周囲の暗闇を再度、見つめ直す。
 その重さ、不気味さに、背筋が震える。

――!

 ステージ前に震える、緊張の震えじゃない……ただ、一方的な力に怯える、冷たい怖さ。
 それが、暗闇の深さのせいなのか、みんながいない不安からなのか、わからなかったのだけれど。

探しに、行かなきゃ

 したいこと、しなきゃいけない、そう想えるのは一つだった。
 みんなと、一緒にいたい。みんなを、探したい。
 わたしは少女に詰め寄り、言った。

ねえ、お願いがあるの。
一緒に、わたしのメンバーや、関係者の人達を探してほしいの

は、はい……

だから、一緒に来て欲しいんだけれど……いいかな?

……

 わたしの言葉に、少女は無言になってしまった。
 焦るわたしだったけれど、光を持っているのは少女だし、わたし一人でこの暗闇に踏み出すのはムチャだとも想えた。

ダメ、なのかな?

 気弱に、わたしは少女へもう一度問いかける。
 強く迫れなかったのは……少女のためらう雰囲気に、不思議さも感じてしまったからだ。
 少女は、そのためらった表情のまま、ゆっくりと口を開いた。

……スーさんの光は、動くと、照らされるモノが不安定になるのです。
リンの姿を照らすくらいで、精一杯に

 少女の申し訳なさそうな言葉に、わたしは言葉を失った。
 次いで、視線を光へと移す。

 確かに、光自体はあまり強くない。人一人の全身を照らせない程度の光は、歩くと揺らめいてしまいそう。
 このか細い光を目標に、二人で歩く。
 もし、はぐれたり、歩く速度がずれたりすれば……と、想像する。

 この、一寸先の姿も見えない暗闇の世界。
 それに捕まるのは簡単だろうと、あっさりと感じられてしまって。

――!

 背筋に走った寒気を、身体を抱いて頭をふり、追い払う。
 先ほどから、何度も感じている寒気が、完全に消えない。
 まるで、暗闇そのものに意志があるかのように、わたしの心と体を何回も震えさせる。

 こちらから探しに行くのは、彼女の言うとおり、危険なのだろう。
――悔しいことだけれど、こちらまで迷子になっては、みんなを探す光も無くなってしまうかもしれない。
 リスクを考えれば、彼女がためらう気持ちも、理解できる気はしたのだけれど。

ねぇ、あなたはこの暗闇がどこまで続いているのか、知っているの?

 みんなへの心配が、消えるわけじゃない。
 わたしは、質問を変えた。
 この暗闇がどの程度の規模なのかわかれば、もしかすると、違う方法を想いつくかもしれない。
 でも、少女の顔は、はっきりしない重いものだった。

ごめんなさい。
スーさんもリンも、それはわからないのです

スーさん? リン?

 わたしは疑問の声を上げて、少女の言葉を反復する。

リンは、リンのことですよ。
スーさんは、この光のことですね

リン……リンちゃん?

 なるほど、少女はリンというのか。
 それはわかったのだけれど、と想いながら、改めてリンちゃんの手元の光を見る。
 そこには、ぼんやりと光る、小さな灯りが一つ。
 わたしは、ふっと想い出す。
 リンちゃんが持つ光に似た、道具の存在を。

 古い映画や写真で見た、マッチ。
 それに、リンちゃんが持つ光は、とてもよく似ていた。
 だからわたしは、想わず言ってしまった。

道具に、名前付けちゃうのね

 何気ないその言葉に、返ってきた答えは、ちょっと鋭かった。

道具じゃありません、スーさんですよ~!

 リンちゃんの強気な様子に、驚いて口を閉ざす。

え、でも……

 マッチでしょう? と改めて言おうとして、わたしはでも、言葉を告げなかった。
 その様子が真剣だったから、わたしは少しばかり頭をひねって、違う答えを練る。

じゃあ……ツクモガミ、的なことなのかな

つくも、がみ……?

