秋の空を見上げる那由汰。
空はどこまでも青く、清々しい。
天高く馬肥ゆる秋とはこの事だ。
太陽は既に西に傾き始め、
切なさを醸し出し始めている。
もう、午後2時位だろう。
行こうよ、紗希ねぇちゃん。
あ、うん
すっかり準備の整った那由汰は、
舞装束の入った紙袋と、
寸杜むすびの風呂敷を小脇に抱えて、
靴を履く紗希を急かす。
ようやく立ち上がった紗希は、
うーん、と背伸びをしながら
あー、肩凝ったー!
と愚痴をこぼす。
那由汰きょとんとしながら、
少し哀れんだ様子で紗希に言い放つ。
紗希ねぇちゃん、案外体力ないんだなぁ……。部活、ほんとにちゃんとやってるの?
な……
紗希は、
しまった、弱みを見せた、と思い、
咄嗟に言い訳をする。
違うんだから!慣れない緊張で肩が凝っただけ!疲れてるわけじゃないから!
顔を紅潮させながら言い返す。
ふぅん。
那由汰は空返事だけして、歩き始めた。
紗希も那由汰を追うように歩みだした。
二人の笹舟
寸杜むすびを握る那由汰。
屏風越しに着替えをする那由汰。
似合ってるよ、と真っ直ぐな瞳で褒める那由汰。
そして、舞装束で舞う那由汰。
紗希は今日見たいろいろな那由汰を
思い返しながら、
那由汰の後をついて行く。
拝殿の裏からぐるりと回り、
正面へと出て、
その先にある狗老利川へと向かう道のりは
どんなにゆっくり歩いても5分位。
感傷に浸るにはあまりに短い。
那由汰、ゴメン。
ん?
さっきのウソ。やっぱり、ちょっと疲れたからゆっくり歩いて。
あぁ、わかったよ、紗希ねぇちゃん。
紗希は那由汰の逞しい背中を見ながら
少しでもこの時間が長く続きますように、と
願わずにはいられなかった。
紗希にあわせて歩速を緩める那由汰。
後ろを歩いていた紗希は、
自然と那由汰の隣に来る。
紗希は並んで歩く那由汰の方へと少し寄る。
二人の不安定な足のリズムは
同じくらいの背の高さの二人の肩と肩を
時折あてては旋律を奏でる。
* * *
着いたよ。
狗老利川の桟橋に着いた二人。
那由汰は風呂敷の包みを解き
笹舟と寸杜むすびを取り出す。
その間、紗希は
狗老利川の流れをじっと見つめ、
へー……。この川、あの洞窟に向かって流れてるのね。
と漏らす。
あれ?紗希ねぇちゃんは去年も寸杜やんなかったっけ?
去年はテキトーにやってたからねー。
…でも、今年は…。
ふと思い立った紗希は、那由汰に言った。
ねね、せーの、で一緒に流そ?
ん、なんで?
べ……別にいいでしょ!どっちが速いか競争したいの!
……いいよ。
那由汰は左手で寸杜むすびを乗せた笹舟を
水面へと付ける。
紗希は那由汰に寄り添うように
右手を伸ばして笹舟を浮かべる。
そして、
…せーの。
紗希の掛け声に合わせて
笹舟から手を離す二人。
二人の流した笹舟は、
ゆらりゆらりと川を流れる。
まるで先ほどの二人のように
近づいたり離れたりを繰り返しながら、
笹舟は洞窟の中へと流れてゆく。
* * *
私が寝ている間にどこかに移動させられたのかもしれないわね……。
母親は医療スタッフを探しに
階段から上階へと向かう。
ふと、階段を登りながら、違和感を感じた。
……こんな場所、通ったかしら……?
行く方向が逆だから、
感じ方が違うのだろう、と思い直し
階段を登り切る母親。
案内板を頼りに受付のある階へとでると、
そこは慌ただしい雰囲気が漂っていた。
ER病棟を抜け受付へと向かう一本道。
何かが騒がしくこっちへ向かってくる。
疲れているのか、薄暗いせいか、
ぼやけてよく見えない。
いそげ!心肺停止状態だ!
カウンターショックと昇圧剤の準備!
もう一人だ!こちらも心肺停止状態!
向かってくる何かが近くまで来て
ようやくそれが、医療スタッフと
運ばれてくる救急患者である事がわかった。
……大きな事故でもあったのね…。
すれ違いゆく多数の医療スタッフ。
流石に救急患者を運ぶ医療スタッフに
声をかけるのは場違いと思い、
ただ道をゆずる母親。
時折、母親に一瞥する医療スタッフもいる。
……が、母親を見た医療スタッフは
ギョッとしたような表情をして
二度見して通り過ぎていった。
ここを通っては駄目だったのかしら?でも、他に道はなかったし……。
母親は、受付を目指し歩を進める。
我が子の亡骸はどこへ行ったのか。
その答えを求めて。
つづく