さっきまでの晴天がまるで嘘のように
青空はにわかに曇り
雨の矢が地面に突き刺さる。
霜月の雨は
道に佇む少年の体を
冷たく包み込む。
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なんで……
なんでなんだよ、佳子……!
少年はうなだれ、
傘をさすこともなく
重い足を引きずり
学び舎へと登校する。
分厚い雨雲は陽の光を遮り
室内はさながら夕刻の如き
暗さを漂わせる。
すみません……遅れました。
少年は授業中の教室の扉を開け
開口一番謝罪をする。
しかし、その異様な姿に
見るもの皆、驚きを隠せなかった。
須藤くん……。
どうしたんだ、ずぶ濡れじゃないか!
傘を忘れてしまって……すみません。
いいから、早く体操着にでも着替えなさい!
はい、すみません。
ちらっ
少年はひとしきり弁解をすると
愛しの少女に目線をやった。
うげ、こっち見やがった……。
下手に目をそらすと、後で付きまとわれそうだな……。
……スッ
……しかし、
かつて少年に寄り添った少女の入れ物は
ゴミ袋の生ゴミを見るかの如く
蔑むような目で少年を見続けた。
ギョッ!
くっ…。
いたたまれなくなった少年は
少女に向けた目線を外さずには
いられなかった。
休み時間。
廊下で少女の入れ物は
あたかも少女そのもの様に振舞っていた。
少女の友らには全く何も気づかれずに。
……でさー!
あ…。
ジッ
……唯一。
異常なまでの変化を知る少年は
遠巻きに少女の入れ物を
訝しげに見つめていた。
うわあぁ。
あれほど傷めつけたのに…。
コイツめんどくさいなぁ……。
何とかしないと付きまとわれる…。
よし。
あれ?
佳子、どこ行くの?
授業始まるよ?
ちょっとお手洗い。
先生に遅れるって言っといて。
少女の入れ物は
授業のない体育館へと向かい
倉庫へと入っていった。
ツヴェルタ!
いるんでしょ!?
出てきなさいよ!
ふぅ……。
別に私はあなたの専属キューピッドじゃありませんよ?
それに私の契約者はあなたの中にいるもう一人のあなたであって、あなたじゃないですし……。
つべこべ言わないでさ!
せっかくキューピッド共の実験に付き合ってあげてるんだから、少しぐらい融通きかせてよ。
……それとも……
少女の入れ物は声色を変えて
ツヴェルタに迫る。
この入れ物自体、台無しにして欲しいの?
私を脅しても何も出ませんよ?
それより、私に用があるのでは?
飄々としたキューピッドは
脅しを意に介さず
用件を聞き出す。
あ、そうそう!
あの大地とか言うガキをボロクソに……
……じゃなかった……
この娘の恋人に恋の試練を与えてやってよ!
少女の入れ物は満面の笑みを浮かべて
キューピッドに提案をした。
……うーん。
今でも十分すぎる試練なんですけどねぇ。
まあ、それも契約者様の強い想いの成せる技なのですが……。
黒衣のキューピッドは
しばらく腕組みをして考えた後、
体育倉庫内に置かれた
スタンドミラーを指差し言った。
あれを使いましょう。
鏡の指輪が映るように手を伸ばしてください。
こう?
少女の入れ物は
鏡の指輪が映るように
手を伸ばした。
…で、こうします。
黒衣のキューピッドは
徐ろに鏡へ手を突っ込むと、
鏡の中の手にはめられた指輪を外し、
鏡の中から取り出した。
これで鏡の指輪がもう一つ出来上がりました。
効能は同じです。
お好きなようにお使いください。
と言うと、
鏡の中から取り出した指輪を
少女の入れ物へと手渡した。
へぇ……。
アンタは鏡に映らないんだねぇ。
えぇ、まあ。
これでも神なので。
少女の入れ物は
渡された指輪と
鏡に写るその姿を交互に見比べた。
……不思議。
アタシは指輪してるのに、
鏡のアタシは指輪してないんだね。
それに、この新しい指輪も鏡に映らないのね。
鏡に写る姿はあなたの本体の姿……。
つまり、私の契約者様の姿で、そちらから鏡の指輪を拝借しました。
鏡の中が本体と言っても、今の実体はあなたなので鏡の中の本体が勝手に動いたりはできません。もっとも、今契約者様は意識を失っているようですがね。
それは知ってる。
アタシは今までずっとアッチ側だったからね。
おっと、これは失礼。
余計な講釈でしたね。
それでは、私はこれで。
面白い結果をお待ちしております。
そう言い残すと、
黒衣をまとった愛の神は
闇に染みこむように姿を消した。
もう一つの鏡の指輪かぁ……。
にまぁ
少女の入れ物は
不気味な笑みを浮かべながら
無人の体育倉庫を後にした。
つづく