唐突だけど、マーフィーの法則というものをご存知だろうか?
「失敗する余地のあるものは失敗する」といった事象を纏めて法則化したもので、必ずではないが、そこに失敗する余地があるのであれば、失敗する確率が高くなるというものだ。
唐突だけど、マーフィーの法則というものをご存知だろうか?
「失敗する余地のあるものは失敗する」といった事象を纏めて法則化したもので、必ずではないが、そこに失敗する余地があるのであれば、失敗する確率が高くなるというものだ。
何を当たり前のことを、と思うかもしれないけど、思い返してみて欲しい。
例えば、ジャムやバター、チーズを塗ったトーストを落とした経験はあると思う。
そんな時、ほぼ必ずといっていいほど、ジャムなどが塗られた面が下側になって落ちて、泣く泣く諦めたことがある人も少なくないと思う。
そういう、失敗がさらに悪い方向へ失敗するという法則がこれだ。
つまり、何が言いたいのかといえば、それと同じことが、今僕の目の前で起きているということだ。
……いや、それよりも悪いかもしれない。
何せ、僕の目の前で起きていたのは、殺人事件だからだ……。
普通の人がその生涯において、殺人事件を目撃するなんて経験をする人はほとんどいない。
消防士が旅行先で必ず火事に遭うように、あるいは魔王退治に出かけた勇者が偶然立ち寄った村が、必ず盗賊や魔物に襲われる様に。
探偵の行く先には、必ず事件が起こる。
これはもう、ある種の法則といえるだろう……。
……そう、僕――横島正太郎(よこしましょうたろう)は、「不本意ながら」探偵と呼ばれている。
それも、興信所や探偵事務所にいる素行調査や人探しなどをするような、いわゆる一般的な探偵ではなくて、漫画や小説に登場するような、事件を解決に導くような探偵だ。
ただ、一つだけ物語に登場する探偵と違うのは、僕が積極的に事件に関わろうとしていないところだ。
いや、きっと物語の彼らだって、好んで事件に関わっているわけではないだろう。
けど、彼らは自ら推理をして、犯人を……あるいは
事件の真相を解いていく。
それは結局、彼らが推理というものを好んでいて、自ら探偵になりたいと思っているからだ。
けど、僕は違う。
そもそも僕には、名探偵と呼ばれた祖父はいないし、世界一とも言われる推理作家の父親譲りの推理力もない。
むしろ、僕よりも周りの――探偵部の皆のほうが推理が得意だし、よほど探偵に向いていると思う。
それでも、なぜか探偵部の皆は僕を部長として、そして名探偵として尊敬してくるし、最近は部活仲間だけじゃなくて、学校の先生や、果ては地元警察までもが、僕を高校生探偵としてみてくる……。
そして何より、こうしてたまたま立ち寄った洋館で、まるで漫画や小説のように殺人事件に巻き込まれてしまうのだから、これはもはや、世界すらも僕を探偵として認識しているのではないだろうか?
僕自身は至って普通の高校生だというのに……。
そもそも僕が探偵部とやらの部長に据えられ、さらには部員たちに尊敬されるようになってしまったのは、僕が所属するクラスで起きた、事件と呼べないほどの本当に小さな事件を、偶然に偶然が重なって解決してしまい、それをたまたまミステリー好きなクラスメイトに目撃され、そのクラスメイトが勝手に僕を名探偵と勘違いしてしまったことがきっかけだ。
以来、勘違いがさらに勘違いを呼んで、こうして偶然立ち寄った場所で事件に巻き込まれるまでになってしまったのだ。
もう……普通の生活には戻れないのかな……
内心で眉根を寄せていると、隣にいた同じ部活仲間で、最初に僕を名探偵と勘違いした女子――相月奈緒(あいづきなお)が僕の袖を軽く引っ張ってきた。
それじゃ先生……
そろそろ犯人をずばり名指ししてください!
満面の笑みで僕を見つめてくる奈緒に気圧されて思わず目を逸らした僕は、視線をそのまま他の探偵部の皆に向ける。
しかし、彼らもまた、奈緒と同じように僕に機体のまなざしを投げてきていた。
逃げられそうにない。
そう思った僕は、内心で盛大にため息をついてから、昨晩に僕にあてがわれた部屋で行われた、部活仲間たちの推理を思い出しながら、緊張した顔で僕らの前に居並ぶ容疑者たちの中の一人を、ビシリと指差した。
今回の一連の事件の犯人……
それは……あなたです……か?
洋館がある島に遅れてやってきた警察が、僕らが巻き込まれた殺人事件の犯人を逮捕し、ゆっくりと乗ってきた船に向かっていく。
背中を丸めながら、警察に大人しく着いていく犯人をぼんやりと眺める僕の背中に、探偵部部員たちの尊敬に満ちたまなざしが突き刺さった。
いやぁ……
いつものことだけど、先生には驚かされてばかりだよ……
本当よね……
まさか、私たちが犯人と目論んでいた人が、実は犯人に濡れ衣を着せられていただけだったなん……
先生は見事にそれを看破した上に、あっさりと犯人を自白させるだなんて……
やっぱりあの日、先生の才能を見出した私の目に狂いはなかったわ!
さすが俺たちの先生だ!
うちの高校生名探偵に死角は存在しない!
金田○一とか、コ○ンとか目じゃないほどの名推理だったわね!
お願いだから僕を名探偵と呼ばないで欲しいし、そんな尊敬のまなざしを向けないで欲しい。
今回の犯人を当てたのは、皆が推理していた犯人を指差そうとして、間違った結果だし、犯人がなぜか突然自白を始めたからに過ぎないんだから……。
あと奈緒は、いろいろと危ない発言はやめて欲しい……。
何はともあれ、こうして勘違いと偶然が重なって、僕はまた一つの事件を解決してしまった。
ハマった!