妙に納得するその言葉が、わたしの胸にストンとはまる。

 そして、今、こうしてわたしの姿があるのは、仮初(かりそ)めの幻。
 姿を与えてくれた眼の前の少女は、わたしの命を奪うために現れた――優しい、死神。

 納得し、今まで抑えていた不安が、また出ようとした……そんな時だった。

いえ、まだ、生きてます……!

 だけれど、死神だと想った少女は、力強く口を開いた。

えっ……

あなたは、まだ、輝いてます……
だから、そう想わないでください!

 強く、強く、リンはわたしにそう言った。
 メンバーが、弱気なわたしを元気づける時のように、熱のこもった声で。

まだ、輝いている……

 ソロでの輝きは、暗闇に塗りつぶされた。そう、わたしは想っていた。
 けれど、その暗闇を晴らすように、彼女は現れた。
 身体も、心も、リンが側にいてくれたから……わたしは、自分のやりたいことを、この世界でも想い出すことができた。

やっぱり、リンは優しいね

 黒い大海は、わたしの視界と世界を、まだ覆い尽くしている。
 でも、この場に灯るわたしとリンの輝きは――失われたあの日のステージを、つないでくれている気がした。

そう、でしょうか……?

ええ、そうよ。
そう、想ってくれて、嬉しい

 リンに感謝の言葉を言って、わたしは、ふと聞いた。

助けは、くるのかな?

……その、ですね

さっき、なにか言いかけてたよね?

 わたしは、言いよどむリンの様子を見て、言葉を誘った。
 さっきは、答えを聞くのが怖くて、話題を変えてしまったのだけれど。

教えて。
リンの話を、ちゃんと聞きたいから

 わたしは、彼女が隠している想いを、受け止めたいと想った。
 リンは、死神ではなく……友達なんだ。
 だから、彼女の歩いている目的を、知りたい。

……わかりました

 さっきまでよりも低い、落ち着いた声で、リンは頷(うなず)いた。
 ――そして、彼女は旅の目的を、わたしにしっかりと伝えてくれた。

なるほどね

 ショックを受けなかったと言えば、嘘になる。
 わたしのような人間と触れあい、奪うことで――リンは、その姿を保っている。

歩いている、って、そういうことなんだ

ごめんなさい

どうして、謝るの?

アイドルさんの輝きを、奪うことになってしまうからです

 リンの辛そうな顔に対して、わたしは――微笑んだ。

それは、謝ることじゃないよ

 だって、彼女は……わたしに、輝きを灯してくれた。
 そして、とっても大事なことを、想い出させてくれた。

 ――最後に、この子を笑顔にしてあげるのも、アイドルとしてのわたしの役目かもしれないな。

言ったでしょう? ステージは、一人じゃ、成り立たないって

 わたしは、右手を上へと掲げ、すっと背筋を伸ばす。

 ステージ開始のための、合図。
 この動きとともに、闇を切り裂くライトが輝き始める。

わたし一人のステージでも、その周りや、支えてくれている人達が、たくさんいるから……輝くことが、できるんだよ

サヤ……

 ソロでの活動を、みんなに届けることはできなかったけれど。

今、アイドルの輝きを作れるのは――わたしと、リンの、二人だけなの

わたしと、サヤの?

 だからといって、輝くことを止めたアイドルなんて……。
 本当に、死んでしまうだけじゃないの。

だから、お願いよ。リン

はい、なんでしょう?

見ていてくれる。
わたしの、最後のステージを

 わたしの言葉に、リンは少し顔を崩した後。

……はい、もちろんです!

 初めて見た時のような、元気な笑顔で頷(うなず)いてくれた。
 わたしのステージを、笑顔で受け止めてくれるために。

硬くならないでね。
あくまで、楽しんでほしいから

 ――それが、わたしの輝ける、最後の瞬間なんだから。

 歌い、踊り、一人のためにステージを舞う。
 身体から溢れる光は、まるでスポットライトの下のように暖かく灯って、わたしを勇気づけてくれる。

 そのステージのなか、舞った手足から放たれる、光の粒子。
 視界を横切る輝きの欠片は、まるでこの暗闇の世界へ光を撒いているような、そんな錯覚をわたしに感じさせた。

――っ!

 膝が、腕が、喉元が、力を失っていくのを感じる。
 疲れたとか、力が抜けたとか、そういった感覚とは違う。
 根本的に、その部分が無くなってしまってしまっている――そんな、自分が失われていく感覚。

サヤ……!

 不安そうなリンの顔。
 わたしに向けられた心配の顔が、逆に、わたしの胸の内に火をつける。

(……動け、わたしの身体!)