 子供の頃、おばあちゃんから聞いたことのある昔話。
 そのなかに、物に魂が宿る妖怪の話があったことを想いだして、リンちゃんに聞いてみる。

どんなモノにも魂は宿る、って考えもあるから、それかなぁって

 わたしの答えに、今度はリンちゃんの顔が大きく動く。
 それは、花が大きく咲き開くような、不思議な輝きがあった。

そうです、スーさんには魂があるんですよ!

 嬉しそうに頷(うなず)くリンちゃんの様子に、わたしは苦笑する。
 と同時に、わたしは違うことを考えていた。
 手元のマッチに魂がある、自信を持ってそう言う彼女のことを。

(もしかすると、想像力の強い子なのかなぁ……)

 わたしはリンちゃんを見つめながら、養成所にもそうしたタイプの子がいたことを想い出す。

 そうしたタイプの子の話は、とても独特で、苦手な人も多かった。
 嫌われる、というほどひどい子は見たことがなかったけれど。
 わたしはといえば、その子達の想像力溢れる考えを、嫌いではなかった。
 違う世界を見ている彼女達には、それぞれに違う光や輝きがあるのだと、感心させられることも多いから。

 でも、まさかこんな暗闇の中で、そんな考えを述べられたことには苦笑せざるを得なかった。

 ――そう、苦かった。
 そう考えないといけないくらい、リンちゃんは、ずっとこの暗闇の中にいたんじゃないかって想えてしまったから。

嬉しいです!
スーさんのことを、そう言ってくださって!

ははは、それは……なるほどね

 少女の嬉しそうな表情を受けながら、わたしは曖昧に受け答える。

(不思議な子、ではあるんだよねぇ)

 眼の前の少女は、しかし、いったい誰なのだろうか。
 それほど記憶力がいい方だとは言えないけれど、わたしは彼女と出会ったことはないように想えた。
 名前はわかったけれども、他にも、気になる点がいくつかあった。
 光も全く見えないようなこの暗闇の中から、彼女は、どうやってわたしを見つけだしたのだろうか。
 彼女が持っているのは、懐中電灯にも及ばないような、ちっぽけなマッチ一つだけなのだ。
 だから、あの会場の周辺にいたんじゃないかなって、想うのだけれど。

(でも、あの会場で……演劇なんて、やってないよね?)

 リンちゃんの服装は、少なくとも私服とは呼べないようなものだった。

……?

 全身を覆うほどのヴェールに、身体のラインを隠すようなストールとワンピース。
 森ガールの派生なのかもしれないけれど、ちょっと時代がかった感じもあって、違和感を感じる。
 まるで、映画やアニメに出てくる登場人物が着るような、そんな服装だとわたしには想えた。
 でも、わたしがステージを行う予定だった会場には、併設している劇場やイベント場などはなかったはずだ。
 わたしのステージ前後に、イベントの予定があったような記憶もなかった。

 じゃあ、やっぱりわたしのステージを見に来てくれたのか。
 でも、わたしの観客にしては、わたしやグループのことも全然知らないふうだし。
 じゃあ、たまたま暗闇に襲われた時に、巻き込まれてしまったのか。
 あの会場周辺に住んでいた、コスプレ好きの女の子なのかもしれない。
 コスプレしている最中に、暗闇の呑まれてしまったんだろうか。

 ――でも、一番気になるのは、この暗闇の中を恐れる様子がないこと。
 外見じゃ判断できないけれど、彼女――リンちゃんは、どこか、今までわたしが会ってきた人達と、なにかが違っている気がした。

あの、リンの顔になにかついていますか?

ううん、かわいいなって想って

そ、そんな……アイドルさんの方が、ずっとですよ~

 瞬時に口から出た誉め言葉に、顔を赤らめる彼女。
 無邪気さに彩られたリンちゃんの笑顔に、わたしは羨(うらや)ましさを覚える。

リンちゃんは、やっぱり良い顔をするね

 わたしの笑顔は、もちろん自然に出ているものも多いけれど――たぶん、彼女ほど、素直にはもうなれない時も多いから。

……ありがとうございます

 リンちゃんのくすぐったそうな顔に、わたしの胸中もくすぐったくなる。
 そして、そんな感情がずいぶん懐かしいと想って、ふりかえってみれば。

そう、だ。
みんなのこと、よ……だめじゃない、わたし!

