11│ただの嫉妬

クロニャ

えっと、どうしようというのは、舞さんが先輩のことを好きだったらどうしよう、ですかにゃ? 

それとも、舞さんにどういうふうに訊けばいいのか、ですかにゃ?

クロニャが赤いリボンを揺らしながら、的確に訊ねてくる。

答えはもちろん……

川越 晴華

両方だあ!

クロニャ

ですよにゃあ。困ったものですにゃ

川越 晴華

とりあえず先輩は避けたい、うっかり言いそう、でも、先輩に会えないのは寂しいよ

クロニャ

にゃあ、どうしますかにゃあ

どうしよう、どうしようと考える。

トランプのゲームをしているみたいだった。

大富豪や、七並べみたいに、次の次の、その次まで考える。

ああして、こうして、こうなったら、ああして……。
そうやって考え始めた矢先、にゃいんの通知が来る。

川越 晴華

……先輩からだ……

ゲームだったら、こちらが動くまで相手が待ってくれるけど、現実ではそうはいかない。

雨音光

大丈夫? 

もしかしたら、心当たりがあったのかなって思って……俺に言えないことなら言わなくてもいいけれど、一人で悩みすぎないようにね

川越 晴華

見透かされている……

さすが先輩、察しがいい。

返信に困っていると、さらにもうひとつメッセージ。

雨音光

川越さんが傷つくんだったら、その友達と、少し距離をおくのもありだよ

川越 晴華

……優しいなあ、先輩

クロニャ

でも、晴華にゃんにそれはできませんよ、にゃあ

川越 晴華

さすがクロニャだね

その通り。

私は、すぐに、先輩に返事をする。

晴華

ありがとうございます、私は元気ですよ! 

もしかしたら、友達は何かに悩んで、素直になれない可能性もあります。

今日考えていた可能性はそれでした……憶測でしかないので、内容はごめんなさい、まだ言えません。

明日、本人に直接訊いてみます。

困ったときは、また連絡します!

一気に送信。

先輩からすぐに、「わかった、しっかり休んでね」とシンプルな返事が来る。




私は画面をぼんやりと眺めながら、ベッドに倒れこんだ。

すりよってきたクロニャの体を、優しくなでる。

川越 晴華

舞に、先輩のこと好きなのって、ド直球で訊いてみる

クロニャ

もし、そうだよって言われたら、どうしますか

川越 晴華

困るね、正直……

クロニャ

晴華にゃんは、先輩が好きですかにゃ

クロニャが、ごろごろと喉をならす。

リラックスしながらの直球な質問を、私は脳内で繰り返す。




好きなのかな。

川越 晴華

どうかなあ……

本心だ。どうかなあ、どうなんだろう。

川越 晴華

でも、私はいいんだ。

舞の気持ちが知りたい

クロニャ

私は傷ついてもいい、ですかにゃ。

それって、自己犠牲、ですにゃあ

クロニャが大きな目を開けて、はっきりとそう言った。


私を否定するような口調でも、たしなめる口調でもない。

たんたんと、事実を告げるような口ぶりだ。


私は、微笑む。

きっと、クロニャも、私の返事はわかっているはずだった。

川越 晴華

知ってるよ。でも、それが私

クロニャ

……知ってましたにゃあ。

でも、意見を言える立場になると、少し、心配になりますにゃあ

クロニャが、大きな目をゆっくりと閉じた。

クロニャ

いつも、晴華にゃんは自分を押し込めているってこと、わたしは知っていますからにゃあ

川越 晴華

そうか……クロニャはいつも、側で見てくれていたんだもんね

ありがとう、ごめんね。


私の言葉に、いいんですけどにゃあ、とクロニャは微笑んだ。

次の日、いざ決戦と意気込んで舞に話があることを告げた。

最初は断られたものの、怒っている理由がわかったかもしれないからと言うと、渋々応じてくれた。






放課後、誰もいない教室で、端席に座っている舞と机を挟んで向き合う。

緊張した。

いすにゆっくり座ると、私はえいやと勢いよく言った!

川越 晴華

先輩のこと、好きなの?

言って、覚悟する。

来るぞ、そうなの、とか、肯定の言葉がーー

幸谷 舞

え? 何でそうなっちゃうの?

舞、ぽかん。
猫も、ぽかん。
クロニャも、ぽかん。
私も、ぽかん。

幸谷 舞

な、何でよ!

にゃあ!

クロニャ

そうじゃない、って

舞が怒りをあらわにする。

ええい、私もいい加減頭にきた! 

わかるかあ!

川越 晴華

じゃあ何!