 力を振り絞り、最後の一片になるまで、わたしは力をふりしぼる。
 舞台に立っている以上、わたしは、アイドルでいなければいけない。

 それが、リンのため。
 そして――わたしが望んだ、最後の舞台の姿なんだから。

 意識があるのかないのか、歌っているのかいないのか。
 わたしには、次第にわからなくなっていったけれど。
 瞳の中には、リンの微笑む姿が、ずっと映っていた。

 それを信じて、わたしは、自分が選んだ道を見せ続けた。

 ――しばらくして、声が聞こえた。

リン、感動しました!
なれるなら、サヤみたいに、みんなを輝かせるようになりたいです……!

 わたしは、動かない唇で、リンに答えた。

 ――なれるよ。だってあなたは、もう光を持っているから……。

 ――いつもより、輝きがまぶしいと感じる。
 自分の身をどこか冷めた眼で見つめながら、私はリンに言う。

『かなり強い光だったな』

はい。
とっても、とっても、美しくて……キレイでした

 リンは、彼女が舞っていた付近を見つめながら、ささやかに呟く。
 そこには、誰もいない。
 私が彼女から吸いとった輝きの乱舞、その欠片すら、もう見えることはなかった。
 ――当然だ。一欠片残さず、私が吸いあげてしまったのだから。

『最後まで、輝こうとしていたから、か』

サヤは、アイドルだったから

 リンは、自分の手を撫でながら、言う。

アイドルって、暖かいんですね。
だからサヤも、暖かかったんですね

 彼女の手の温もりを、リンは、想い出しているのだろうか。
 慈しむように、リンは言う。

スーさん、リンはみんなのアイドルさんになりたいわけじゃないけれど……みんなを照らす光は、美しいと想います

『みなの光、か』

 私の言葉に、リンは頷(うなず)く。

はい。
サヤの光、本当は見たい人がいっぱいいたと想います。
サヤも、見せたい人が、いっぱいいたと想うのです

 最後に見せた、彼女の舞いと歌。
 アイドルという存在の記憶がおぼろな私でも、それはとても見事なものに想えた。
 知らず、音も響きも光もないはずなのに、彼女の周囲には、本来あるべきステージの輝きが見えたように想えたくらいだ。

でも、サヤは、リンのために輝いてくれた……

 リンにも、彼女の姿がそう見えたのか、私にはわからない。
 だが、リンの様子から、彼女の舞いに感動しているのは感じられた。

……だからリンは、その光を胸に、また歩きます。
それが、サヤがくれた、光への恩返しだと想うのです

 ならば、彼女がくれた輝きに、我々は答える必要があるのかもしれない。

『止まることなく、歩み続ける、か』

はい!
サヤのように、輝くために!

 『永遠の光』。どこにあるのかも定かでない、しかしリンと私が旅をする目的の場所。
 私達の目指すものが、彼女が作り上げた光のように、この暗闇も照らしてくれればいいのだが。

大丈夫ですよね、スーさん

『ふむ? なにがだい、リン』

心って、こんなにも暖かくなれるんですよ。だから……ありますよね

 リンは、誰かに言い聞かせるように、言った。

だって、そうじゃないと……悲しいじゃないですか

 その言葉は、私へ言ったものか、自分へ言ったものか、消えていった者達に告げたものか。
 私は、できるだけ抑えた響きで、リンの心へ語りかける。

『リンの暖かさは、リンと友達が作り上げた……二人の輝きだと、私は想う』

 リンにとっては、この暗闇の中で、初めて友達と呼んでくれた相手。
 彼女のステージをリンが支え、そして、リンの心を彼女が灯してくれたのだ。
 私の言葉に、リンは頷(うなず)いて、足を踏み出す。

行きましょう、スーさん

『ああ、行こう』

 足を踏み出したリンは、だが、少し歩を進めて。
 ふっと、足を止めて、後ろを振り返る。
 さきほどまで、サヤとリンが作り上げていた、二人だけのステージを。
 もちろん、視線の先に広がる暗闇は、もう何の輝きも残してはいなかった。

 ――だが、私と、おそらくリンの瞳にも、それはしっかりと焼き付いている。
 明るい心で、みんなの笑顔を願う、輝く少女の残光が。

一緒に、出会いましょうね。
サヤ……

 リンは私へ――私の放つ光へ向かって、ささやくような声で呟く。

『永遠の光』の下、あなたと作る……ステージで

 それは、なにかに祈るような、願いのようなものが感じられた。
 私は何も言わず、ただ、リンが歩み出すための光を静かに輝かせた。

あるアイドルの輝き・05(終)

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