アユミはケンイチより二つ年かさだった。

アユミは父親を殺した罪で一年ほど前にここ、『国立のぞみの園学院』に送致された。






アユミの父親はどうしようもないギャンブル狂で地元ヤクザの開帳する裏カジノの常連であった。


職業はタクシーの運転手であったが、家に生活費を入れる事はなく給料のほとんどは博打に消えた。

それどころか多額の借金を繰り返し、アユミ達一家は絶えず闇金の取り立てに追い回されるような日々を送っていた。

アユミの母親はそんな夫に愛想をつかし、アユミを残して他の男と町を出て行ってしまった。

アユミが小学五年生の時の出来事であった。

大好きだった母親が去って、アユミは毎日泣いて過ごした。

アユミ

はやくお母さんが帰ってきますように……



アユミは毎晩必ず寝る前にそう神様に祈った。


母親が出て行った頃から父親はアユミに暴力をふるうようになった。

父親は博打に負けて帰ってくるとそのうっ憤を晴らすがごとくアユミに殴る蹴るの暴行を加えた。



アユミの父

お前なんか生まれてこなければよかった

殴りながら母親が出て行ったのは全てアユミが悪いからだとなじった。


アユミのまだ幼く華奢なその身体に生傷が絶えることはなかった。


アユミは何度も家出を繰り返したが、父親は執拗に見つけ出すと否応なしに連れ戻した。

アユミの父

逃げ出そうなんて考えても無駄だ

父親にそういわれると、アユミは慄然とし、生まれてきたことを後悔した。





アユミが中学にあがると父親の性的な虐待が始まった。

この頃から父親は大酒を飲むようになり、酔っては無理やりアユミを凌辱した。


最初は抵抗していたアユミも男の力で押さえつけられてはあらがう気力を失い徐々に父の行為を虚ろに受け入れるようになっていった。

やがて父親は、仕事にも行かなくなり毎日昼間から酒を飲んで過ごすようになった。

そして夜になると博打に出かけた。

少しでも気に入らないことがあれば、激昂してアユミを殴った。

殴り疲れるとアユミを抱いて寝た。

父親は金がなくなるとアユミに


アユミの父

体を売って金を作って来い


といい、博打仲間にアユミを売った。

耐え難い苦悶、地獄のような日々、

いくら待てども母親が戻る兆しはなかった。

母の帰りを神に祈る事はとっくに止めてしまった。

かわりに毎夜眠りに落ちる時、どうかこのまま朝が来ませんようにと願うようになった。


それでも朝はやって来た。




───絶望とともに。



毎朝目覚めるとアユミはあまりにも無慈悲な神を呪った。

やり場のない呪詛はいつしか父親に対する強い殺意へと変貌していった。




記録的な強い寒波が押し寄せて底冷えした日。

父親は、深夜になって帰ってきた。

珍しく博打で大勝したらしく酒に酔って上機嫌だった。

父親は、家にあがると寒い寒い、といいながら外套も取らず居間の石油ストーブにかじりついた。



しばらくすると程よく暖まったのか、父親は買ってきた寿司にも手を付けぬままストーブの前で大いびきをかき始めた。

父親が完全に寝入ったのを確認したアユミは、庭においてあった灯油のポリタンクを運び込むと居間に灯油をまいた。



飯台に突っ伏して寝ている父親のコートの背中にもたっぷり灯油をしみ込ませるとライターで新聞紙に火をつけ床にそれを投げた。







炎はまるで大蛇が地面這うように床の上をゆらゆらとのたうった。




燃え盛る怒りの大蛇は灯油の跡をくねくねと辿りながら父親の背中に達した。






しっかり灯油を含んだ厚手の繊維は思いの外勢いよく燃え上がった。


あまりの熱さに驚いて父親は目を覚ました。



父親は飛び上がるように起き上がって振り返えるとアユミのほうを向いた。

しかし自分の置かれている状況に気がつく間もなく、その激しい業火の責め苦に断末魔の叫び声をあげた。




勢いよく燃え上がる父親に向かってアユミは

アユミ

ザマアァーミロ!

ザマアァーミロ!ザマアァーミロ!

ザマアァーミロ!ザマアァーミロ!

ザマアァーミロ!ザマアァーミロ!




大声で何度も叫んだ。




父親の口が動いて何か言いかけたように見えたがそれは瞬く間に一本の火柱と化した。










アユミ

!?







このまま自分も死のうと決めていたアユミだが、父親の生きながらに焼けおちる姿と燃え広がる炎の勢いに怖気づき逃げ出したのであった。






アユミと父親が暮らしてきた古い木造の家は全焼だった。



翌朝焼け跡の中、父親は黒焦げの焼死体で発見された。



そして消防隊の実況見分の下、家の床下からは刺殺された二体の遺体がでてきた。






それは二年前に家を出たはずのアユミの母親とその情夫の白骨死体であった。




アユミは焼け落ちた家の前、大勢の野次馬のなかで呆然と立ち尽くしているところを逮捕された。


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