リカ

じゃーねー、ユイちゃんまたねー!




ナカシマユイ

またねー、リカちゃん、ユウジくん


ユイがリカとユウジに手を振る。

ユウジ

バイバーイ、ユイちゃん、またテトリスやろうね!

ナカシマユイ

うん、ユウジ君、絶対やろうね






レイコ

今日は、子供たちがすっかりお世話になってすみません。それにこんな素敵なお土産までいただいて




リカのクラスメイトのユイの誕生日会。

帰り際、レイコはナカシマ家の玄関先で頭を下げた。 
土産に貰ったのは、瓶詰めのキャビアと外国の有名店のものだというマカロン。

ナカシマ夫人のルミが有名服飾ブランドの紙袋に入れて持たせてくれた。



レイコ

キャビアなんて食べたことがない。どうやって食べればいいのよ……。恥ずかしくって聞けないし、マスターは知ってるかな。やっぱ、知るわけないか。ご飯に載せてお醤油かけて……。絶対違うわよね、もーう



マカロンはさっき紅茶と一緒に出たので初めて食べたけど美味しかった。

レイコ

この世にこんな甘くて美味しいものがあるなんて


レイコは驚きと悲しみが混ざった気持ちになった。
 

レイコ

こんなに美味しい物を毎日食べてるなんて。許せないわ。


レイコは密かに怒りを覚えた。

レイコ

本当にすみません、こんな高価なものを……



レイコはまた頭を下げる、

そして自分の足元を見た。

履き古したスニーカー。

もうぼろぼろだった。

涙が出そうになった。

惨めだった。


ナカシマルミ

ああ、いーのよ。気にしなくて。それより今度お店にお邪魔するわね


見送りに出たルミがレイコ達に微笑む。

ナカシマルミ

オタクのお店の唐揚げ定食、すごく美味しいって評判だから、ねえ



ルミが隣で立つ夫に話しかける。

ナカシマ議員

うん、一回食べておかないとって、いつも二人で話してるんですよ



ユイの父親、ナカシマが言った。

レイコ

あはは、そんなあ、評判だなんて。あんな定食、お口には合いませんよ

レイコ

 ───社交辞令。ウチの定食なんて食べる気なんかないくせに



レイコは心の中で毒づいた。



噂には聞いていたがナカシマ家の暮らしぶりは、レイコの想像以上だった。



友愛党員の議員宿舎。外見は普通のマンションだったが、一歩玄関の中に入った時からレイコは目を見張った。


豪華な調度品の数々。


最新の家電製品、ナカシマ夫人ルミの華やかな服装。





そして何よりレイコを驚かせたのがナカシマ家の贅沢な食生活だった。


レイコ

 ───こんな時代だっていうのに、あんな贅沢な食材一体どこから入るんだろう





私たちは毎日売れ残った食堂の料理を食べて、その食べ物は汚染されてる。



子供たちは政府配給の安全だけど味気のない食事。


 
それに比べて、この人達は安全な上に信じられないようなおいしいものを毎日食べて暮らしている……。



そして健康で寿命だって全うして生きていくだろう。


レイコはあまりの理不尽さに涙がにじんだ。





ユイの父親ナカシマは、友愛党の幹部でこのネオシティ第一七居住区の区議会議員だ。



この国は過去十五年間、友愛党という政党の一党独裁政権下にある。

友愛党総裁はカモガミといい十五年間の長きに渡り政権を維持しているこの国の最高指導者である。

カモガミは革命戦争の時の功労者だった。

当初カモガミの総裁就任時、報復攻撃があると分かっていながら首都に先制攻撃を行った事で一部では痛烈な批判を浴びていた。

しかしカモガミは最高指導者の地位に就任してまず、食料の安定供給、失業者への社会保障の確立などの政策を積極的に行なった。
 
この政策は当時、世界恐慌による凄まじい就職難と未曽有の食糧難に痛めつけられた国民に絶大なる拍手喝采を持って受け入れられた。

カモガミはその後も卓越した政治手腕を発揮しこの国の復興に尽力すると、いつしかこの国の歴代指導者の中でも最高の指導者だとの呼び声も聞こえてくるほどになった。

カモガミは法律を変え大統領と首相を統合した「総統」職を新設して自らそのポストにつき、国民投票で是非を問うた。

賛成票は九十パーセントにのぼった。

こうしてカモガミ総統と友愛党の輝かしい時代が誕生したのだった。

絶大なる国民の支持によって誕生した友愛党政権だが、友愛党の政策は時代が進むにつれて友愛党党員優先の差別的階級制度にシフトしていった。

友愛党の党員であるということはいつしか富の象徴となり、党員の暮らしは栄華を誇った。

この事で一般の貧しい国民は友愛党政治に対して強い不満と不信感を抱くようになっていくのだった。

友愛党員はこの国のエリートであってこの国の社会のあらゆる分野、行政、立法、司法、軍、大衆組織におけるまで指導牽引していた。

友愛党員に成るためには厳格な審査があり一般の人は簡単にはなれない。

基本理念は民主的かつ文明的な国を建設する事とされたが、実際は極端な階級社会を形成していた。

友愛党員は、特権階級あつかいであらゆる面で優遇された。

例えば、海外から輸入された安全で贅沢な食料品が優先的に党員に配給される事などである。

特にそのことは、いまだに続く慢性的な食糧不足で未だ危険な食べ物にしかありつけない庶民たちの強い反感を買っていた。

この国で健康的に長生きするためには僅かに輸入される安全な食物だけを摂取していくしかないのである。

それは一部の世界的大企業に務める家庭か友愛党員にしか許されてはいないのであった。






携帯の着信音がなった。





「失礼」


ナカジマはスラックスのポケットから携帯をとりだし電話に出る。

ナカシマ議員

ああ、私だ。待ってくれ




ナカシマ議員

すみません。仕事の電話です。ちょっと失礼します



ナカシマは通話口をおさえてレイコに目礼すると、奥に消えた。

レイコ

いいえ、こちらこそ、すっかり長居してすみません。二人共ちゃんとお礼を言いなさい!

リカ

はーい、ありがとうございました

ユウジ

ございましたー

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