。
これなんか、2人で寄り添っちゃって……。
ギャー!
そして、最後に
紗希が那由汰にぴったりと
寄り添う写真を突きつけられ
とどめを刺された。
2人だけの寸斗……。
素敵ねぇ……。
ちょっと憧れちゃうなぁ。
うう……。
画像を通して客観的にみる自分の姿。
昨日の事が
紛れもない事実であった事を
心の奥底で嬉しく思う反面、
この姿を親友に見られたことが
とても恥ずかしくて仕方なかった。
おーい、紗希ねぇちゃん。
ふと、静寂を破り
那由汰が教室へ入ってきた。
な、那由汰!
噂をすればなんとやら。
してない!
おはよう、那由汰くん。
キミも早いねぇ。
はい、紗希の番だよ。
え?え?え?
紗希は気を取り直して
要件を聞こうとする。
しかし
ど、ど、ど、どうした?
不意を突かれた那由汰の登場に
すっかり心は乱されてしまった。
紗希ねぇちゃん、
なんでどもってるの?
それには色々あるのです。
ふーん……。
まあいいや。
今日、農作業無いから
紗希ねぇちゃん家行っていい?
え!?
お、おデートですね
ち、ち、ちがうもん!
……多分。
昨日、瀧林教授の話が
途中だったから
続きを聞かせてもらいたくて。
なぁんだ……。
なぁんだ……。
がっくりと肩を落とす乙女二人。
紗希は、中学一年の男子なんて
大方こんなもんだろうと
自分に言い聞かせつつ
自宅への訪問を快諾する。
え、あ、えーっと
良いでござるよ。
ござるよ!
ありがとう、紗希姉ちゃん。
はわぁ
でも、ネズミの標本だけは
ちょっと遠慮したいけど……。
ん?なんか言った?
いや、何も。
ニヤニヤ
ところで、那由汰くん。
はい、友美先輩。
これ見て。
と、友美は那由汰にも写真を手渡す。
これは……。
ギャァー!
やめろ―!
友美ぃー!
紗希は心のなかで声にならない叫びを上げた。
友美先輩……。
なにかな?
こう言った神事は
必要以上に写真に収めるものでは
ありませんよ。
と、鬼神の装束の写真を友美に返す。
おおぅ、予想外のカタイ返しだったわ。
じゃあこっちならいい?
そう言って、
友美は机の上にある
寄り添う二人の写真を指差した。
那由汰はしばらく写真を見た後、
これならまあ……。
と、答えた。
それだけかい!
ふと、机の上の写真に視線を落とすと
紗希は写真に違和感を感じた。
あら……。
これ何かしら……。
え?なに?
狗老利川の流れる奥に見える洞窟。
その穴より、黒い霧状の物が
煙のように出ているようだ。
んー。
古いカメラだからねぇ……。
光の加減じゃないかしら?
そうかな……。
なんか……怖い……。
ふと、那由汰は声色を変えた。
紗希ねぇちゃん、友美先輩、
この写真はダメだ!
え?
どうしたの、那由汰。
この写真とカメラは俺が預かる。
婆ちゃんになんとかして
もらわないと……。
いいかな、友美先輩。
あ……はい。
ゴメン、紗希ねぇちゃん。
今日やっぱり行けなくなった。
あ、うん、いいよ……。
紗希は突如見せられた
那由汰の険しい態度に
ただただ気圧されていた。
時はいつの間にか流れ、
気がつくと予鈴が鳴っていた。
教室はすでに賑やかな雰囲気に包まれていた。
* * *
ここはどこだろう……。
花江は畑のような所にいた。
なんで私はここにいるのだろう……。
花江はこれまでの記憶がなかった。
ただ言えることは1つ。
なぜかわからないけど……。
これを食べなきゃいけない……。
そう思いながら花江は、
身の丈ほどあろう穀物をかじり続けた。
それは……本能だった。
つづく