ケンイチが牛刀の刃先を自分の喉もとに突きつけたその時、どこからか、ほとんど声とは言えないくらい微かな声が聞こえてきた。
実際にその音が聞こえたのかどうかは定かではない。体の中で共鳴しただけなのかもしれない。だがその声はケンイチにははっきりとわかった。
ケンイチが牛刀の刃先を自分の喉もとに突きつけたその時、どこからか、ほとんど声とは言えないくらい微かな声が聞こえてきた。
実際にその音が聞こえたのかどうかは定かではない。体の中で共鳴しただけなのかもしれない。だがその声はケンイチにははっきりとわかった。
……?
耳をそばだてるケンイチ。
やはり聞こえる……。
それは小猫の泣き声のようにも思えた。
無意識に声のするほうに歩いていくと、ケンイチは院長室の前に着いた。
ドアの前に立つと声は部屋の中からはっきりと聞こえた。
それは猫の泣き声ではなくアユミの喘ぐ声だった。
ケンイチはドアノブに手をかける。
鍵は掛かっていなかった。
ケンイチはドアを細めに開けた。
アユミの白い肌がケンイチの目に飛び込んできた。
院長のカリヤが机の上のアユミの裸体に覆いかぶさっていた。
うろたえたケンイチはドアに触り音を立てた。
なんだ! お前はこんなところで何をしてるんだ!
ケンイチに気づいたカリヤは激高して叫んだ。
ケンイチはアユミを見た。
目をそらすアユミ。
お前……一体なんのつもりだ!
ケンイチに向かいそうというと、カリヤはアユミの身体を突き飛ばした。
ケンイチの手にしている牛刀をみるとカリヤは眼を大きく見開いて狼狽した様子で今度は
待て、はやまるな!
とうわずった声を上げた。
ケンイチは手に持った牛刀をだらりと下げ呆然とアユミを見下ろしていた。
床に倒れたアユミがケンイチを見上げて
……ケンイチたすけて
アユミの口がそう動いた。
するとアユミの口から一匹の黒いトカゲが這い出してきた。
「殺せ!」
ケンイチに向かってトカゲがそういった。
俺はお前を赦さない、ぶっ殺してやるよ!!
ケンイチはカリヤに向かってそう叫ぶと部屋の中に足を踏み入れた。
わかった、待ってくれ、私が悪かった…… 殺さないでくれ……
ケンイチは牛刀を構えると命乞いをするカリヤににじり寄った。
その時、宿直室で騒ぎを聞きつけたアライが院長室に飛び込んできた。
ジャージ姿のアライの手には木刀が握られていた。
お前まだやられたいのか!
木刀をケンイチに向かって振り下ろした。
ケンイチは牛刀でそれを撥ね退けた。
すかさずケンイチはアライを斬りつけた。
牛刀の刃先がアライの木刀を握る手に触れると、アライの指が二本弾け飛んだ。
アライは呻きながら咄嗟に木刀を捨てると指が切断された左手を右手で押さえて後ずさった。
足がもつれてアライは尻もちをついた。
ケンイチは構えなおすとアライの眼前に牛刀の切っ先を突きつけた。
頼む、こ、殺さないでくれ……
額を床にこすりつけて泣きながら懇願するアライ。
これはお前の犯した罪に対する罰だ!
ケンイチはそう叫ぶと牛刀を土下座するアライに向かって振り上げた。
その時、三発の乾いた銃声が響いた。
カリヤが机の抽斗から取り出した護身用の小型拳銃でケンイチを狙って発砲したのだった。
一発の弾丸がケンイチの右の
こめかみに小さな穴を開けた。
スローモーションのように
崩れ落ちるケンイチ。
ケンイチィィー!
アユミの絶叫が真夜中を
切り裂いて響きわたった。