私達の神経を過敏に反応したのは、アクティブタイムに入ってから一時間ほど経過した頃だった。

連続した銃声が、ドアの向こう側から聞こえてきた。
びくりと反応する姉貴と、壁に寄りかかっていた私。
ゆっくりと、私は身を壁から離す。
今夜も……行くか。私が。

奈々

姉貴、私行ってくる

阿澄

……うん、気を付けてね

姉貴は私を止めなかった。
昨日までは渋そうな顔をしていたのに。
やることを、分担を確認したから。互いに。
私のやることは、これだ。

奈々

大丈夫、絶対帰ってくるよ
私は死んでも蘇るから
油断はしないし、負ける気もない

阿澄

そのへんは、信じてる
奈々ちゃん、お願いね

奈々

任せろ!
姉貴は黒船に乗ったつもりで待っててよ!

阿澄

誤用の筈なのに凄く頼もしく感じるのは何でだろうね?

奈々

そりゃ私が頼れる妹だからだよ

阿澄

さっきまでみててヒヤヒヤしてたけどね

奈々

妹三時間見なければ刮目せよ!
心意気一つで妹はここまで強くなれるのです!

阿澄

もう引っちゃかめっちゃかだね
うん、なんでもいいね
頑張って、奈々ちゃん……ううん、真澄

馬鹿なことを言い合いながら、私は背中に得物を背負うと出ていこうとする。
そこに背後から、

阿澄

奈々ちゃん、またこれ持っていって
微力でも役に立つかもしれないし

姉貴がガサガサと袋に入れて手渡してきたのは……姉貴が引き当てた武器だった。
無数にあるそれは、この場所の不思議現象でいくらでも補充される無限アイテム。
この間も借りたけど、今回は量が半端ない。
心配なのは嬉しいけどさ。
重たい分、機動力が下がるけど……何とかなるかな。

奈々

サンキュ、使わせてもらうよ

姉貴から頼もしい相棒を受け取った私は、ドアを蹴破って飛び出し外から蹴り閉める。
施錠の音を聞いて、銃声がする方角へと駆け出す。
今夜も、殺し合いのお時間がやってきました。
誰が死ぬのかはわからないが、手掛かりと協力者探しは重要だ。
私は攻め担当だし、行けるだけいってやる。

静流

はぁ……はぁ……
な、なんなん……
アンタ……一体、何なの……っ!?

半井

何なのと聞かれたら答えてやるのが世の情けだ
俺は強いて言うなら……
通りすがりの社会人だ
覚えておくといい

静流

オメーみたいな理不尽な超生物が社会人なわけねえだろタコッ!
っつか誰が覚えるかッ!!
暗殺すンぞゴルァッ!!

半井

フッ……いいだろう
暗殺できるものならしてみるがいいッ!
俺の授業料は高いぞッ!

……何してるんだあの二人。
半井と静流ちゃんが喚きながら殺し合ってる。
静流ちゃんの手には無骨に光る大型自動拳銃が二丁。
成程、静流ちゃんは私と同じ射撃武器か。
器用に連射しながら間合いに入って来られないようにしてる。
対して半井は……。

奈々

……えー……

思わずそう思ってしまった。
脱帽というか……脱力というか……。
あいつ、本当に人間かな……?
残像が見える速度で武器の剣を振るい、銃弾を……その場で弾いている、のか?
素人目には速すぎて芸当が理解できない。
棒立ちで、剣だけを目まぐるしく動かす。
薄闇に火花を散らして飛散する銃弾。
それ以外に、どう判断しろと。

静流

ホントに人間か!?
どこの機関で改造されやがった!?

半井

愚かな……
強者とは常して、実力を隠して生きる
それが世の流れ、世の理だろう
無闇に武器力を振り回して喜ぶのは子供だけと知るがいい

静流

よーするにそれわたしが子供だって言いたいんだろッ!?

半井

自覚できるだけまだマシか……

静流

テメェ……!
子供扱いしたこと後悔させてやるッ!!

あーあー、何やってんだが。
半井のやつ、挑発というか指摘というか、どの道同じか。
そんなことすれば静流ちゃんが乗ってくるのは間違いないのに。
静流ちゃんは銃に再装填して、また連射開始。
涼しい顔で半井はそれを剣戟で弾き飛ばす。
そこには余裕すら浮かんでいる。
静流ちゃんはムカついたように、半井に怒鳴る。

静流

わたしをバカの一つ覚えだと思ったら大間違いだってのッ!!
いくよ、ひよりッ!!
出番だッ!!

