放課後、時間は午後六時を回ってはいないが、雨の降る街は薄暗かった。
教師に机を空き教室から倉庫に移しておくよう言われた日直の省吾は、同じく日直だったクラスメイトの中山周人と机を運んでいた。学年初めの恒例行事のようなもので、たまたま日直だった運の悪い生徒が駆り出されるのだ。
省吾と周人は別段仲良くも無かったが、周人は誰とでも打ち解ける人間で、悪く言えばなれなれしくもあった。
須森はさ、例のヒーローってどう思う?
ヒーロー?
テレビ見てない? ライブ会場に出た二人のヒーロー
ああ……。何が楽しくてあんな事やってるんだろうな?
放課後、時間は午後六時を回ってはいないが、雨の降る街は薄暗かった。
教師に机を空き教室から倉庫に移しておくよう言われた日直の省吾は、同じく日直だったクラスメイトの中山周人と机を運んでいた。学年初めの恒例行事のようなもので、たまたま日直だった運の悪い生徒が駆り出されるのだ。
省吾と周人は別段仲良くも無かったが、周人は誰とでも打ち解ける人間で、悪く言えばなれなれしくもあった。
そうかな。俺はなかなかカッコいいと思うけど
どうして?
他人の為に命張るなんて、なかなかできないぜ
あいつらは他人の為になんて思ってないよ
周人は一瞬不思議そうな顔をして、
なら何のために戦ってる?
無意味に死にたくないのさ。自分が生きていた意味を手っ取り早く残したくて、他人を助けて押し付けてるんだ
……俺はそうは思わないけど
周人はそう言って、省吾の方を見た。
きっとああいう奴らはさ、自分を捨てて戦えるんだよ。正義のためっていうか、自分の信じるものの為にさ
……それは見る側の問題かな。自分の中のヒーロー像がダブるんだよ、ああいう偶像を見せられると
……昔なりたかったんだよ、ヒーローにさ。ずっと憧れてたんだ。感じ方の問題なら、俺の方が夢があるだろ
そうだな。……でも、きっと――
僕の方が正しいよ。
雨は容赦なく打ち付けて、体を重苦しく濡らす。
迷路のようにのたくった路地裏で、コートを着て面を付けた省吾は一人の男を見下ろしていた。
男は苦痛に悶え何かを訴えるように怒声を発しながら地面を這っていた。
……死にはしないだろう。何者かに銃撃された跡は見て取れたが、全て急所は外れている。
見たところ、街のチンピラ連中の一人のようだった。
省吾は倒れている男の肩を掴んで引き起こし、逃げられないように壁際に追いやった。
何があった?
た、助けてくれ……病院に……
答えろ。何があった
カツアゲしてたら、ガキに撃たれたんだよ! と、突然銃を出してきて…
どんな奴だった
制服をきてた……高校の……、そうだ、財布がある! 多分名前くらい……
男が震える手で、雨に濡れた学生向けの財布をポケットから取り出す。中には、千円札が数枚と学生証が入っていた。
……中山、周人
市街地から外れた高架下の河川敷で、周人は何をするでもなく座っていた。午後十時過ぎ、人通りは絶無と言っていい。
一昨日の夜が忘れられずにいた。
勝ち誇った不良の顔が恐怖に歪む瞬間を、引き金を引く瞬間の高揚感と緊張感を。
ヒーローになりたいのか?
!
周人が驚いて振り返ると、そこにはコートを着て面を被った男が立っていた。暗闇と影に漆黒のコートが溶け、その異様な存在を希薄に見せていた。
一昨日の夜、街のごろつきを撃ったな
……! あれは……
正当防衛か?
……
銃を渡せ。あれは危険だ
……あれは、捨てたよ
捨てた?
ああ。……怖くなってさ。人撃ったら
どこに?
そこの川にだよ。橋の上から……昨日捨てた
……
周人が川の方を一瞥し、再び視線を戻すと、そこにはもう誰も居なかった。
自分は正しい。
何を恥じる。
これは正義だ――ヒーローと同じように。
路地裏で少女を囲んでいた若い男たちを見つけた時、周人はそう思った。
銃を抜く。
引き金に指をかける。
男たちはまだ、こっちに気付いていない。
逡巡。
躊躇。
引き金を握る指が震える。
助けて
少女が言った。
そんな気がした。
銃を手前の男の頭に向けて、引き金を引いた。
やめろっ!
!
どこから出て来たのか、須森省吾が周人を突き飛ばした。
銃弾の狙いは大きくズレ、男たちの間を銃声を残して抜けた。
あの娘を……助けないと……
不良たちが慌てて逃げだす。
省吾はあたりを見回したが、少女の姿は無かった。
中山落ち着け! 僕を見ろ!
俺は……
中山!
周人は、省吾を振り払って不良の後を追って駆けだした。
くそっ……
省吾は持ち歩いていた鞄からコートを取出し羽織ると、刀を抜いて周人の後を追った。
路地裏をまっすぐに駆けるのは至難である。
時計はとうに十二時を回っている。人目を気にする必要はない。
省吾は壁面のパイプを蹴って、ビルの上に駆け上った。そのまま、周人の走っていった方向のビルへ飛び移る。
先回りして、周人の正面に降り立つ。
銃を渡せ
邪魔をするなぁっ!
周人は省吾に向けて引き金を引いた。
省吾は刀でそれを斬りはらう。
しかし、続けざまの二発目は省吾の脇腹を射抜いた。
くっ……
省吾がひるんだ隙をついて、周人は不良の後を追った。
ぐ……
油断した。
嫌な汗が額を嘗める。
傷自体はたいしたことは無い。無論、刀の加護が無ければ危険なレベルではあったが、今の省吾ならば致命傷にはなりえない。
刀を杖代わりに立ち上がり、周人の後を追う。
止める。
まだ引き返せる。
路地裏に、死体が三つあった。
それを見下ろすように、学生が一人立っていた。
死体には銃痕。
学生の手には拳銃。
辺り一帯は血に濡れ、雨がそれを溶かしかき混ぜていた。
……
周人が、無言で省吾の方を見た。
いや。
彼が見ているのは省吾ではなく、面を被った偶像だ。
ヒーローの偶像。
……もう戻れない
省吾は刀を構えた。
周人が省吾に向けて引き金を引く。省吾は無数の弾丸を難なく切り伏せ、周人に斬りかかった。周人は咄嗟に拳銃で受け止めたが、省吾は追い打ちで周人を蹴り飛ばした。
周人の体は勢いよく転がり、業務用の大きなゴミ箱に突っ込んだ。
吐瀉物を撒き散らしながら周人は数発の銃撃を加えたが、省吾は全て避けもせず斬り伏せた。
あんただって私刑人だろ……なんで俺を裁く
お前が私の法に触れたからだ
お前と俺の何が違う! あんたに……何が分かる……
お前と議論をするつもりはない
頭に向けた銃撃を潜り抜け、右手首ごと銃を跳ね飛ばした。
あああああ……
周人は、這いつくばって泥まみれになりながら銃に手を伸ばした。
省吾は周人を一瞥して、首をはねた。
銃は砂になって、雨に溶け、消えた。