黙っていると不安ばかりが浮かびそうだから、想わずリンちゃんにそう話しかけていた。
じゃあ、救助がくるまで……おしゃべりでもしようか
黙っていると不安ばかりが浮かびそうだから、想わずリンちゃんにそう話しかけていた。
おしゃべり、ですか?
そうそう。
いわゆる、ガールズトーク的なヤツね
説明しながら、どうやらわたしの身体は、自然に動いていたようだ。
気づくとわたしの手は、リンちゃんの手をとって握りしめていた。
ほわわ、暖かいです~
感心するようなリンちゃんとは対照的に、わたしはちょっと冷静に、彼女の手の感触を感じていた。
……へぇ
ひやり……
体温が低いのか、わたしが高すぎるのか、少しだけひやっとした感触が手に伝わる。
身体が冷えるようなものではなく、どちらかといえば心地よかったのだけれど。
――その心地よい冷たさは、どこかで覚えがあったもののようにも想えて、それが気になってしまった。
……アイドルさん?
リンちゃんの不安そうな問いかけに、わたしははっとなる。
あぁ、ごめんね
突然に触れるのは、やっぱり驚いちゃったよね。
わたしは謝って、手を離した。
クセなんだ、嬉しくなるとやっちゃうの。
イヤだったかな?
いえ、大丈夫ですよ。
むしろ、アイドルさんの暖かさが伝わって、嬉しいです
……そ、そう。ありがとう
まっすぐなリンちゃんの言葉に、わたしは少しだけ視線を外してしまう。
握手会やインタビュー、プロモーションなどで、飾り付けたセリフを言ったりすることはあった。
少しだけ自分を偽ったり、大きく見せたり、演技的にするのは、やりすぎなければ悪いことでないのも知ってはいるけれど。
わたしは、ちょっと苦手だった。
もちろん、相手から聞くことも多かった。真に受けてくれているのか、それともわかって付き合ってくれているのか。
理想化されたアイドルを求めてくれているのは、嬉しいけれど、少し見過ごされているようで、複雑でもあった。
こちらが恥ずかしくなるような言葉の響きには、だから流す術も染み着いていたはずなのに。
彼女の言葉は、裏表がないように聞こえるのか、いつもと勝手が違う。
スキンシップでしかない接触が、この時は、すごく気恥ずかしかった。
あの、がーるず、とー……、って、なんでしょうか?
視線を戻して、不思議そうな顔を向けるリンちゃんに、わたしは言った。
ガールズトークっていうのは、女の子だけの、秘密の時間のことよ
秘密、なんですか……スーさんは、いいのかな?
じっと真面目な顔で、手元の光を見つめるリンちゃん。
スーさんは、大切なリンちゃんの秘密を漏らしたり、しないでしょ?
……そうですね、スーさんは秘密を漏らすようなこと、ないと想います!
わたしはリンちゃんの心配をさっと流して、誘う。
なら、女の子同士、ぶっちゃけちゃおうよ。
好きな食べ物や、服とか、お気に入りの場所とか……好きな人のこととかさ
グループ内でもオフの時は、差し障りのない範囲で、そうした会話に花を咲かせていた。
アイドルとは言え、みんな、普通の女の子でもあったから。
たくさんのファンや、わたし達を支えてくれる人達のおかげで、アイドルという場所に立ってはいるけれど――その奥には、年相応の、女の子らしい興味がみんな隠れている。
つい、昨日も、そうした話で時間を過ごしていたはずなのに。
(……どうしてか、楽しい想い出が、遠い昔のように感じられるわ)
内心でふりかえった想い出が、どこかぼんやりしていることを、悲しく感じてしまう。
暗い想いを振り切るように頭を振って、わたしはリンちゃんに話題をふった。
リンちゃんは、こんなふうになる前、なにをしてたの?
……この暗闇が、くる前……ですか?
