なし崩し的に、俺はこの魔女の世界に滞在することになってしまった。

 案内されたのは、異世界からやってきたばかりの魔女候補……魔法少女達が住まう寮だった。
 寮はA、B、Cという風に名前が付けられており、俺が過ごすことになるのはS寮らしい。

スペードの女王

いま寮母の子は出かけてるけど、話は通してあるから、困ったことがあったら何でも聞きなさい

アオイ

はい、わかりました

ヒカル

わかりましたじゃないだろうアオイ!
本気でこんな変なところで過ごすつもりか!

アオイ

まぁまぁ。ちょっとした旅行だと思おうよ、ヒカル

ヒカル

そんなふうに思えるわけないだろ!

アオイ

不満があるのはわかるが、話は後でだ。
この変な世界で放り出されたいのかよ。

衣食住の確保は最優先だろ。
違うか?

ヒカル

うっ……

 文句の多いヒカルの背をぐいぐいと押して、寮の中へと入る。

 こいつは失言が多いからな。
 気を張ってないと、いつ俺が男だといいだすかわからない。

 絶対にアレをちょん切られて、十に裂かれる未来だけは……回避しなくては!!

スペードの女王

ここが『皇帝』の魔法少女であるあなたの部屋よ。

チャチャ、鏡を

チャチャ

はい女王様!

 そう言ってチャチャが女王の前に鏡を持って立つ。
 全身が映るくらいの大きな鏡で、どうしてさっきからそれを持って歩いているのか不思議に思っていた。

 女王が手をかざすと、そこに俺の通っていた学校が映し出された。

アオイ

あっ、俺の学校!

スペードの女王

ふふっ、この鏡は異世界の様子を見ることができるのよ。

今、あなたの世界とつなげているの

 空からの様子に女王が画面を切り替え、俺の家はどこかと尋ねられる。
 指先で女王がそれを操作する姿は、さながら巨大スマホをいじる女子高生のようだった。

スペードの女王

これがあなたの部屋で間違いないわね?

アオイ

あっ、はい!

スペードの女王

……

 女王が鏡の表面と、寮の部屋のドアに手を当てるとその手にほのかな光りが灯った。
 おそらく魔法を使っているんだろう。

スペードの女王

これでOKね。
あなたの部屋をそのまま持ってきたから、自由に過ごすといいわ!

アオイ

そんなことできるんだ!?

スペードの女王

ふふ、ワタクシ様を誰だと思っているの?
スペードの国を統べる女王様なのよ!

チャチャ

よっ、女王様! 格好いい! 素敵です!
給料あげてください!

スペードの女王

ふふ、ワタクシ様の偉大さがわかればそれでいいの。

後で褒美をあげてもいいわ、チャチャ

チャチャ

チョロ……

 どうやらスペードの女王はお調子者のようだ。
 女王の配下であるというチャチャに、いいように扱われている。

アオイ

わぁ……

 ドアを開ければ、そこには俺の部屋があった。
 家を出たときのままで、パジャマがベッドの上にぬぎっぱなしになっている。

スペードの女王

……?
物置部屋?

チャチャ

まぁ、趣味は人それぞれですから。
チャチャは意外と好きですよこの部屋。
こじんまりしてて

アオイ

……

 なんともまぁ、言いたい放題してくれる。
 ザ・庶民とはいえ、俺の家は中の上くらいの家庭水準だ。

 物置と間違われるほど狭くはないと思うのだけれど……スペードの女王は女王だけあって、大きな部屋に住んでいるんだろう。

スペードの女王

あぁ、ちなみにおまけの部屋は隣ね。
ベランダから繋がるようにしておいたわ。

ついでにあなたの部屋もこっちに持ってきてあげるから、こっちへいらっしゃい

 女王がベランダから隣の部屋へと歩いていく。

ヒカル

おまけだと……?
人を強制的に変な世界へ連れてきておいて……

 あっ、やばい。
 ヒカルがイラッときてる。

アオイ

ヒカル、ここはぐっと我慢だ。
そのあたりの話は、とりあえず住む場所確保してから……な?

ヒカル

う……わかった

 ちょっと黙ってろと脅すような笑顔をつくり、小声で言い聞かせれば、ヒカルはわかってくれたようだった。

スペードの女王

学園の手続きは、チャチャが済ませるわ。

制服や教科書、必要なものもこちらが用意するけど、やっぱり自分で買ってもらわないといけないものもあるから、この一週間で買いそろえなさい。

チャチャ

魔女の簡単な心得についてはこの本を。
周辺の地図はこの本、それと買い物リストはこちらになりまーす!

アオイ

やけに手慣れてますね

スペードの女王

スペードの国は少子化傾向にあるの。
それで、『アルカナ』の魔女には召還のノルマがつけられてるのよ

チャチャ

毎月やってれば、嫌でも慣れます

スペードの女王

うちの『ユグドラシル』が魔女をあまり連れてきてくれないのよね……

 『ユグドラシル』とは、魔女候補をどこからか連れてくる各国に一本ずつある『大木』のことらしい。

 スペードの国の『ユグドラシル』は、あまり魔女を連れてきてくれないため、異世界から魔女候補を召喚する力を持つ『アルカナ』の魔女達がその分頑張っているのだという。

アオイ

とりあえず、月単位で人さらいしてるってことか

 そりゃ手慣れるわけだよと、手元の資料を見る。
 かなり作り込まれていて見やすかった。

 読み込めば多少のことはわかりそうだ。

アオイ

そういえば……これ、日本語ですよね。
ここの文字って、日本語なんですか?

