省吾がコートを着る十年前――十年前の、神隠しの話。
 雨の止まない街では、失踪事件が相次いでいた。俗に『神隠し』と呼ばれたそれは、子供を中心に被害を拡大し、一年余りで数十人が失踪した。
 街を歩く子供の姿は消え、じめじめとした暗い街はより一層鬱々とした雰囲気を帯び始めていた。
 一組の夫婦が、息子一人を残して死んだ。
 事故死だった。
 暴走車にはねられて即死した。
 残された少年は、子供の消える街で、神隠しの中心だという場所に乗り込んだ。
 ××神社。
 閉鎖された神の社。
 この街で唯一、雨が降らなかった場所。


 少年は蛇に会った。
 そして、それを総べる少女に会った。
 ――神様?
 少年は尋ねた。
 少女は、優しく微笑んで、刀の柄――それは、その寂れた神社の御神体だったのだろうが――を授けた。
 お守りです。
 少年は心の拠り所を探していて、自分とほとんど歳の変わらないように見えるその少女に、それを見出した。
 その間、少年にとって彼女は全てであり、少女もまた少年を愛でた。
 神愛という言葉では括れない愛。
 没落神の恋愛。

 ある日、少年は、目の前を歩いていた人間が虚空に引きずり込まれるのを目撃する。
 虚無から伸びるその腕は、少年にも向かい、少年は刀を抜いてその青白い腕を切り裂いた。
 翌日。
 少女は、腕に赤が滲んだ白い布を巻いていた。
 少年は、少女を問いただした。
 少女は何も否定しなかった。
 少年は刀を抜いた。
 殺すつもりは無かった。
 自分の中の恐れが恐ろしかった。
 自分の全てを否定するのが。
 少年は刀を落とした。少女はそれを拾い、自らに突き刺した。
 少女は、少年に最期の言葉を残すと、塩になって消えた。
 

 言葉は少年にとっての呪いだった。
 少年の生き方を絶対的に規定する、消え行く神の呪詛。

 この街の偶像を正せ。

 雨は神社を侵し、少年を塗りつぶした。

pagetop