ここは魔界の隠れ里――
その中にある一軒の民家の中で、
トーヤは薬草を煎じていた。
釜の中には
若草色の煮立った液体が入っている。
部屋に漂っているのは、
清涼感のある青葉の香り。
大きく吸い込めば肺の中がスーッとする。
ここは魔界の隠れ里――
その中にある一軒の民家の中で、
トーヤは薬草を煎じていた。
釜の中には
若草色の煮立った液体が入っている。
部屋に漂っているのは、
清涼感のある青葉の香り。
大きく吸い込めば肺の中がスーッとする。
あとはこれが冷えれば、
喉の痛みに効く薬の完成だ。
トーヤは釜を火から下ろし、
そこへフタをした。
そしてふうっと大きく息をつく。
――その直後だった。
不意に空間が揺らぎ、
トーヤの目の前にデリンが現れる。
うわわっ!
……驚きすぎだ。
今回が初めてではないだろう。
そろそろ慣れろ。
う……ごめんなさい……。
いつものように、
アレスからの手紙を
持ってきてやった。
デリンはポケットから手紙を取り出し、
それをトーヤに手渡した。
するとトーヤは早速その封を開け、
中から取り出した便せんに目を通してゆく。
【 親愛なるトーヤくんへ 】
お元気ですか? アレスです。
この前の手紙を読みました。
ついに身分制度の撤廃が発表されたのですね。
ミューリエは行動と決断が早くて、
さすがだなぁとあらためて思わされました。
これでトーヤくんや隠れ里の人たちが
不当な迫害を受けなくなったら
僕も嬉しいです。
ただ、そのためには
何もせずに待っているだけではいけません。
魔界のみんなが力を合わせて、
努力を続けていく必要があります。
もちろん、トーヤくんも含めてです。
――ファイトっ!
さて、ノーサスを倒してから人間界へ戻り、
1か月が経ちましたが、
僕は依然としてクリスくんの国の王城に
滞在しています。
未だに色々な人が訪ねてきて、
その対応に追われているからです。
早く故郷の村に戻って
静かにゆっくりと過ごしたいです。
そして落ち着いたら、
またトーヤくんと会いたいな。
どうか怪我や病気に気をつけて
お過ごしください。
アレス
アレスくん……。
どうだ、アレスの近況は?
相変わらず、忙しいみたいです。
そうか、
無理をしてなければいいがな。
竜水晶を使った反動が
いつどんな形で出るか、
分からないからな……。
そうですね……。
デリンさんも王国軍総司令に
就任なさって、
忙しいんじゃないですか?
それなりにな。
だが、やりがいがあって
楽しくもある。
そんな状況なのに、
わざわざ僕のところへ
手紙を届けてくださって
ありがとうございます。
これはアレスから
頼まれたことだからな。
――それにこうしてお前と話すのも
嫌いではない。
えっ?
トーヤは目を白黒させた。
その視線の先にいるデリンは
穏やかに微笑んでいる。
出会った頃のような冷徹で刺々しい雰囲気は
ひとかけらもない。
すごく優しい感じがする。
やっぱりこれも
アレスくんの影響なんだろうなぁ。
では、俺は城へ戻る。
あっ、待ってください。
お渡ししたいものがあります。
転移魔法を唱えようとしていたデリンを
トーヤは慌てて止めた。
そして棚に置いてあった小瓶を手にとって
それを渡す。
中には緑色の液体が入っている。
これはなんだ?
疲れを癒す効果に特化した薬です。
だから怪我には効きませんけど、
今のデリンさんにはこちらの方が
いいかなぁって思って。
俺のために作ったのか!?
はいっ!
いつもお世話になってますし。
デリンはキョトンとしていたが、
やがてフッと口元を緩めて小さく頷いた。
……そうか、
ではありがたくいただこう。
だが、お前も魔族の端くれなら
毒でも盛っておかなければな。
俺を殺して成り上がるために。
えぇっ?
そ、そんな恐ろしいこと、
できませんよ!
はっはっは! 冗談だ!
もはやそういう時代ではないしな。
これからはトーヤのような
心優しき魔族が
世界を動かしていくのだ。
僕が……?
トーヤはピンと来なかった。
――だが、それも当然の話。
下民である彼は今まで魔族社会から蔑まれ、
迫害を受けてきたのだ。
世界を動かすなど、
考えたことがあるはずもない。
頭をフル回転させてもイメージが湧かず、
俯いて思い悩んでしまう。
おっ、いいことを思いついたぞ!
突然、デリンはポンと手を打って叫んだ。
そしてニヤニヤしながらトーヤを見やる。
トーヤ、薬草や薬に詳しいのなら
王城で薬草師として働いてみるか?
俺が後見人になって、
城のヤツらに推薦してやる。
きっと女王様やクレアも
賛成してくれるだろう。
ぼ、僕がお城で薬草師をっ!?
うむ、それがいい。
次に来る時までに心構えと
王城の寮へ移住する
準備をしておけ。
ま、待ってくださいっ!
僕にそんな恐れ多いことが――
ふふ、これは決定事項だ。
じゃあな。
デリンはトーヤの言葉を遮ってそう言い残し、
転移魔法を使った。
すると瞬時に彼の姿はその場から消える。
1人だけポツンと部屋に取り残され、
途方に暮れるトーヤ。
この唐突な展開に、頭の中は真っ白になる。
ど、どうしよう……。
お城で薬草師をするなんて……。
程なく体がガタガタと震えだした。
心に湧き上がってきたのは不安と恐怖、
そしてほんのちょっぴりの嬉しさ。
だが、次第に後者の気持ちが強まっていく。
――下民であるトーヤは、
今まで里人以外から力を認められた
ことがなかった。
それが王城という格式高い場所で、
働きを期待されている。
ゆえに彼の胸の鼓動はどんどん大きくなり、
体の奥が熱くなったのだ。
こ、こうなったら
やるしかないっ!
……ふふっ♪
トーヤは拳を握りしめ、
未来への希望に瞳を輝かせた。
――少年の物語は、今ここから始まる!
特別編
『アレスからトーヤへ!』
終わり