なんだろう……この苦しさは……。
図星……だから……?

まるで冷水を頭からかけられたかのように、
浮かれていた気分が瞬時に覚めた。
 
 

フロスト

あれ? キミ、自覚なかったの?
まさかそんなはずはないよね?
演奏している本人なら
誰よりも分かってるはずだよね?

ミリア

…………。

 
なんて失礼なヤツだろう。
初対面でそんなことを言うなんて。


……でも、コイツの言っていることは
きっと正しい。


私は独学で演奏を学んで、
試行錯誤をして今に至っている。
プロの楽師様に演奏を習ったことはないし、
聴く機会だってなかった。

きれいな格好しているということは、
コイツはそこそこ裕福な家の人間なのだろう。
つまりプロの楽師様の演奏を
聴いたことがあって、
その上での意見なのだ。


悔しいけど、何も言い返せない……。


私は黙ったまま彼を睨み付けていた。
 
 

フロスト

ハッキリ言って、
キミの演奏が人形劇全体のレベルを
押し下げている。

ミリア

っ!

フロスト

あっ、ゴメンね。
これはあくまでも僕の感想だから。
腹を立てて無視をしたければ
そうしてもいいよ。

ミリア

……いいえ、
きっとそうなのでしょう。
私は楽師様に教えを受けたことは
一度もありませんから。
私のような庶民には聴く機会だって
ありませんでしたし。

ミリア

だから今後もずっと
私なりに精進を続けていきます。

フロスト

……へぇ。

 
彼は怪しく頬を緩めながら、
小さく声を漏らした。

そして興味深げに私を見やる。
 
 

フロスト

意外だな。
もう少し怒るのかと思ったのに。

ミリア

えぇ、怒ってますよッ!
頬を思いっきり
叩いてやりたい気分です。

ミリア

……でももっと努力して
いい演奏をするためにも、
この手に無駄な負担を
掛けるわけにはいきませんから。

ミリア

そして演奏でいつかあなたを
ギャフンと言わせてみせますッ!

フロスト

…………。

 
私の宣戦布告に対し、
彼はポカンとしたまま佇んでいた。

ただ、それから程なく『プッ!』と
小さく吹き出して腹を抱える。
 
 

フロスト

あはははっ! キミ、面白いねっ!
いいよ、その日が来るのを
楽しみにしているよ。

フロスト

僕はフロスト。キミの名前は?

ミリア

……ミリア。

フロスト

そうか、ミリアか。
その名前と顔、よく覚えておく。

ミリア

えぇ、私も!
この屈辱、絶対に忘れないから!

 
私は敵意の眼差しをフロストに向けた。

でも彼は依然としてクスクスと笑っている。
 
なんか私のことなんて
意にも介していないようで、イライラするッ!
 
 

フロスト

――ほらよ。

ミリア

わわっ!

 
突然、フロストが指先から何かを
弾き飛ばした。
 
私はそれをつい反射的に受け取ってしまう。
 
 

 
手を広げてみてみると、
そこにあったのは10ルバー銅貨。
 
ずっと握っていたのか、ほんのりと温かい。
 
 

フロスト

それは今回の
キミの演奏に対する心付けだ。
それでこいつが――

 
そう言うと、
彼は再び何かをこちらに向かって放り投げた。
その何かは空中で
太陽の光を反射して強くきらめく。


受け取ってみて私は目を疑った。
なぜならそれは1000ルバー金貨だったからだ。
 
 
 

 
 
 

ミリア

金貨っ!?

フロスト

その金貨が人形劇に対する心付け。

ミリア

ちょっ、こんな大金をっ?

 
町での興行で金貨をくれるお客さんは
滅多にいない。
――というか、私は初めて見た。

座長の話だとそういう人もいるって
聞いたことはあったけど……。
 
 

フロスト

それが僕の評価だ。
むしろ安いくらいだと思っている。

ミリア

安いって、そんな……。

フロスト

そうそう、
それと言い忘れていたが――

ミリア

ん?

フロスト

ミリアの演奏は演奏家全体で見ると
まだまだだが、
独学にしてはレベルが高いと思う。

ミリア

……えっ?

フロスト

それに音に温かみがあって、
しかも劇と一体になっていた。
その点は素晴らしかった。

 
フロストは穏やかな瞳で私を見つめていた。

春風のような優しい笑顔。

こうしてじっくりと見てみると、
目鼻立ちは整っていて意外にカッコイイかも。
 
 
 

ミリア

なななななっ、
何を考えているのっ、私っ!

 
変に意識したせいか、
どんどん胸の鼓動が高まってくる。

そして彼と目が合った瞬間、
全身の血液が沸騰したように熱くなる。


――なんなの、この気持ちはっ!?
 
 

フロスト

きちんと楽師から演奏を学べば、
宮廷楽師になれるかもしれない。

フロスト

それだけミリアには素質を感じた。
僕を睨み付けるくらいの負けん気と
向上心はあるみたいだから、
今後が楽しみだ。

ミリア

んなっ!

フロスト

あははははっ!
じゃ、また会おうなっ♪

 
戸惑う私を尻目に、
フロストは広場から駆け足で去っていった。

私のことをけなしたと思ったら褒めて、
最後はまたからかうようなことを言って。


――なんなの、アイツはっ?


ムカツクような嬉しいような、
もう頭の中がぐちゃぐちゃ!



でもなぜかすごく気になる……。
 
 

ミリア

あ~、もうっ!
バカーっ!

アルベルト

ミリア、どうした?

ミリア

……え?

 
気がつくと、
すぐ隣にはアルベルトが立っていた。
その傍らには彼の助手のアーシャの姿もある。

人形たちを持っているところを見ると、
2人はまだ片付けの途中のようだ。
 
 

アルベルト

急に叫んだりして、
何かあったのか?

アーシャ

ビックリしました……。

ミリア

あっ!
えっと、なんでもないのっ!
あはははははっ!

ミリア

さぁ、片付け片付けぇ!

 
私は誤魔化すために、
慌ててアコーディオンの手入れを始めた。
そのまま何事もなかったかのように振る舞う。

フロストのことは絶対に話したくない。

だってアルベルトは絶対にからかうもん。
 
 

アルベルト

っ?

アーシャ

……変なミリアさん。

 
2人は首を傾げつつも、
その場から去っていった。

フロストについてバレるという、
最大の危機はなんとか脱したようだ。




――金貨はあとでこっそりと座長へ渡そう。
 
 

 
 
 
次回へ続く……。
 

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