それは、予想外だった。
一旦、銃撃をやめる静流ちゃん。
続いて、彼女の背後から飛び出す影。
半井は目を見開いた。
飛び出してきたのは……私を一度殺した女。

ひより

おおおおりゃああああああっっ!!

大上段に構えた得物を、半井にギロチンの如く振り下ろす。
いや、それは勢いが増していて、降ろすというよりは墜ちる。
派手な金属音が響いた。
一撃を、半井が受け止めたのだ。

半井

ぐっ……新手か……!

ひより

静流、あんたは後ろっ!
リロード急いでッ!
手早くこいつを片付けるよッ!

高瀬ひより。
手には私を殺した、大きな斧が握られている。
速水の話によると、ゲームに無関心だったはずの彼女は、静流ちゃんに協力している……?
ここ数日で、心境の変化があったのか?
元々幼馴染だと聞くし、コンビネーションはバッチリだった。

静流

オッケーひよりっ!
こっちは準備万端!
おっぱじめるよッ!

斧を離し、体勢を立て直す半井と追撃と言わんばかりに数度打ち合って距離をあけた高瀬。

ひより

静流、前に言ったとおりよ
あたしにも、目的ができたからね
加勢するわっ!

静流

大歓迎だよひより!
久々の共同戦線だ、気張っていくよ!

ひより

ええ、任せてっ!

どうやら、何か目標ができたらしい。
そのために早めにグレーを潰してクリアを目指す、と。
随分と積極的になったもんだ。
半井は中指でズレた眼鏡を直し、露骨に溜息をついた。

半井

やれやれ……
役職の透けている相手を殺すつもりはないが……
まあ、襲ってくるなら迎撃するまで

半井

一人が二人になった程度で、戦力差を埋められると思っている浅はかさを恥じながら死ぬのがお望みか

……あの中二病、マジで言ってることが痛い。
確かに現状が殺し合い、事実そのものだがそれはフィクションだからカッコいいんであって現実でもかっこいいよこんちくしょう!!

然し、半井に死なれるのは困る。
あいつは貴重な話を聞くタイプの人間だ。
しかも、私に対して何かしらのマイナスを抱かない中立。
死ぬようなタマじゃないが、一応……仕方ない。
私も参戦するか。

奈々

へぇ……今夜は随分と豪勢じゃんっ!!
私も混ぜてよ!
こんな面白そうなこと!!

なるべくクレイジーに聞こえそうに、演技しつつにこやかに武器を構えて参上する私。
一同の視線が私に向いた。

静流

チッ……
出やがったなアンデッドクレイジー!
テメェは邪魔だ、引っ込んでろッ!

アンデッドクレイジーって……。
確かにそのとおりだけどさ、何なのその扱い。

ひより

……アンタがもう一度お望みなら、殺してあげてもいいよ?
また邪魔するならね

高瀬は完全に私を敵だと思っている。
まあ、事実彼女の友人を私は殺しているわけだし。
過去のゲームのこととはいえ、やっぱ当事者の知り合いは許せないんだろう。
知ったことじゃないけど。

奈々

殺してみなよ、高瀬
今度はこっちも本気でやるって、言ったでしょ?

私と高瀬が睨み合いしていると、不意に半井が肩を竦めた。

半井

先程から覗き見して、タイミングを見計らっていただろう進行役
そしてそこのお前も、早く出てこい
もうバレているぞ
殺気を引っ込めろ

そこのお前?
彼が剣で示した物陰から姿を見せたのは……。

本当に人間離れしした動きをするのね、半井さん

――本来は、ここにいてはいけない存在だった。
呆れたような表情で、顔を見せる。
何で……何で、彼女がここにいる……!?

奈々

……速水?

思わず出た怪訝そうな私の声。
彼女――速水は、本来戦いには入らないはず。
一体何があったんだ。なぜ、戦場である外にいる?
占い師であり、戦いには向いていない彼女が、外に。

こんばんわ、かしらね……
今夜はちょっと、私も外に出ないと行けなかったのよ
どうやら私を誰かが狙ってきたらしくて、部屋から逃げ出したの

彼らに説明するようにさり気無く、私に対して理由をあかしてくれた。
成程、そういうことか。私は大体察した。

彼女はきっと誰かに狙われた。
それは、彼女の部屋に襲撃をかけた誰か。
だが、その誰かに対して同室にいる文月が怯え出した。
鍵があかないだけで、引き篭っているだけの要塞のなかにも、精神的なダメージは十分に通るのだ。
同時に、彼女の能力が『要塞化』である可能性が浮上してしまう。
仮に彼女じゃなくても、ならば仲が良いと思われる文月が狙われる。
それを避けるために、彼女はわざわざ危険地帯に顔を出して、確実に徘徊しているであろう私と合流する気だったのだ。リスクを承知の上で、文月のために。
内緒話を使えばいいのに、と思って端末を盗み見るが、それらしき連絡は来ていない。
ということは、今さっきということか。

奈々

占い師まできてたとは好都合っ!
うっはー、選り取りみどりだぁ!!

