私には音楽を演奏することしかできない。
戦うことはできないし、
うまく立ち回ることだってできない。
スタイルだって良くないし、色気もない。
私には音楽を演奏することしかできない。
戦うことはできないし、
うまく立ち回ることだってできない。
スタイルだって良くないし、色気もない。
でも、世の中には私の演奏を聴いて
笑顔になってくれる人がいる。
――だから私は、音を紡ぎ続けるんだ。
私たち『ルドルフ一座』が披露している
人形劇は、
最高潮にまで盛り上がっていた。
お客さんたちの熱気が
こちらにまでひしひしと伝わってくる。
うんうんっ、
みんな楽しんでくれてるみたいっ♪
瞳がキラキラしてるっ!
ここはライカントという地方都市の広場。
周りには老若男女を問わず、
たくさんのお客さんが集まっている。
彼らの視線の視線の先にあるのは、
背景がセットされた小さな木枠――
つまり私たちの舞台だ。
そこでは今、
数体のパペットが所狭しと動き回っている。
…………。
パペットを1人で見事に操っているのが、
人形使いのアルベルト。
年齢は私よりも3つ年上の18歳。
ちなみに今、
物語は勇者と魔王の対決シーンに入っていた。
――っと、
そろそろクライマックスね。
私はストーリーを目で確認しながら、
次の曲へ移る瞬間に備えて気を引き締めた。
――やっぱりこのひとときは、常に緊張する。
だって少しでもタイミングがズレると、
お話の世界に入り込んでくれている
お客さんたちの夢心地を壊してしまうから。
私の一座での役割は、
シーンに合わせて音楽を奏でること。
演奏している楽器はアコーディオンだ。
このあとは勇者が魔王を倒して
世界に平和がもたらされるシーンになる。
今は勇壮で速いテンポの曲を奏でているけど、
もうすぐそれをフェードアウトして、
威風堂々としたフィナーレの曲へ
切り替えなければならない。
――仲間たちが1人ずつ倒れ、
いよいよ追い詰められた勇者!
だが、起死回生の一撃が
魔王の体に突き刺さるっ!
ぎゃあぁっ!
お、おのれ勇者めぇ……。
見たか、勇者の力!
僕の勝ちだなっ、魔王!
やったー、勇者様ばんざーい!
勇者様が勝てて良かったぁっ!
ふふっ♪
前で見ている子どもたちが
満面に笑みを浮かべて喜んでいた。
そういう無邪気な姿を見ると、
なんだか心がほっこりとしてくる。
今回の演目は『優しき勇者』という
どの町で披露しても
子どもたちに大人気のお話だ。
勇者と魔王の対決を描いた作品で、
大昔に起きた実際の出来事を基にしている。
――私も好きな物語なんだよね。
お話を語っているのはルドルフ座長。
さすが大ベテランなだけあって、
声は聞き取りやすいし臨場感もある。
勇者は身動きの取れない
魔王の眼前に剣を突きつけた。
勇者っ、
早く魔王を倒しちゃえっ!
男の子はその場で跳び上がり、
魔王の人形に向かって叫んだ。
その声が切れる瞬間を見計らって
座長は話を続ける。
どうした、早くトドメをさせぇ!
相変わらずうまいなぁ。
タイミングが絶妙だもん。
……僕にはできない。
魔王の命も僕の命も
同じ命だからだ。
よしっ、今だ!
♪♪~♪…………
私は対決の曲をフェードアウトさせていった。
そこへアルベルトの操る人形と
座長の語りも合わせてくる。
…………。
…………。
…………。
お互いに目で合図を送り合ってから、
私はフィナーレの曲の演奏を始めた。
♪~♪♪~♪~♪♪♪~
魔王よ、僕と友達になろう。
そしてこれからは一緒に、
世界の平和のために
尽くしていこう。
勇者……。
こうして勇者と魔王は友達となり、
世界に長く平和が
もたらされたのでした。
めでたし、めでたしっ!
よしっ!
幕が下りるのとほぼ同時に、演奏を終えた。
――タイミングはバッチリだ!
途端に歓声と拍手が巻き起こり、
うねりのように周囲へ伝播していった。
お客さんたちはみんな笑顔だ。
この空気に触れるたびに、
興行をしていて良かったなぁと強く感じる。
疲れも苦労も一気に吹き飛んでいく。
あぁ、最高ッ!
はいはーい!
見物料はこちらにお願いしまーす。
営業担当のアランがハコを持って
お客さんの中を歩いていった。
額の大小はあるけれど、
ほとんどの人がお金を入れてくれている。
でも私はその気持ちこそが、なにより嬉しい。
特に子どもたちが限られたお小遣いの中から
出してくれていると思うと、
感激してギュ~ッて
抱きしめてあげたくなっちゃうっ!!
あのっ!
はい?
演奏、素晴らしかったですっ!
また聴かせてくださいっ!
ありがとうございますっ!!
あ、あのっ、
握手してもらえませんか?
もちろんですっ!
私は彼女と優しく握手をした。
ホントは跳び上がりたいくらいに嬉しいけど、
さすがにそれは照れくさいので我慢する。
今回の興行も大成功だなぁ……。
――ねぇねぇ、お姉さん。
ん?
…………。
声のした方へ振り向いてみると、
そこには私より少し年上くらいの男子が
立っていた。
ニコニコと親しげに微笑んで
こちらを見つめている。
――この人も私のファンかな?
素晴らしかったよ、人形劇。
ありがとうございます。
人形使いくんの技術は見事だし、
おじさんの語りも引き込まれた。
……でもねぇ、
演奏はそれと比べると
どうしても技術的に劣るね。
っ!?
私はその言葉を聞いた瞬間、全身が震えた。
胸が締め付けられるような気がして、
少し息苦しい……。
次回へ続く!
面白かったです