カルス

――下。陛下。

 まどろみの中、自分を呼ぶ声がする。
 閉じていた目を開き、意識が一気に覚醒するのを感じた。どうやら今の今まで転寝をしていたらしい。

フラウス

……ッ! カルス、か?

 未だ朦朧とする頭を支える様に玉座に背を預ける。
 随分と長く眠っていたのか、それともほんの一時の間だったのか。自分でもよくわからない。

カルス

何か考え事でも?

フラウス

いや、何でもない。

 今のは白昼夢だったのだろうか。
 いずれにせよ、一国を統べる者としては余り好まれた物ではないな。
 気を引き締めなければ。こうしている間にも“奴等”は……

フラウス

“奴隷都市”の動向はどうなっている?

カルス

ミディアからの報告によると、依然として目立った動きは見せていないとの事です。
ニルヴェリア王国も現状維持のまま静観の姿勢を取っているものと思われます。

 半年前と同じ、か。
 あれだけ頻発していた奴隷狩りも、一年前に我が国で起きた物を最後に現在は収拾している様だが……
 だが、決して油断は出来ない。動きを見せていないとは言え、アレは今なお確かに存在しているのだから。

カルス

やはり疲れているのでは?

フラウス

そう見えるか?

カルス

貴方は存外、顔に出やすい。

 相変わらず手厳しい奴だ。だが、その言葉の通りだろう。俺もまだまだ未熟と言う事だろうか。
 国を背負う者がこんな体たらくでは全体の士気に関わる。動揺を覚られてはいけない。

フラウス

国の為に、民の為に。そして……

 救いを待つ者達の為にも。

ほうほう。その年齢で王の玉座に構えるか。
しばらく見ない間に、この世界も随分と様変わりしたものよの。

フラウス

――!?

カルス

何者だっ!?

 どうやら、俺の空耳ではないらしい。
 確かに聞こえた。若い娘の声が。

これこれ。そう殺気立つものではないぞ、若いの。
ワシはただ、お主と話がしたいだけ。やましい事など何もないぞ。

 娘の声は、まるで子供をあやす様な口調で言葉を紡ぐ。
 敵意は感じられないが、姿が無い故か逆に不気味だ。警戒はするに越した事は無いだろう。

ワシは故あって“自らの意思”で具現する事が出来ぬのでな。
お主達が願えば話は別だが、さてどうする?

カルス

随分と手前勝手な言い分だな。

仕方なかろう。ヘタに騒ぎ立てるのはワシとて本意ではない。それはお主達とて同じであろう?
だが、何度も言うがワシはお主達と話がしたいだけ。危害を加えるつもりは毛頭ないわ。

カルス

その言葉を信じろと?

フラウス

よせ、カルス。
いいだろう。お前の言う話とやらをしようではないか、娘。

 少なからず興味を抱いた俺は、虚空を見上げて姿無き娘に答える。

カルス

陛下!? 得体の知れない者の相手などするべきでは――

カッカッカ。中々に話がわかるな、若いの。
無愛想なのは顔だけか。いやはや、どちらにせよ展開が早いのは良い事だの。
何、決して損はさせんよ。お主達とて、あの“奴隷都市”を野放しにするつもりはなかろう?

フラウス

っ! 奴隷都市だと……!?

 どう言う事だ。この娘は何かを知っているのだろうか。

驚く事はないでの。ワシは以前よりあの街に目をつけておったからの。

フラウス

目をつけていた……?

お主達、あの街を陥落させんと色々と画策しておる様だが……結論から言えば、人間の力でアレをどうにかするのは無理な話よ。
お主達とて気づいておろう。あそこは人間の理から逸脱した“絶対領域”ての。生半可な力では抗う事すら敵わぬ。

フラウス

……っ!

 娘の言葉に反応する様に俺はその場に立ち上がる。虚空を見上げ、どこかにいるであろう目的の人物を睨み付ける。

フラウス

ならば、お前は諦めろと言うのか?

 現状を受け入れろと、そう主張するのか。

フラウス

あの奴隷都市が普通では無い事は、この世界に住まう全ての人間が認識している。
だからと言って、奴等の支配を許して良いハズがないだろう! 奴隷狩りによって多くの生命が失われ、未だ世界は混迷の只中にある。その様な事を、どうして享受などできようか!

