高和峠













ヒトミ

!?



ヒトミが運転する車は高和山の外灯もない暗くて険しいワインディングロードをかなりのスピードで駆け上っていた。




山頂に続くこの坂道には四十八ものカーブがあり途中ガードレールが途切れてる区間も多くベテランのドライバーでも難所とされている。




ヒトミ

!!


雨上がりでまだ濡れた路面は滑りやすく、少しでも気を抜くと街乗り用にセッティングされたこの小型車のタイヤはグリップ力を失いそうになった。





ヒトミは恐る恐るなんとかコーナーをクリアしていく。




ヒトミ

えー!ガードレールが途切れ途切れ!?冗談じゃないわ、こんな道でスリップなんかしたら、谷底に真っ逆さまじゃない!!



こんなところでは死ぬわけにはいかない!




ユキオを連れ戻すまでは絶対に死ねない。





急なヘアピンカーブを通過する度にヒトミは祈るような思いでハンドルを操った。




ヒトミ

ユキオ…… どうしてあんたはいつも…… 本当にあんたは馬鹿なんだから。








ヒトミとユキオは幼い時から仲の良い姉弟として育った。




優しい両親に見守られて。





幸せだった、あの事件が起きるまでは…… 











ヒトミ達姉弟の父親は、政府が運営している公共交通機関、いわゆる公営バスの運転士だった。




父親は公務員として国家に貢献しているとの誇りを持っており、一家は政府からの手厚い恩恵も受けていた。




家族は政府支給の安全な食材で作った食事を取ることが出来たし、裕福とは言えないまでもヒトミ達家族の暮らしはこの時代において十分恵まれていたといえた。





母は若いときから体が弱かったが、普段は営業所で寝起きして週末にしか戻らない父親の留守を守り子供達を愛する心の優しい人だった。









その日の朝、父親は、いつもどおりに始業前のアルコールチェックを受け、車両点検を終えると営業所を出た。始発停留所までバスを回送すると、朝の通勤通学客を乗せて出発した。







───ネオシティは復興期のピークを迎えつつあり 一部の恵まれた人々に限定されてはいたが───






やっと希望の光が見えてくる時代になろうとしていた。





賑やかな学生達の会話、朝だというのに座席に座るとすぐに眠ってしまうスーツ姿の公務員達。







何も変わらない穏やかな一日の始まりだった。





父親の運転するバスは幹線道路にさしかかる交差点で信号待ちをしていた。信号が青に変わるのを確認して、バスは幹線バイパス道路を右折横断進入しようとしたところ信号無視で突っ込んできた黒服隊の交通機動部隊の隊員の運転するパトロールバイクに激突した。



バイクは大破し運転していた青年隊員は胸部大動脈破裂で即死した。バスの乗員乗客に怪我はなかった。
明らかに、パトロールバイク隊員の信号無視とスピードの出しすぎが事故の原因だった。



しかし黒服隊はバスが安全確認不十分のまま道路に進入したことによって事故を起こしたとして、ヒトミの父親を業務上過失致死傷罪で逮捕した。



検察が提出した証拠の多くは捏造されたものであった。当時現場周辺では違法なパトロールバイク隊の高速走行訓練が行われており、弁護士と一部メディアは事故は自損事故であると主張したが、黒服および検察側はこれを全面的に否定した。


この事件の取材で、国家権力の横暴に憤り、父親の無罪を訴え黒服組織を相手に最後まで対抗したのが今のヒトミの上司であるキタニだった。


しかし最終的に裁判所が下した結果は有罪であった。
おまけに事件当日の父親のアルコールチェックで飲酒検知器に反応が出ていたのに運転し事故に至った、という明らかに捏造された証拠が検察側から提出され、罪状は飲酒運転と危険運転致死傷罪に切り替えられた。



当時政府は政権統率力の強化を図っていて父親側の主張を反政府的行為として受け取った結果の報復措置であった。父親には終身刑の実刑判決が下った。

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