そうそう。
どんなところに住んで、どんな食べ物を食べて、どんな……仕事、かな? とか、ね。
教えてもらえたらなって
わたしが話しかけたのは、無言のままで救助を待つのは、辛かったからだ。
無言で震えていたり、この暗闇がなにかを想像して怖くなったりするよりは、いいと想えたから。
いつかは帰れる日常の話をする方が、よっぽど心地よいと想えたから。
……
でも、問いかけに対して、リンちゃんの表情は曇ったように見えた。
光の加減かと想いたかったけれど、ちょっと違う気がする。
好きなテレビとか、芸能人とか、好きな人とか……でもいいよ?
話題を変えてみたけれど、リンちゃんの表情は変わらなかった。
え、っと……ですね
そこまで言ってわたしは、失敗したのかも、と感じた。
アイドルという単語すら知らない彼女は、もしかすると、テレビや芸能人というものから、縁遠い生活をしていたのかもしれない。
すごく厳しい家で育てられたのか、それとも遊びがない環境で学んでいたのか、または本人に全く興味がなかったのか。
わたしは、戸惑うリンちゃんに手を振って、話題を変えることにした。
ごめんね、一気に話して
いえ。
お話を聞くの、好きなので。
大丈夫ですよ
ほんわりと微笑む彼女の様子は、さきほどまでと変わらない。
けれど、どこか、寂しさみたいなものが混じっているようにも感じられた。
――わたしが、そう、勝手に感じただけかもしれないけれど。
アイドルさんのお話を、聞きたいです
わたしの、話?
リンちゃんを見つめていてぼうっとしていたわたしは、彼女の言葉に曖昧な反応をしてしまった。
はい。いいですか?
わたしは……
アイドルさんの、夢や希望を作るっていうお話、お聞きしたいです
リンちゃんのお願いに、わたしは少し戸惑ったけれど。
……わたしで、よければ
優しくそう答えて、頷(うなず)いた。
――それからは、主にわたしが話をしながら、リンちゃんが相づちと疑問を投げる、というキャッチボールが始まった。
リンちゃんは、わたしの話を興味深そうに聞いてくれる。自然、お互いの言葉も弾んでいく。
ほええ、予想していないことが起こったのですね~!
そうなのよ、スタンディングのお客さんまで溢れて、大盛況!
あの時は、驚きと不安と興奮が混じり合って……すごかったわ
アイドルの世界に飛び込んでから、数年の月日が過ぎて。
わたしも、たくさんの出来事や事件に巻き込まれてきた。
嬉しいことも、悲しいことも、本当にたくさん。
アイドルさんの話すように、みなさんがおられたから、乗り越えられたんでしょうか
そう、そうね……それが一番大きいと、わたしは想っているけれど
自分がどうしてアイドルを続けられているのか……色々と考えはあるけれど。
みんなの力以外に、乗り越えられた理由。
その理由の一つを、わたしは言った。
みんなと一緒に乗り越えられたのは……日々のレッスンを、欠かさなかったおかげかも
れ、っすん……?
リンちゃんの不思議な顔を見て、わたしは説明する。
練習のことよ。
本番に向けて、事前に、本番のための動きを覚えておくの
ほええ、本番の前に、練習が必要なんですね
そうね。
毎日のようにレッスン場へ行って、できる限り打ち合わせして……時間があれば、できるだけやっているわね
いっぱい練習するんですね……驚きです!
驚くリンちゃんに、わたしは頷(うなず)く。
この手の反応は、初めてじゃないから慣れたものだ。
アイドルのイメージって、華やかで遊んでいるようにも想われがち。
だけれども、そうしたイメージを保つ日々は、案外に地味なものだったりする。
よく通る声を出すことも、その声がぶれないように調整することも、そして動きを維持できるように身体を作ることも、日々の積み重ねがあればこそできること。
確かに、スケジュールへぎゅうぎゅうと詰めこまれたレッスンは、決して楽じゃないけれど。
でも、気持ちいいわよ?
レッスンは、わたし達の成長を支えてくれている。
昔の動画と見比べて、今のみんなの動きが驚くくらいに変わっていたのは、よく話題になるくらいだし。
――努力は、結果を作る。だからわたしは、形になるために、足を止めたくないのだ。
リンも、やってみたいです~!