チャチャ

魔女の世界は移動し続けていて、ここ数百年はずっとアオイ様の世界の上……日本上空にあるんです。

スペードの国の会議で、かなり前に共通文字は日本語でと決まったのですよ

スペードの女王

他の国もそうだと思うわよ?
だってそうじゃないと、マンガが読めないじゃない。

チャチャ

世界に満ちる力で文字を読まずとも、意味はなんとなく理解できるんですけどね。

やっぱり細かなニュアンスは、言葉や文字を理解してこそです

 ねー、と仲良く顔を見合わせてチャチャと女王様がそんなことを言う。

 色んな世界からこの世界には少女達が集められているため、言葉や文字はそれぞれ違う。
 しかし世界に満ちる魔法の力によって、違う言語でも言葉は伝わるし、文字もなんとなく読めるようになっているらしい。

 しかし、今現在この世界での共通言語と文字は「日本語」だと公式で決まっているようだった。

アオイ

日本のマンガがこっちにもあるんですか!?

スペードの女王

どの国でも娯楽として流行っているわ。
まぁ厳選された書物だけしか、国には入れないことになっているけどね

 最近のはやりは、「ご注文は●●●ですか」や「ラブ●イブ!」あたりらしい。

 見事に女の子ばかり出てくるラインアップばかりだった。

スペードの女王

特にラブ●イブ!が爆発的に流行ってるのよね。アイドルものより絶対バトルものの方が楽しいのに……。

学園でもアイドル活動をしている魔法少女がいるくらいよ

チャチャ

チャチャは大好きですよラブ●イブ。
あのツインテールの子、いじりがいがありそうで好きです!

あと、あの生徒会長とかピンクの髪の子とか好みですね。クールな表情を崩してあげたくなります!

 魔女の国にもテレビがあるらしく、ラブ●イブ!の再放送決定により女王様一押しのアニメがつぶれてしまったらしい。

 ものすごくどうでもいいな……と思いながらも、口を挟まずに聞き流す。

 ちなみに女王様はプリ●ュア、魔法少女りりかる●のは、プリズ●イ●ヤ等、戦う女の子がでてくるものが好きなようだ。

スペードの女王

戦ってこそ魔女よ。
なのに最近は日常系がもてはやされて、嘆かわしいわ!

ヒカル

なぁ、恋愛ものの少女マンガはないのか?

 乙女チックな少女マンガを愛読しているヒカルが尋ねれば、女王様が「えっ、あんなの読むの?」と露骨に引いた顔をする。

 まるでエロ本を読んでますと公言した男子高校生に対する態度並に引いている。

スペードの女王

女が男にたぶらかされて落とされるマンガなんて、読んでて嫌な気持ちになるだけじゃない。

悪に勝てない正義のヒーローもの以上に、読む価値がないわ

アオイ

なんか酷い言われようだ……

そして魔王っぽい姿してるのに、正義のヒーローものが好きなんだろうか

スペードの女王

大体、恋愛ものの少女マンガは、大体有害図書指定よ?

チャチャ

男が悲劇的な結末を迎える奴なら、大歓迎です!

アオイ

男に恨みでもあんのかってくらい徹底してるな

チャチャ

そうそう、女王様!
この間レンタルショップで借りたアニメが最高に面白かったんですよ!

 チャチャが語り出したのは、何人もの男が理不尽に壮絶な最期を迎える物語だった。

 社会的に追い詰められ、最終的にはスプラッタ……それを楽しそうに話しながら、女王様もそれは見てみたいわねなんて言っている。

チャチャ

食虫植物に生きたまま食べさせるっていう展開も、それはもうわくわくしました!

命乞いをする男を踏みにじると、これまた絶望に染まったいい声で鳴くんですよ!

 チャチャは楽しそうだ。
 恋い慕う相手のことを話すように、ぽーっとした様子で話してる。

 まちがいなくドSだ。
 この子ドSだよ!

 誰にいうでもなく、心の中で叫びながら震えることしか俺にはできない。

スペードの女王

ふーん、それは聞いてみたいわね。
キノコを狩る前に、少し遊ばせてあげてもいいわよチャチャ

チャチャ

本当ですか!
どの方法で鳴かせようか、今から考えておきますね!

 少しはにかむその表情は、まるで恋する乙女のよう。

 興奮に頬を染めている様子は、とても可愛いけれど……。

 話してる内容がエグすぎて、見惚れるどころじゃなかった。

スペードの女王

あら、どうしたの?
顔色が悪いようだけど?

チャチャ

少し震えてるようにも見えますが……

アオイ

いえ……な、ナンデモナイデスわよ?

 男のプライドなんてこの際関係ない。
 女らしく、誰にも疑われないほど女らしく生きていこうと、心に誓ったのだった。

 

2.男のプライドなんて、キノコ狩りスプラッタの前では無意味です

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