9│噂と友達

川越 晴華

クロニャ、すっごく似合ってる!

クロニャ

そうですかにゃあ

牧野先生からもらった赤いリボンをつけたクロニャが、えへへと首をかしげる。

雨音 光

すごくかわいいよ、黒に赤って映えるし。ね、レイン

レイン

……にゃあ

話をふられたレインは、クロニャから目をそらし、表情を固めたまま動かない。というか。

クロニャ

にゃあって、まるで私みたいな言葉遣いじゃにゃいですか

私が思ったことを口にしてくれたクロニャは、ニヤリ、と口の端をあげる。

レイン

にゃっ、いや、なっ、うるさいよ! 

似合ってなかったらからかってやろうと思ったのに、似合ってるそっちが悪いんだろ! 

それでつい、にゃあとか言っちゃったんだよ!

クロニャ

……にゃに言っているかよくわかりませんにゃあ。

それに、レインはこの前も無意識にか知らないけれど、にゃあって言ってたけどにゃあ

レイン

嘘! そんな嘘に騙されないし、なんで晴華さんにやにや笑ってるんですか!

川越 晴華

だって、素直じゃ無さすぎるからおかしくて

レイン

ち、違う! 

違うよね、光……って光もにやついてるしー!

にゃあーとレインが絶叫する。先輩と私は、我慢の限界を迎えて声をあげて笑った。

楽しかった。

川越 晴華

この時間、大好きだな

でも、そういう平穏で楽しい時間は、どう頑張ったって、長くは続かない。

雨音光

なんか、噂になってるって、俺達。

今朝、クラスメートからにゃいんで聞かれた、後輩と付き合ってるのーって

雨音光

男女が二人でいるだけで噂になるなんて、って思ったけど、そういえば俺、目立つ存在だったっていうの忘れてたよ

雨音光

ごめんね、とりあえず今朝、川越さんの安全確認するのはひかえるよ。

緊急事態になったら、そのときは気にせず、いつでも呼んで

クロニャ

……にゃんだか、ぜーんぶ決められちゃいましたにゃあ

朝のバスの中、突然の連絡に私は言葉を失った。


脳裏にまず浮かんだのは、あの楽しい時間はもう戻ってこないのかな、という心配だった。

川越 晴華

それは、いやだ

でも、どうすればいい?

川越 晴華

先輩、噂になるの嫌だったのかな

クロニャ

この文を見る限りだと、そうじゃにゃいとは思いますが……本心はわかんにゃいですよねえ

うなずいて、小さくためいき。


目を閉じた瞬間に思い出すのは、先輩が公園で手をさしのべてくれた、あのときだった。

川越 晴華

噂で、崩れちゃう関係じゃないと、いいな

そう思いながら、私は携帯を握りしめた。




どういう言葉を返すべきか、わからない。




言葉の引き出しをひっくり返して考えて、結局、わかりました、仕方がないですね、という返信しかできない自分が、本当に嫌で仕方がなかった。

授業中は、気を紛らわせるために、必死に手を動かした。

黒板に書いてあることだけじゃなく、先生の話していることも隅から隅までノートに書き写す。




おかげで、昼休みを迎えた頃にはもう、くたくただった。

お弁当を食べ終わり、一度大きく伸びをする。

疲れるでしょ、そりゃあ。

すんごい剣幕でノート取ってたもんね

私の隣の席に座っていた友達の幸谷舞(さちたに まい)が、お弁当をしまいながら笑った。

私は机に頬をくっつけて、うなる。

川越 晴華

うー、まいまいー

幸谷 舞

猫みたいだなあ

舞が、私の髪をくしゃくしゃとなでた。

クロニャの気分だ。もう一度うなると、

幸谷 舞

この前突然屋上に駆けてったときは、犬みたいだったし、晴華は見ててあきないね

とさらに髪をわしゃわしゃとなでられた。


目をつむって、思い出す。

そうだ、あの日、先輩と屋上で会ったとき、私は舞と帰ろうとしていた途中だった。

あれから、まだ数日しか経っていないのに……。

幸谷 舞

元気ないね、どうしたの?

川越 晴華

いや……大したことのような、大したことじゃないような……

幸谷 舞

そういうときって、大したことだよね、大概は

その通り。これは、一大事だ。

でも、それが認めたくなくて、杞憂なのではと思ってみたりもしている。

幸谷 舞

ねえ、晴華。今日、一緒に帰れる? 

