クリス

今回のお話の主人公:クリス
場所:グラドニア城
時期:第90幕の2か月後

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
魔王ノーサスとの決着が付いてから
もうすぐ2か月が経とうとしている。

ボクは以前のように
グラドニア公国の王として、
執務をおこなう日々が続いている。

――といっても、
今はほとんどの時間が来賓の対応に
追われている。


アレス様へ謁見を賜ろうとする者が
未だに絶えなく訪れているので、
ボクは補佐役として
その場に立ち会っているためだ。

世の中にはアレス様を利用しようとする、
良からぬ輩が無数にいる。
そんなこと、ボクが絶対にさせない!





……だってアレス様は大切な人だから。
 
 

クリス

リカルド、
次のスケジュールは?

リカルド

アレス様とともに
ヨルド王国の
第一王子様とのご懇談。
そのあとは
夕食会となっております。

クリス

そうか……。
国内の状況はどうなっている?

リカルド

陛下のご指示通り、
滞りなく政務を実行しております。
チェックも怠っておりませんので、
ご安心ください。

クリス

頼りにしているぞ、リカルド。

リカルド

ははっ、勿体なきお言葉。

 
側近のリカルドには本当に助けられている。

今はほとんどの時間が
来賓の対応に追われていて、
国内に関する仕事はほとんどノータッチ。

書類に目を通して判を押したり、
国内の視察に出かけたり、
そういった仕事は任せっきりだ。


本当はそちらの仕事もやりたいけど、
物理的に不可能な状態なので仕方ない。
みんな優秀だし、
信用もしているから大丈夫だと思う。

むしろ来賓の対応で常に気が抜けないボクは
精神が磨り減る一方。

でもボクは王様だから
そんなことは言ってられないし、
絶対に口にしちゃいけない。


――だってボクは
全国民の命を背負っているのだから。

言動次第で隣国や関係国の国民たちにも
影響を及ぼすことだってある。
 
 

クリス

アレス様、
お疲れではないですか?

アレス

僕は大丈夫だよ。
クリスくんこそ、大丈夫?
疲れてるように見えるけど?

クリス

問題ない。
心配してくれてありがとう。

アレス

ゴメンね、僕がここに
滞在しているばっかりに……。

クリス

何をおっしゃる!
アレス様はボクの仲間だ!
諸問題からあなたを守るのは
当然のことだ!

アレス

クリスくん……。

アレス

ありがとう!

クリス

あ……。

 
アレス様の優しい笑顔を見た瞬間、
全ての疲れが吹き飛んだ。

胸がドキドキと高鳴って収まらない。


あの笑顔を守るためなら、
ボクはなんだってする。

例え世界を
敵に回すことになったとしても……。
 
 

リカルド

アレス様、次のご公務まで
少々お時間がございます。
お部屋でお休みになられますか?

アレス

ううん、ここでいいです。
クリスくんと話をしたいですし。
最近はゆっくりと話せる時間が
あまりなかったので。

クリス

アレス様……。

リカルド

左様でございますか。
では、お茶とお菓子を
ご用意いたしましょう。

 
リカルドはそう言うと、
ボクに向かって目顔で何かの合図をしてきた。

ニコニコと微笑んでこちらを見つめている。
 
 

クリス

あ……っ!

 
ボクがリカルドの意図に気付いて
目を見開くと、
彼は小さく頷いて部屋を出て行った。

どうやらボクが事態を理解したと
察したようだ。


リカルドのヤツ、
ボクとアレス様を2人っきりにするために
お茶を用意するなんて言ったのか……。
 
 

アレス

クリスくん!

クリス

はっ、はいぃっ!

 
アレス様と2人っきりということを
意識したせいか、
急に名前を呼ばれて
素っ頓狂な声を上げてしまった。


べ、別にそんなシチュエーション、
今までに何度もあったんだから
あらためて気にする必要なんてないのに……。
 
 

アレス

クリスくんに
聞きたいことがあるんだけど?

クリス

な、なんだっ?

