友美

紗希は那由汰君を誘えたのかなー・・・



村祭を訪れた友美は

キョロキョロと好奇の目で

友人の姿を探していた。



拝殿の付近に来た頃、

お囃子の音が聞こえ始めた。

友美

・・・あ、寸杜が始まる。
二人を探すのはまた後ね…。


友美は拝殿前の人だかりへと姿を消した。








寸杜












拝殿の扉が開き

中より厳かにすり足で

現れる男の鬼神。

那由汰

……

ついで従者のごとく後から現れる女の鬼神。

紗希

……


男の鬼神は

拝殿の中央の位置まで移動すると、

右手に持つ錫杖を地面に突き立てたまま

仁王立ちする。

那由汰

……

女の鬼神はその様子を左後方から見守る。

紗希

……


次第にお囃子の太鼓の音が

強調され始める。



男の鬼神は錫杖を

お囃子の太鼓の音に合わせて

那由汰

シャン、シャン

と地面に突きつける。


主旋律の笛の音が始まると、

突き付けていた錫杖を

那由汰

すーっ

と、右手で

ゆっくりとまっすぐ上へ持ち上げ


天をつくかのような姿勢から

左手の方へと錫杖が倒れる。



両手で錫杖を胴へと引きつけたかと思うと

そのまま左方へとシュッと突き出す。



左後方にいた紗希は

目の前を突然横切った錫杖に思わず

紗希

ひっ。

と、おののく。



緩と急の絶妙な組み合わせの舞を舞う

男の鬼神。




女の鬼神は

しばしの間その所作に目を奪われていた。



舞を舞い始めて10分ほどだろうか。

男の鬼神は錫杖を

那由汰

くるくる


と回した後に

拝殿から向かって右方にある

狗老利川を錫杖で

那由汰

すぅ


と指し示した。


見物の村人たちは

それを見てワラワラと

狗老利川へと向かっていった。






各々の寸杜むすびを笹舟へとのせ

狗老利川へと流し始める。



その間、男の鬼神は

微動だにせず錫杖を

狗老利川へと向け続けた。

友美

あれ・・・



狗老利川へ寸杜むすびを

さっさと流した友美が

境内へ戻ってくると、

男の鬼神と女の鬼神の姿に

見覚えがある事に気づいた。

友美

那由汰君と紗希じゃない・・・

友美

ふふーん



友美は少しニヤニヤしながら

二人の晴れ姿を写真へと収めた。

友美

学校に行ったらからかっちゃおうかなー。





狗老利川にいる村人の姿が

まばらになり始めると

お囃子の曲調が変わり、

男の鬼神は再び舞を舞い始める。




錫杖をくるくると回し、

付きだし、

振りかざす。



前半の舞とは打って変わり、

激しく急な動きの舞が繰り広げられる。




そして、狗老利川から

村人の人影がなくなると

曲と舞は終わりを迎えた。








* * *




那由汰

さて、うちらの分の寸杜むすび流さないと。


屏風を隔てた先から

那由汰が語りかける。



鬼神の装束を脱ぎながら紗希は

紗希

寸杜むすびを流すのって舞の時じゃなくてもいいの?

と問いかける。


当然の疑問だ。

那由汰

一番重要なのは五穀豊穣を神様に感謝することだよ。必要以上に形式にとらわれなくていいよ。

紗希

ふーん。


と、質問しておきながら

それほど興味なさそうな紗希。

那由汰

着替え終わった?



着替えが終わった那由汰は


屏風越しに紗希を急かす。

紗希

……ちょっと、まだだから待って!

那由汰

早くしないと日が暮れちゃうよ。

那由汰

秋の日はつるべ落とし、ってね。

紗希

ぬー!那由汰のくせにー!









* * *




花江

……はっ!



青年の母親は


うたた寝から目覚めた。

花江

……ああ…いつの間にか寝てしまったわ…。



少しばかり気持ちが落ち着いた母親は、


これからの事を考えていた。

花江

いつまでもこうしていられないわね……。
この子の葬儀の準備をしてあげないと可哀想ね。


霊安室の出入り口の方を見ながら


息子の友人の顔を思い出す。

花江

あの子達に受付をお願いできるかしら…。






霊安室の外へと出て周りを見渡す母親。


だが、息子の友人らの姿はなかった。



花江

……帰ったのかしら……。




一抹の寂しさを覚えながら、


再び我が子の元へと帰る母親。












ーーその時、

母親は違和感を感じた。



























布に覆われ横たえられた息子の姿。



息子はこんなに小さかったであろうか。
















ふと気になり顔を確認しようと布をめくる。











































そこに息子の顔はなかった。





























体があったはずの位置の布は




ふさり、




と静かに潰れた。


















つづく

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