久しぶりにさ、美味しいものでも食べに行こうよ、そうしたら、元気出るかもよ

川越 晴華

今日、かあ……

今日、放課後先輩に会うことはできるのだろうか。

わからないけれど、でも、このままずるずると会わないと、いつのまにか会わなくなった、なんてことになりそうだ。




それだけは、避けたかった。
勇気を出さなければ。

川越 晴華

……ごめん、まいまい。

今日も無理だあ。ここ何日か、付き合い悪くてごめ……ん……

言いながら目を開けて、驚きのあまり言葉の最後がしぼんでいった。


さっきまで優しい声をしていた舞の表情は固くなり、その目は私をにらみつけている。

川越 晴華

……舞?

幸谷 舞

嘘つき。

光先輩と会ってるんでしょ、知ってるよ、噂になってる。

それに、この前この目で見たしね、美術室で仲良さそうにしてるとこ

川越 晴華

あ、えっと……

怒っている。そうだ、そうだった。

リボンをもらいに美術室に行ったとき、美術室の外にいた舞と目があったことを思い出す。

でも、どうして怒っているのか、わからない。


私はあわてて何かを言おうとするけれど、うまく言えない。

今日は、こんなことばっかりだ。

幸谷 舞

ずいぶんと仲良しなんだね、噂の、光先輩と!

とげとげしい声に、私は思わずひるんでしまう。

川越 晴華

ごめん、舞

幸谷 舞

何が?

舞も泣きそうな表情で、勢いよく立ちあがった。

何か言いたげな表情のまま、私を強く、にらみつけている。

幸谷 舞

……別に、謝られるいわれはないよ

ふい、と私から視線をそらし、投げつけるようにそう言って、舞は自分の席へ戻ってしまった。


私、何をしたんだろう……何か、しただろうか?


確かに、何も言わずに屋上に走っていってしまったのは悪かったけれど……そのことだろうか。

思考が、ぐるぐると回る。
ぐつぐつと煮詰まる音がするようだった。

にゃあ!

呆然としていた私に向かって、大声で叫ぶ猫がいた。

その声に、私ははっと我に返る。

にー……にゃあ! にゃん!

声の正体は、舞の猫だった。

舞についていかず、私に向かって必死に叫ぶ猫は、明らかに何かを伝えようとしていた。


必死に手足をばたつかせ、にゃんにゃんと叫んでいる。

クロニャ

にゃ?

クロニャが首をかしげた。

私は、クロニャに耳打ちする。

川越 晴華

クロニャ、なんて?

クロニャ

ずっと、違う、違うのって

川越 晴華

違う……?

私はクロニャに向かって首をかしげた。

クロニャが、ふるふると首を横にふる。

川越 晴華

どういうこと……?

クロニャ

わかりません……

にゃん!

自分の意思が通じたのが嬉しかったのか、猫はぴょんととびはねて、そのまま私の膝の上に乗ってきた。

川越 晴華

きゃ!

にゃー!

まるくなった舞の猫は、なんと授業中も休み時間中も、ずっと私の膝の上にいつづけた。

クロニャ

どくにゃあ!

と必死に叫ぶクロニャの言葉を無視し、時々きらきらとした大きな目で、楽しそうに私を見上げてくるのだった。

授業が終わり、舞の猫は名残惜しそうに

にゃーん……

とないて、私の膝からとびおりた。

猫を目で追うと、舞がその先にいた。

目が合う。

舞は、ふいと勢いよくそっぽを向いて、つかつかと教室を出ていってしまった。


どうしたの、とクラスの友達に聞かれるけれど、私だってわからない。


相談しようか。

そう思ったけれど、クラスの友達に相談して、舞に私が相談したことが伝わって、さらに険悪なムードになってしまったら……と考えると、怖くてできなかった。


そのとき、タイミングよく、にゃいんの通知がくる。

雨音光

今日、どうする?

画面を見て、私の胸がきゅんと苦しくなった。


先輩だ。
見慣れたレインのアイコンを、じっと見つめてしまう。


先輩は、今日会いたいって言ったら、きっと会ってくれる。


会いたい。先輩。


私は、すぐに返事を出した。

晴華

会いたいです。

相談したいことがあります

☆新年のご挨拶☆

川越 晴華

あけましておめでとうございます!

雨音 光

いつも『黒猫☆シークレット』をお読みいただき、本当にありがとうございます。

川越 晴華

あれ、先輩、クロニャとレインは?

雨音 光

寒いからこたつで丸くなってるみたいだよ

川越 晴華

なんと……さすが猫ですね。

今年も、かわいい猫だらけの『黒猫☆シークレット』をよろしくお願い致します!

pagetop