どんな感じなんですか?
やってみたいって……レッスンを?
はい!
元気にうなずくリンちゃんに、わたしは首をひねる。
レッスンを見せると言っても……なにがいいのだろうか。
発声レッスンや、身体の柔軟、踊りや動き、みんなとのタイミング合わせにステージを意識した立ち回り――レッスン内容は、いっぱいある。
でも、アイドルというイメージを見せるなら、ちょっと派手な方がわかりやすいかも。
レッスンって……こんな感じ?
わたしはそう言ってから、眼を閉じる。
そして、閉じた瞳の中で、これから踊るステージを意識した。
少しして、眼を開き――次いで、大きく手を上にかかげ、腰と足が一本の流れになるように、ポーズを形作る。
動きに驚いたリンちゃんの瞳へ、わたしは上げた手を水平におろし、指先をたてる。
瞳をウインク、指先をふって足を引き、ゆっくり腰を屈めて――止まることなく、屈むように一回転。
そして回転が終わると同時に、花を咲かせるように、両手を空へと伸ばして羽ばたかせる。
表情は空へ向けて、まだ見ぬ希望や憧れを想わせる笑顔になって、見ている人を幸せにするように。
――動いた身体と心から、舞う喜びがわたしに染み込んでくる。
笑みが自然と口元に乗っていたのも、後から気づいたくらい。
(あぁ……嬉しいな……!)
うわぁ、すごいすごい! とってもきれいで、見つめちゃいました!
リンちゃんは光を持った手のまま、器用にわたしへと拍手を送ってくれた。
ありがとう、ちょっと不安だったんだけれど
いえいえ、ずっと見ていたいくらいです!
特に、くるって回転したのが、すごいです!
リンちゃんの賞賛に、嬉しくなる。
今のは、ステージで見せるワンアクションなのだけれど、手応えを感じるのはやっぱり嬉しい。
すごいですよねぇ、こう……
呟きながら、リンちゃんは身体を動かし、ぐいっと身体をひねる。
心地よい疲労に、わたしは少しぼうっとしていて。
リンちゃんが、手を掲げ、足を踏み出した時に――あ、まずいとわたしは直感した。
ちょ、ちょっと……
こうです……かぁはわわあわ!?
――ぁ!
想いきり、自分の身体を回したリンちゃんは……不安したとおり、暗闇の中へとずっこけてしまった。
ううぅ……いたいです~
ご、ごめんね、ちゃんと止めていれば……
わたしは手を伸ばして、リンちゃんが立つのを手助けする。
つかんだ彼女の手は、やっぱり、ひんやりとした冷たさが心地よくも印象的。
――マッチを持っているのに、不思議なものね?
ちょっと、リンちゃんの今の服じゃ、難しいかもね
リンちゃんが立ったのを確認してから、わたしは彼女の服装を見つめながら言った。
両手両足の先まで隠れた服装は、暖かさを感じさせるけれど、動きに向いているようには全然見えない。
リンちゃんにとてもよく似合っているし、レトロな感じがかわいいとも想えるけれど、足まわりなんてとれない服装なのは一目でわかる。
それに、これは勘でしかないけれど、リンちゃんは運動とか苦手なタイプだ。たぶん、必死になりながら頑張る姿にエールを送られる、そんなタイプに違いない。そんなタイプであって。
……こほん。
そんな彼女が、ずっとレッスンをしてきて、その動きにあわせたステージ衣装をまとったわたしと、同じ動きをする。
それは、残念ながらムチャという他なかった。
気をつけてね、怪我しちゃったら大変だから
はわわ、アイドルさん、すごいです~
あいまいな声で受け答えるリンちゃん、見れば眼をなんども開けたり閉じたりしている。
眼を回してしまったのだろうか。
リンちゃんが落ち着くまで、わたしは手を離さずに、彼女を支えた。
そして、彼女の様子を見ながら、わたしはぽつりと呟いた。
アイドルさん、かぁ
リンちゃんの呼び方に、なんだか、わたしは少しずつ違和感を感じ始めていた。