 
ボクは心の動揺を悟られないよう、
必死に冷静な振りをしながら返事をした。
でも自分でも
明らかにそれができていないのが分かる。

時として駆け引きが重要になる王としては
落第点だ。



アレス様は鈍感なので、
何も気付いていないようだけど……。
 
 

アレス

何日か前からお城の中で
飾り付けをしている人を
見るんだけど、
何かあるの?

クリス

あぁ、そのことか。
あれはこの国に伝わる
お祭りの一環だ。
明日から1週間がその期間に入る。

アレス

お祭り?

クリス

世界的な聖人を崇める日で、
元々は典礼儀式も
おこなっていたらしい。
その関係で
家の中を飾り付けるわけだ。

アレス

ふーん、そうなんだ……。

クリス

特にその初日となる明日は、
家族でゆっくりと過ごして
家庭料理を一緒に食べる。
プレゼントを用意して、
交換したりもするんだ。

クリス

だから明日は
我が国では祝日となっている。

アレス

あ、それで明日はスケジュールが
何も入っていないんだね?

クリス

そういうことだ。

アレス

クリスくんはどう過ごす予定なの?

クリス

特に決めていないが……。

アレス

だったら僕と一緒に過ごそうよ!

クリス

なっ!? なななななっ!

 
ボクとしたことが、激しく狼狽えてしまった。


確かに家族で過ごすのが一般的ではあるが、
中には……その……恋人同士で……
過ごすという者たちも……
最近は増えているからな……。
 
 

クリス

そんなこと、
もはやアレス様には言えないっ!
言えるわけがないっ!

 
だって恥ずかしいし、
もし……それで断られてしまったら……。

ボクはしばらく
立ち直れなくなってしまうかもしれない……。
 
 

アレス

僕たちは
家族みたいなものでしょ?

クリス

う……うん……。

アレス

だったら問題ないじゃない!

クリス

ま……まぁな……。

 
ア、アレス様がそうおっしゃるなら、
ボクはそれに従うまでだっ!


あはっ、あははははっ!
そうかぁ、
明日はアレス様と2人で過ごせるのかぁ!
 
 

アレス

そうと決まったら、
プレゼントも
用意しないといけないね。

クリス

そ、そうだなっ!
ボクも用意しようっ!

アレス

それじゃ、
シーラやレインさんにも
声をかけておかないとっ!

クリス

……え?

クリス

ボクたち2人だけじゃないのか?

アレス

もちろんだよ。
シーラもレインさんも
大切な家族だもん!

クリス

…………。

 
ボクは頭の中が真っ白になった。



――そうだ、
アレス様はみんなに等しく優しい。


家族で過ごす日だと考えているなら、
この城にいるあの2人を誘うのは
当然じゃないか……。



むしろ抜け駆けしようとした自分が……
恥ずかしいし……嫌になる……。

こんなボクが王様だなんて滑稽だ……。
 
 

アレス

どうしたの、クリスくん?
ボーッとしちゃって?

クリス

あ、いやっ、そうだな!
うんっ、みんなも大切な
家族だもんなっ!

アレス

あのさ、あとでプレゼントを一緒に
選んでくれる?

クリス

あ、あぁ! 分かった!

アレス

それにね、
みんなと交換するものとは別に
クリスくんだけに
何かプレゼントしたいんだ。

クリス

えっ?

アレス

いつもお世話に
なりっぱなしだから。
それに王様として、
いつもすごく頑張っているし。

アレス

……みんなには内緒だよ?

 
アレス様はボクの耳元で囁くと、
満面に笑みを浮かべながらウインクをした。


その瞬間、
ボクは全身の血液が沸騰したように熱くなる。

嬉しすぎて跳び上がりたくなったけど、
その気持ちは必死になって堪える。
 
 

クリス

――もちろんだっ!

 
アレス様を見つめながら笑顔で返事をした。





ボクにとってなによりも嬉しいプレゼントは、
モノなんかじゃない。






ボクに向けてくれた、
アレス様のその優しい気持ち。

それが最高のプレゼント――っ!
 
 

 
 
 
特別編・2
『最高のプレゼント』

終わり
 
 

特別編・2 最高のプレゼント

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