手を叩いて嬉しそうに嗤う私。
こういう演技だけは無駄に上手くなったなぁ……。
更に、顔を出したのは速水だけじゃなかった。
冷や汗を垂らして、おずおずと現れたのは……。

御手洗

困ったなあ……
しっかり隠れてたつもりだったんだけど……

何とやり方のよくわかってない御手洗さんまでいるじゃないか。
い、一体今晩は何が起きているのか……。

静流

グレーがいっぺんに増えたね、ひより

ひより

役職がわかろうがわからなかろうが、占い師がそもそも怪しいし
全部グレーだよ、静流

静流

だよね
確率的には村人で大体当たるんだし
当てずっぽでもいけるしさ
だったら、みんな殺せばいいか
わたしは一度ぐらいルール違反しても怖くないし

前提の速水を疑っている好戦的な二人。
この場にいる全員を殺すつもりだ。
全員敵か。なら上等。二人とも殺してやる。

半井

ふんっ……蛮族め……
御手洗、お前は下がっていろ

御手洗

へっ?

舌打ちした半井は、御手洗さんの前に出ると、剣を構える。
ほうける御手洗さん、半井は真顔で言った。

半井

俺は無害な婦女子に手を下す程血に飢えてなどいないのでな
お前を庇いながら戦うぐらいならば造作もない
お前は見ているか、隙を見て逃げるか勝手にしろ
足止めぐらいはしておいてやる

……うわぁーメチャメチャ紳士だこいつ。
真顔で恥ずかしいセリフをのたまいやがった。
くいっ、と眼鏡を直しながら言うとかかっこいい。
やばい、見直しそう。
ただの中二病じゃなくて真の大人という感じがする。

御手洗

……ありがとう半井君

ホッとした御手洗さんにお礼を言われる半井。
奴はちらりと一瞥し、不敵に唇を釣り上げて笑っていた。
何というか、キメてるなぁ……。

静流

気取ってんじゃねーよ中二病眼鏡が

と静流ちゃんが彼に文句を言うが、どこ吹く風で受け流す半井。
完全にチンピラだよあの二人。

プライドで生き残れたら苦労しないわね
……仕方ない、私は彼女につくか

本気で嫌そうにため息をついて、速水は私の隣についた。
まさか……一緒に戦う気?

ごめんなさい志田、予定が狂ったわ
部屋に誰かが攻撃してきて、あやが怯えてしまっているの
倒れられたら困るから、一時的に外に出たのよ

小声で素早く告げると、自前のナイフを私に突きつけた。えっ、どういうこと?

あなたにつくなんて反吐が出るほど嫌だけど、仕方ないわ……
今回だけは、あなたと一緒に戦ったげる
ここで死んだら意味がないもの
プライドぐらい、捨ててあげるわ

あ、成程。
険悪なムードだしとかないといけないんだった。
そうだよね、協力知られちゃいけないし当然だよね。

奈々

おーこわいこわい
まぁいいよ、速水
占い師と手を組むなんて早々ないし
遊んたげるよ、静流ちゃんと高瀬
殺せない私を殺せるならかかっておいで

ヘラヘラ笑っていると、刺々しい視線が飛んでくる。

静流

じゃーまっ先にぶっ殺してやるよッ!!
一々目障りなんだよオメーはっ!!

ひより

気が済むまで殺してやるッ!!

よし、ヘイト稼いで一番殺されやすい的になった。
これで隙を見て逃げて、と速水に目配せすると呆れた顔で頷いた。

奈々

一々うっさいバカ犬が
人間様に逆らったなどうなるかを教えてやる
敵討ちなんてほざいているクソガキもとっとと部屋に帰っておネンネしてなよ

静流

上等ッ!!

ひより

絶対許さないッ!!

……二人同時か。これはきつそうだ。
半井も、何となく私には攻撃態勢を解除している気がする。
こっちから仕掛けなければ、の話だが。

こんなのと組むの、やめた方がいいかしら……

相方のつぶやきがグサッと来た。
演技だもんっ! 本心じゃないもん!
速水が逃げられるだけの時間稼げればそれでいい。

奈々

アハハハハハハハハッ!
レッツ・パーティ!!
楽しもうよ全員でさァッ!!

なんて叫びながら私は手始めに静流ちゃんに銃口を向けた。
今夜は、五月蝿くなりそうな予感がした……。

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