ある言葉を聞くと死ぬ。
そんな噂。
その言葉を聞いた人間は、三人以上にその言葉を伝えなければその月の内に死ぬという。

怪事件対策本部は、もともと上層部を押し切り、現場の判断で結成されたものだった。それにつけ、目立った成果も無く、ライブ襲撃事件で大きな失態を犯したことで、本部は警察内で微妙な立場に置かれていた。

須森 省吾

話がある

谷川 信也

お前は……

薄暗く閉め切られた会議室の闇に、黒いコートを着て面を付けた男が浮かんでいた。
 周囲の警官が銃を抜くのを手で制し、信也は男に向き直った。

谷川 信也

何の用だ?

須森 省吾

例の噂だ。……用心しろ

谷川 信也

実害は出ていないぞ

須森 省吾

だが既に形を持っている。人為的だ。情報の巡りが速すぎる

谷川 信也

何者かが仕組んだことだと? 

須森 省吾

……私はそいつを追う。状況を収拾しろ。先手を打て。後手に回るな

谷川 信也

何を勝手に……

言い終わる前に、男は消えていた。

嫌になる。
降りしきる雨がまとわりつく。
この街は余りに薄暗い。
 噂はSNSを通して爆発的に広まっている。範囲はおおよそ街中すべてと考えてもいいだろう。知られてはならないという性質上、呼びかけて止めるわけにもいかない。早急に発信源を仕留めるしかない。
 SNSを辿った結果、この噂が発生する直前に、深夜に謎のラジオが発信されるという噂が見つかった。
 おそらくはそれが発生源だろう。
 この街でラジオを発信できる施設は三つ、一つは現在運営されていない廃墟ビルだ。
 廃ビルを隣のビルの屋上から俯瞰する。
 考えは同じだったらしく、警官隊とあの男がビルの前に陣取って突入の用意をしていた。
 ……話を聞かない奴らだ。
 廃ビルの上に飛び移る。ビルの中へ続くドアを蹴破り、階段を駆け下りる。

須森 省吾

……!

 ビルの中には、大量の死体が転がっていた。
 それが一斉に起き上がり、省吾を見据える。
 階下からの銃声が、警官隊の突入を知らせる。

谷川 信也

くそっ……

 きりがない。
 古谷信也は呻いた。

先に行け! 

 背後の警官の声を受け、信也は加速しながら階段に向かった。

須森 省吾

……遅かったな

谷川 信也

公務員はお前ほど身軽じゃないのさ

 五階建てビルの三階、ちょうど真ん中に位置する部屋の前で、信也は扉に手をかける省吾を見つけた。
 省吾は信也を一瞥すると、扉を開いた。
 そのまま中に転がり込み、中に居た数体の死体を斬り伏せる。
 そのまま真ん中にいた黒い影に刀を向けるが、斬りかかる前に信也がそれを斬り払った。
 黒い影は音もなく崩れ、消えた。

須森 省吾

……

谷川 信也

嫌にあっけないな

信也が振り向くと、そこにはもう誰も居なかった。

街の中心部は、雨避けの大きなドームで覆われている。
 その上、本来ならばありえないはずの場所に、二つの人影があった。

あらあら……早かったですね。褒めてあげましょうか? 

 拳銃を持った少女は、突然現れたコートと面の男に静かに照準を合わせる。
 少女の問いに答えることなく、省吾は刀を構えて斬りかかった。
 少女は笑顔を崩さずに刀を拳銃で受けて払いのけ、いつの間にか左手にも出現した銃で反撃する。

結構念入りに作ったんですけどね、囮だってバレバレでした?

須森 省吾

……全ての死体に銃痕があった。あの死体全てがお前の仕業か?

銃弾を撒きながら距離をとる少女に、省吾がそれを斬り伏せながら尋ねる。

……だったら?

 少女が不意に左手をポケットに入れた。
 その瞬間に少女の真下の影から省吾の左手が伸び、ナイフで少女の左手を切断した。

あう……

 少女の左手はドームの上を滑り、省吾はそれを踏みつけて止めた。
 ピクピクと動くその手のひらには、小さなスイッチのようなものが握られている。

須森 省吾

銃を捨てろ。お前の負けだ

……そんなことまで出来るんですね

 少女の動きは、意図的に視線をそらすように動いていた。少女と反対に目をやると、小さな箱のようなものが置いてあり、箱から無数のコードが覗いていた。
 他にも、ドームの基幹部分に七つ。
 小型爆弾。
 おそらく、全て起爆すればさして頑丈でないこのドームの天井くらいなら崩落させられるだろう。

あはは……あなた本当に英雄にでもなるつもりですか? 

須森 省吾

何?

人間は、何かにすがりたがります。あなたみたいなひねくれ者以外は……

 少女は、残った右手で省吾を撃ちながら語り続ける。

だからいつの時代にも偶像は生まれる。人の良心と罪の受け皿として。だけど、偶像そのものの意味など誰も考えない。良心も何もない、ただ偶像を盲目的に追うだけ

須森 省吾

だから偶像を全て壊そうと? お前はただイカれてるだけだ。良心への信仰こそ偶像の本質だ。規範への信仰こそが

雨は降りしきる。粘ついて二人を包む。

難しい事言わない方がいいですよ? あなたはそんな高尚な人間じゃない……

省吾は少しずつ距離を詰める。

あなたはなーんにも信じてないじゃないですか。ただ頭空っぽで戦ってるだけ。貰った玩具で遊んでいるだけ

省吾は少女の右手を刀の柄で弾いて銃をはたき落とし、胸ぐらをつかんで持ち上げた。

須森 省吾

私は人の良心を信じている

あはははははははは。どんなに頑張っても――あなたは薄っぺらです

足元、ドームの下の街から突然悲鳴が上がった。

須森 省吾

何……

わたしの銃は、増やせば増やすほど一人当たりへの干渉力が落ちるんですよ。街中に無造作にばら撒けばほとんど機能しない

須森 省吾

何をした! 

だから種明かししてるじゃないですかあ……♥ 薄めて薄めて薄めた悪意でも、積もった感情をトリガーさせるくらいはできます

須森 省吾

……

あなたは無意味に死にたくないだけでしょう? 何の信念も野心も無い

省吾は少女を締め上げる。

須森 省吾

銃の能力を解除しろ

わたしは人の悪意を示しました。だから……あなたは、人の良心とやらを示してみては? 

 少女は、右手の袖に隠し持っていた銃を取り出すと、自らの頭に向けて引き金を引いた。

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