その日の興行が終わり、
私たちは宿の近くにある食堂で
夕食をとっていた。


席に着いていないのは座長とアーシャの2人。
アーシャは食事の時、
いつも部屋に1人でいるから
特に珍しいことじゃない。

――でも座長は違う。
いつも真っ先に食堂に来て、
大好きなお酒を浴びるように呑んでいるのが
普通なのだ。


アルベルトの話だと、
お世話になっている商人ギルドの
ギルド長さんから呼び出されて、
夕方からギルドへ行っているらしい。
 
 

ミリア

座長、戻って来ないね……。

アルベルト

大丈夫さ。
相手は知らない人間じゃないし、
カネを持ってそうでもないから
襲われるってこともないだろう。

アラン

そうそうっ!
誰かに恨みを買うような
人でもないしっ!

ミリア

そうだけどさ……。

 
アルベルトもアランもお気楽すぎだよ。

いくら安心だと思っても、
世の中には万が一ってこともあるんだから。

座長だってそこそこの年齢なんだし、
なかなか戻ってこなかったら
心配するのが当然でしょうが。


……それとも私が気にしすぎなのかなぁ?
 
 

アラン

ミリア、食べないなら
オイラがもらうぞ?

ミリア

えっ?

 
考え込んでいたら、
アランが私のお皿にあったソーセージに
フォークを刺して奪っていった。


あぁーっ!
最後に食べようと思って、
楽しみにとっておいたのにぃっ!
 
 

からっぽ……

ミリア

こらっ、アラン!
返しなさいっ!

アラン

もうもらっちゃったもーん!

 
腕を掴もうとする私の手を
アランは素速い身のこなしでかわした。

私が右に動かせばアランは左へ、
左に動かせば右へ。
紙一重でかわすから、掴めそうで掴めない。

それが私のイライラを増幅させる!
 
 

ミリア

私はあげるなんて
言ってないからねっ?

アラン

……太ってもいいのか?

 
ジト目でボソッと言い放つアラン。

魔法とは違う種類の、
ある意味『力ある言葉』を聞いて
私は反射的に動きを止めてしまった。


でもそれも一瞬のこと。
すぐに冷静さを取り戻して動きを再開させる。
 
 

ミリア

誤魔化されないからねっ!
私、そんなに食べてないもん!

アラン

チッ……。

 
アランは舌打ちをすると、
私と少し距離を取って対峙した。

徹底抗戦の構えで、
私にソーセージを返す気はないようだ。


――さすがに私も我慢の限界かも。
 
 

ミリア

アラン、早く返しなさ~い。
お姉ちゃん、本気で怒るわよ~?

アラン

なーにがお姉ちゃんだ。
オイラよりガキっぽいくせに。

 
ホントに生意気な子なんだからぁ~!
私より3歳も年下のくせにぃ~!!!


――そっちがその気なら、
私にも考えがあるんだかんねっ!
 
 

ミリア

……ア・ラ・ン?
これが最後の警告よ。
か・え・し・な・さ・い!

アラン

あっかんべー!
誰が返すもんかー!

ミリア

…………。

ミリア

……う……うぅ……。
ぐすっ……すんっ……。

アラン

っ!? おい、ミリア?

 
私が鼻を啜りながら指で目を擦っていると、
アランは戸惑ったような声を上げた。

そして顔を真っ青にして呆然としている。
 
 

アラン

まさか泣いてるのかっ?
い、いや、騙されないぞっ!
どうせ嘘泣きなんだろっ?

ミリア

……すんっ……ううぅ……。

アラン

な、泣くことはないだろっ!
返すよっ! だから泣くなよっ!
オイラが悪かったよっ!

 
アランの声には焦りが混じっていた。

眉を曇らせて、すっかり狼狽えている。
 
 

ミリア

……っ……ぅ……。

アラン

ほら、返したぞ!
だから泣くのは――

 
アランが私のすぐ横にまで来て、
お皿の上にソーセージを戻した。

――その一瞬の隙を私は見逃さないっ!


すかさずアランの後ろに回り込み、
両腕で彼の頭を締め上げた。

捕まえたかんねぇ~っ!
 
 

アラン

うがっ!

ミリア

悪い子にはお仕置きだっ!

アラン

ち、ちきしょ、
やっぱり嘘泣きだったのかっ!
騙しやがって! 離せっ、バカっ!

ミリア

うりゃああああぁっ!

 
腕に思いっきり力を入れ、
アランの頭を締め上げた。

手足をばたつかせて暴れるけど、
そんな程度で私の拘束は解けないんだから。
まだまだ力の強さじゃ負けないもん。



――とはいえ、あと何年かしたら
きっと勝てなくなっちゃうんだろうなぁ。

つまりこんな風に戯れられるのもあと少し。
そう思うと少し寂しいかも……。
 
 

アラン

痛ててててぇっ! やめっ!
あがぁあああぁっ!

アルベルト

……お前ら、
ホントにいつも騒がしいな。

ミリア

だってアランが悪いんだも~ん!

アルベルト

そろそろ許してやれ。
頭を締め付けすぎて、
これ以上、
コイツがバカになったら困るだろ。

アラン

テメェ、アルベルト!
どさくさに紛れて
オイラの悪口を言うなっ!

ミリア

はい、暴れないでね~♪

 
私はニタニタしながら再び腕に力を入れた。

するとアランは目を白黒させ、
暴れるのを止める。
 
 

アラン

いだだだだぁっ!

ミリア

ふふふ、
これくらいで勘弁してあげますか。

 
気が済んだ私はアランを解放してあげた。

あんまり痛い思いをさせ続けるのも
可哀想だしね。


するとアランは頭を手でさすりながら、
恨めしそうな目でこちらを睨んでくる。
 
 

アラン

てててて……。
少しは力を加減しろよな……。

ミリア

それじゃ
お仕置きにならないでしょ?

アラン

限度ってものがあるだろ!

アルベルト

でもお前、内心は嬉しいんだろ?

アラン

なっ!?

アルベルト

ミリアに構って
ほしかったんじゃねーの?

ミリア

あ、そうなの?
なんだ、
そういうことだったのかぁ!

アラン

バババ、バカ野郎っ!
ンなわけがあるかよっ!

 
アランは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
そしてアルベルトを睨み付けている。

一方、アルベルトは全く動じていないみたい。
 
 

アルベルト

じゃ、お前、マゾなのか?
そうか、そうだったのか。
虐められて嬉しいなんて、
ほかに理由が考えられないもんな!

アラン

ちが~うっ!

ミリア

あはははっ!

ルドルフ

――おぅ、相変わらず賑やかだな。

 
その時、私たちのいるテーブルに
座長がやってきた。

満面に笑みを浮かべ、
いつも以上に機嫌良さそうな感じがする。

何かいいことでもあったのかな? 
 
 

ミリア

あ、座長!
ようやく戻ってきたんですね。

ルドルフ

まぁな。

ルドルフ

おい、ウエイトレスのねぇちゃん!
麦酒を大ジョッキで頼まぁ!

アクア

はーいっ!

 
座長の大声に、
フロアで動き回っていたウエイトレスさんが
にこやかに反応した。

食堂はかなり騒がしいのに、
それでもハッキリと注文が伝わるのだから
声を出す座長も聞き取るウエイトレスさんも
さすがだと思う。
 
 

ルドルフ

おい、お前ら、喜べっ!
でッけぇ仕事が入ったぞ!

 
座長は席へ座るなり、
私たちに向かって興奮気味にそう告げた。

大きな仕事ってなんなのかな?
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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