 眼の前のことについ集中してしまうのが、わたしの悪いクセだ。
 急いで頭を切り替えて、わたしはリンちゃんに問いかける。

ねえ、リンちゃん。
あなたは、わたし以外の誰かに会ったりした?

う~ん……リンが出会った方は、いっぱいいらっしゃいますけれど

このあたりで、誰かに会ったり、したかな?

 いるとすれば、そう遠い場所じゃないと想う。
 リンちゃんの答えは、でも、わたしのその期待を落ち込ませるものだった。

アイドルさんが久しぶりの、話せる方です。
このあたりでは、まだアイドルさん以外と、お話はしていません

……そっか。久しぶり、か

 リンちゃんの言葉に、わたしは肩を落とす。
 なら、会場に来ていたはずのメンバーやファン達、マネージャーを含めた関係者などとも、リンちゃんは出会えていないのだ。
 久しぶり、という言い方が気にはなったけれど、こんな暗闇の中では時間感覚も混乱する。
 感覚……と考えて、ここはどこだろうと想う。

どっちが出口とか、外だとか、わかるかな?

ごめんなさい……リンもスーさんも、それはわからないのです

 申し訳なさそうな顔で告げるリンちゃんに、わたしは手をふりながら声をかける。

いや、そんな謝ることじゃないよ。
だって、こんなこと、誰だって予想できないもの

 こんなにも暗闇に覆われた世界になったんだから、わからなくても仕方ない……そう想っていたわたしに、リンちゃんの一言は、静かに響いた。

『永遠の光』……

え?

 リンちゃんのささいな呟きに、わたしは想わず驚いた声を上げてしまった。
 だって、今まで聞いていたリンちゃんのどこか緩やかな声と、今の囁(ささや)きは――響きが、まるで違っていたから。

『永遠の光』があれば、この暗闇も、晴れるかもしれないのですけど……

……そ、そうなんだ

 わたしは、とりあえず相づちを打つことしかできなかった。
 リンちゃんが言う『永遠の光』がなんなのか、まるで見当がつかないのもあったけれど。

じゃあ……悔しい、けれど

 わたしは、ぎゅっと両手を握りしめながら、悔しい気持ちを込めて呟いた。

おとなしく、ここで救助を待つ方がいいのかも、ね……

 わたしは考えを切り替えて、探しに行くことを止めようと想い始めた。
 メンバーやファンのことは、もちろん気になる。
 すごく、気になる……!
 でも、場所も行き先もわからない暗闇の中、手探りで進んでも、わたしも二の舞になるだけだ。 リンちゃんを、そんな不安定なことに、付き合わせるわけにもいかない。
 なら、リンちゃんの持つ光を目印にして、助けがくるのを待つ方がいいのかもしれない。
 そして助けが来たら、わたしの情報を提供して、メンバーやマネージャー、ファンのみんなを見つけてもらう……そうした方が、いいんじゃないかと考えるようにした。
 ――そんな、冷静な自分の考えに、ちょっと罪悪感もあるのだけれど。

え、っと、ですね……

それまでは、リンちゃんの光――スーさんが、頼りだね

 わたしはリンちゃんの言葉をくんで、マッチの名前を呼んであげる。
 彼女が喜ぶ顔をして、安心してくれるのなら、尊重してあげたいから。

リンちゃん、ありがとう。わたしを、見つけてくれて

……はい! スーさんを信じてくれたこと、嬉しいです!

 ――彼女を一人にするのも、同じくらい、心に引っかかるものがあったから。
 みんなには内心で謝って、わたしは、救助までの時間をリンちゃんと過ごすことにした。

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