舞が一瞬、ひるんだ表情を見せた。


その表情で、私の怒りの気持ちがすうっと消える。

そうだ、わたしはけんかをしたいわけじゃない。

川越 晴華

ねえ舞、私は舞と仲良しでいたいの、何かしたなら謝るから。

てっきり先輩のこと好きなのかと思ったんだけど……ごめん、私そのくらいしか思いつかないの

幸谷 舞

……バカでしょ

川越 晴華

ううううるさいにゃあー!

クロニャがうつった! 

あわてて口を押さえ、うるさいなあと言い直したが、余計に恥ずかしい。


舞はふん、と鼻で笑った。

表情を見る限り、どうやら少し笑ってしまったのを、隠しているようだ。


待ったら話してくれないかな、と思い黙っていると、舞は視線を落として、観念したように小さく言った。

幸谷 舞

どうして隠すの

川越 晴華

……え、っと

幸谷 舞

先輩とのこと! 

……どうして、隠したのよ

にゃー

クロニャ

やっと言えた、ですって……

そんな、と私は目をまるくした。

川越 晴華

私が先輩と仲良くなったのを隠してたことに、怒ってたの?

舞は落としていた視線を勢いよくあげて、そうよ! と言いはなった。

刺さるように強い視線も、もう、怖くはなかった。

幸谷 舞

と、友達作るの苦手なの、私

視線が、しゅるしゅるとしぼんでいく。

声も、弱々しくなっていく。

私は、うん、と小さな相づちをうつことしかできなかった。

幸谷 舞

晴華みたいにすぐに人と仲良くなれない……だから、一年のときからずっと、明るくて優しい晴華と仲良くできて、すごく幸せなの。

家のことだって話してくれるぐらいの仲でしょ? 

でも、先輩のことはずっと秘密で……わかりやすく、隠しちゃってさ

川越 晴華

……そっか、そうだね

反省、反省、大反省だ。その通りだ。

いくら先輩と私の中に大きな秘密があるからって、全部全部隠すのは、間違っていた。

川越 晴華

ごめんね

幸谷 舞

……あの先輩だし、いろいろあるのかなって考えたけど、やっぱり、傷ついた。

いろんな噂は、いやでも耳に入っているし……二人で並んでるところつけてみたらさ、美術室で仲良さそうに並んでるし……晴華と私、目が合ったのに、やっぱり何も教えてくれないしさ……

川越 晴華

そうだよね、私が、全部悪かった

幸谷 舞

寂しかった……でも、あんな態度しかとれない私が、嫌だった

うつむく舞の頭を、私はぐしゃぐしゃとなでた。

幸谷 舞

ごめん、晴華……ただの嫉妬なの。

ひどいこと、言ってごめんね

川越 晴華

いいの、黙っててごめん

ぎゅっと抱きしめると、すんすんと鼻をすする音が聞こえた。

それでもきっと、強気な舞のことだ、涙はぎゅっと我慢しているに違いない。

川越 晴華

先輩がね、一人でいるのが心配で話しかけたのが最初だったんだ

舞は私の腕の中で、しんと黙っている。

私は彼女の頭をなでながら、話を続ける。

川越 晴華

いい人だよ。

とっつきにくいのかなって心配していたけど、すごく優しくて、穏和な人だよ。

舞のことも、実は相談してたんだ。

大丈夫かなって、心配してた

舞が、友達を作るのが苦手だ、と言っていたのをふと思い出す。


舞にとって、先輩ができるのは嬉しいことだろうか。

わからないけれど、訊いてみる価値はあるように思えた。

川越 晴華

もしよければ、先輩に会ってみる?

えっ、と舞は私から離れて、いいの、と目を見開いた。

川越 晴華

いいよ

幸谷 舞

実は、気になってた

川越 晴華

やっぱり

私達は、同時に頬を緩ませた。



舞が笑ってくれたらな。

と、目の前のことしか考えていない私は、本当に、舞の言う通りバカだと思う。

それこそ、トランプだったらとりあえず強いカードをきっていくような、向こう見ず。

雨音 光

ああ、君が

屋上で、はじめましての挨拶をしたときに、先輩は優しく舞に笑いかけた。


そのとき、私はやっと、そういえば私、先輩のことが気になっていたのに、という重要事項を思い出した。


何やってるの、とでも言いたげに見つめてくるレインから、思わず目をそらす。

川越 晴華

やっちゃった……かもしれない

そんな心配も、ありながら。

まだ私の気持ちは揺らいでいるのに。

幸谷 舞

で、晴華は先輩のこと好きなの?

帰りのバス、舞からの直球に、私は盛大にむせてしまったのだった。

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