ヨシオカは携帯電話で今夜の標的を指示している。
おう、オレだ。例の食堂のガキさらってこい!
馬鹿野郎! 今すぐに行け!
それと、今から一時間だけ黒服は動かねえ。きっちり一時間だ。時間内なら少々派手にやっても構わん
ヨシオカは携帯電話で今夜の標的を指示している。
しかし、あの先生もひでえぜ、自分の娘の同級生だぜ、やることがえげつない、極道以上だ
ヨシオカは電話を切ると後部座席にふんぞり返り、運転しているヤオ・ミンの背中向かっていう。
ヤオ・ミンは真っ直ぐ前を向き運転に集中している。
……
全くひでえ時代になっちまったな……、俺達ヤクザもんは殺し合いはやるが子供を殺す事はなかったぜ
ヨシオカはヤオ・ミンの後頭部を睨みつけながらしゃべり続ける。
ああ、お前の祖国の奴らは昔から金のためなら平気で女子供も殺るんだったな、なあヤオ
……
ヤオ・ミンは相変わずの無表情だ。
まったく、お前らの民族には美意識ってもんがない
車は信号で停まった。
ヨシオカはパワーウインドウのスイッチを押し窓を全開にすると外に向かって痰を吐き出した。
ムッとする外気が車内に入ってきた。
この車もお前の国で作ってるんだよな。いい車だぜ、まったく。調度品としてもな。まあ、俺は大嫌えだけどな
ヨシオカは革張りの後部シートを撫で回している。
ヤオ、お前ぁ、大体なんでこんなしょぼい馬のクソみたいな堕ちぶれた国に来たんだ。お前の祖国は、今や世界一の軍事力と経済力をもってやがるのに
そうか、そうだった、お前は変態野郎だったな。それで喜び勇んで没落の国に来た。変態野郎にとってこの国は天国ってえ訳だ
ヨシオカが声を上げて笑う。
ヤオ・ミンの肩がわずかに揺れる。
この街の奴らはみんな遊んで暮らしてる。そりゃ働かなくても飯がくえりゃ、働かねえよな。でもなあ、昔は働きもんだったんだぜ、この国の人間は
働きすぎで死ぬくらいにな。結婚してガキつくってまた働いて、ちっぽけな家買ってそれで幸せだって、笑うなあ
今はどいつもこいつも死んだような目してるだろ、働かなくても飯は食える。おまんまの心配はない。でもそれだけ、それ以上はない。そして五十前にくたばるのさ。笑うよな。そんなん受け入れて生きてるって。まるで生ける屍の群れだ。まったく今も昔も馬鹿野郎ばかりだ、この国は
この国で、旨いもん腹いっぱい食って、いい女とヤリまくって長生きしたいなら、どうする? 答えは友愛党に入るかヤクザもんになるかのどっちかだ!
究極の二択だ、ウケるよな。どっちがいいか。そりゃあ、友愛党員がいいに決まってるよな。普通。でも簡単にはなれねえ、世襲でなるやつは別だけどな。親が党員っていうのがベスト。途中からなろうとするとなら、よっぽど頭が良くて学者になるか、勉強して医者か弁護士になるか。努力して政府の機関に就職するか。天才的スポーツ選手になるか。なれないって。そんなの普通よぉ。だろ?
ヨシオカはスーツの内ポケットから煙草を一本抜いて口にくわえ、いやらしく輝く金無垢のライターで火をつけた。
だから、今のガキはヤクザになりたがる。今や人気職業のナンバーワンだ。女たちはヤクザの愛人になりたがる。もてるぜぇ、ヤクザは。いい服着て、いい車乗って、いいもん食って、いい酒のんで最高の女といいマンションに住む
だけどこっちも簡単にはなれねぇ、やっぱ才覚ってやつが必要だ。ヤクザにもな。まあ馬鹿じゃあなれない。ここは一緒。はなからサラリーマンやってるようなヤツには到底無理、ヤクザは自分で稼がなきゃな、そして今の時代、シノギあげるのは楽じゃない。この世界でのし上がって行くには天才的な何かが必要なのさ……。馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端じゃなおなれず、それが侠客ってな。まあいいか、お前には関係のない話だ……
ネオシティの街をヨシオカ達をのせた
黒い電動高級セダンが走り抜けた。
カーラジオから古いジャズが流れている。
寂しげなテナーサックスの音。
しかし今年はやけに暑いよなあ、畜生。全く、こんな体裁だけで中身のない張りぼての街つくりやがるから、あちこちから馬鹿どもが湧いてきて暑苦しくてしょうがねえ。みんなくたばりゃいいのになあ……
殺したいか? ヤオ。みんなブッ殺したいか?なあ、ヤオ、殺っちまっていいぜ。この街の奴ら皆殺しにしてくれよ!