 虚空を見上げたまま、俺は叫ぶ様に言った。
 ――程なくして返ってきたのは、娘の陽気な笑い声だった。

そう熱くなるでないわ。やはり、お主はまだ若いの。一国の主たる者、常に冷静さを失わず視野を広く持て。
大局を見失えば、滅ぶのはお主だけに留まらんぞ。

フラウス

……

それに、ワシはただの一言も“諦めろ”とは言っておらん。寧ろ、その逆での。諦めてもらっては困るのだよ、若いの。
奴隷都市の存在を捨てておけんのは、何もお主達人間にだけに限った話ではないのでな。

フラウス

何……?

そこで、だ。一つワシから“提案”がある。
若いの、このワシと“契約”を結ぶつもりはないかの?
前にも言ったが、ワシは故あって現世に具現する事が許されぬ身でな。お主の様な強い力を持つ人間との契約が成されて初めて、ワシは彼の地に降り立つ事が出来る。
ワシはあの街に行かねばならぬ。そして、お主達もあの街を落とそうとしている。
お互い、目的は違えど目指す場所は同じ。悪い話ではないと思うがの。

フラウス

……

 口調こそ間延びしているが、嘘は言っていない。そして、言葉の端々から感じ取れる“強き力”
 薄々は勘付いていた。おそらく、隣にいるカルスも同じだろう。確かに得体の知れない相手ではあるが、その言動は信用に値する何かを感じさせた。
 

フラウス

……カルス。一つ面倒をかけてしまう事になってしまうが。

カルス

皆まで言わなくとも、貴方との付き合いは長いですから。

フラウス

すまぬな。

 それだけ言い、俺は改めて虚空を見上げる。

フラウス

いいだろう。お前の言う提案、俺が聞き入れよう。

おぉっ! そうこなくてはなっ!
では、ワシと契約を交わすのはお主で良いか、若いの。

フラウス

あぁ、それで良い。
それと、俺の名はフラウスと言う。若いのと呼ぶのはやめてくれ。

ほうほう、フラウスと言うのか。良い名ではないか。では、ワシも同様に名乗るとしよう。礼儀に反するからの。
だが、その前に契約だの。フラウスよ、右腕を天高く掲げるが良い。

 カルスが隣で見守る傍ら、俺は言われるがまま右腕を真上に掲げる。

 
 バチバチッ!
 

フラウス

痛――!?

 右手に鋭い痛みが走る。電流が流れる様な感覚だった。

よろしい。これで契約は完了だ。これより先、ワシはお主の味方よ。力が必要な時は何なりと申し付けるが良い。
おっと。その前にワシの名前であったな。

 
 ズズズズッ……
 

 その時、床の一部に“闇”が広がる。
 重低音を響かせ、それは次第に円を描いていく。

カルス

これは……魔法陣?

 やはり、ただの娘ではなかったか。今更驚く事はしないが、しかし一体何者なのだろうか。

 
 バシュンッ!
 

 瞬間、円を描いた闇が弾け――現れたのは、独特な黒の衣装を身に纏った、若い娘の姿が一つ。
 年恰好は俺の弟と近い感じがする。 

エレクトラ

カッカッカ。さすがは一国の主よの。ここは謁見の間と見受けるぞ。
久しぶりの現世、存分に堪能させてもらうでの

 やはり、今まで俺達に語りかけていたのはこの娘で違い無いだろう。

エレクトラ

ほっほー。お主達、声色に違わず良い面構えしてるのォ。
契約主になったのは――黒い衣の、お主がフラウスか。

フラウス

あぁ。

俺の存在を確認した娘は、ニヤリと不適に口元を緩め、両腕を組んで口を開いた。

エレクトラ

ワシの名は“タナトス”だ。人間界ではエレクトラと名乗っておる。

フラウス

――タナトス、だと?

カルス

なっ、まさか……本物の死神なのかっ!?

 闇よりも深き底――深淵を統べる闇の王。タナトス=エレクトラ。

 この娘が、そうだと言うのか?

 

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