東和食堂
こんばんは、マスターいるかい?
東和食堂
正面のドアが少し開き一人の男が顔を覗かせている。
へ、お客さんですか? あー、マスターは今ちょっと…… 出かけて……
カジが答える。
呂律がかなりあやしい。
なんだ留守かい、すぐ戻るの?
さあー、すぐ戻るかな───
ますたーは、まざーれすちるどれんとでていったよ、ボクたちがお留守番───
ヤマサキが虚空にむかっていう。
先生はいいから、黙って───
カジが慌ててヤマサキを制止する。
あんたたちが留守番してるの?
男はヤマサキを一瞥して不快感をあらわにした。
じゃあ、あんたでいいから、ちょっといい?
男は扉の外で手招きをする。
へ、俺ですか?
あんたしか話せる人いないだろ?
はあ───
カジがハットの上から頭をかいている。
二人は店の外に出た。
私はこの地域の町内会長をしているオオクボというものだが
へえ───
へえ、じゃない、あんたは?
はあ、私はカジといいまして、ここの常連です!
かしこまってカジが頭を下げる。
あんたがこの店の常連客なのはよく知ってるよ、毎日見るからね、毎日酔っ払って、この店の客はどいつもこいつも困ったもんだ……
カジはすまなそうな様子で肩をすくめている。
まあいいや、で、だいたいあのデブは何者?
オオクボは店のほうを顎で示す。
はあ、ヤマサキ先生ですか?
なに、先生なのあの人!
オオクボが目を丸くする。
医者なの?
いや……
弁護士?
じゃなくって……
はあ、じゃあ、学校の先生か
はずれ……
いい加減にしてくれ!あんたとクイズやってる暇はないんだよ! 全く!
オオクボは顔を真赤にしてカジを睨む。
はあ、何の先生かは知らないです、みんな先生って呼んでっから、ここじゃあ
すまなそうにカジがいう。
いい加減だな、で、ここが少しおかしいだろ、あの人?
オオクボは自分の頭を指さしてカジに訊く。
さあ、確かに少し変だけど、別に害はないし、ちゃんとお金も払ってるし……
まあいい、とにかく、ここいらで噂になってるんだよ、連続絞殺魔があの男じゃないかって
はあ、水曜日の絞殺魔が? まさかあ、先生がそんな事するわけないですよ
カジが笑う。
そんな事はわからないだろ、みんな気味悪がってる、大体何者なんだ?
はあ、三ヶ月くらい前かな、ふらっとこの店にやってきて、ここの裏のマンションに住むようになって───
オオクボはカジの話を黙って聞いている。
お金はたくさん持ってるって、マスターはいってたな、今一番の上客だって、それで俺たちにも気前よく奢ってくれるんで───
オオクボは手を振ってカジの話をさえぎる。
もういい!わかった。とにかく明日、黒服のところに行って報告しとくから、マスターにそう伝えておいてくれ、店潰されたくないなら、今のうちに追い出すことだなって
はあ……
途方にくれるカジを残して、オオクボは肩を怒らせながら去っていった。