今宵も、始まったようだ。
殺し合いの時間――アクティブタイム。

あや

凛……

大丈夫よ、あや
この部屋にいさえすれば安心なのだから

私達は、自分たちの部屋で大人しくしていることにした。
私は占い師。外に出歩くような役職ではない。
重要な役職であるならば、護りに走るべき。
攻撃は、きっとあの子がしてくれる。
私は、その手助けだけすればいい。

あや

本当に、あやの能力なら……誰も死なないんだよね?

ええ、一応ね

あやは怯えるように私を見る。
一応、という言葉が妥当なのかは分からない。
あやはずっと怯えているし、昨日だって寝ていないからか、目の下にクマが出来ている。
これが普通の反応だ。
誘拐され、よく分からないゲームに二度も巻き込まれれば、誰だって怖い。
私は……慣れてしまっただけ。

あや

…………

あや……もう寝なさい
私が起きていてあげるから
あやは少し休むべきよ

眠そうに目をこするあや。
やっぱり眠いんだろう。
あの子は……夜弱いくせに、無理をするから。
自分にできることを探して、助けてくれようとする。
あの子のおかげで私は生きていられるのだから、これ以上は大丈夫なのに……。

あや

でも……あやが寝ちゃったら、凛はどうするの?

心配そうに見つめてくる。私は平気だ。
元々夜型だし、大して徹夜は苦にならない。

寝ていないとあやは余計足を引っ張るわ
いいから寝なさい

あや

私が厳しく言うと、何かを理解したようにベッドに向かい、布団に潜り込む。
大人しく寝るようだ。

あや

……おやすみ……

ええ、御休みなさい

彼女はそれだけ言うと、眠った。
数秒で寝息が聞こえてくる。相変わらず早い早い。

さて……

私が今晩、ここであやの身を護る。
部屋に誰かが入ってこないとは言い切れない。
私は住吉から全ての能力を誰が持っているか知っている。
警戒するべき相手も当然……知っているのだ。

能力説明
『要塞化』

効果
ゲーム中、任意のタイミングで自分のいる個室の鍵を施錠できる。
狼も施錠された鍵を開けることはできない。
自分のいる個室なので、自室でなくても発動可能。
無効化には効果がない。
発動中、物理的に扉を破壊することもできなくなり、ピッキングなども無効になる。
発動条件 「要塞化発動」と発言し、施錠する。
効果範囲 自分のいる個室

保有者
文月あや

コーヒーでも飲もうかしら……

夜は長い。
手元に武器を置いておくとして、コーヒーのお湯が沸けるまで、私は暇潰しに部屋の中にある書物に手をつけた。

あやの特殊能力である要塞化は発動中、物理的な扉の破壊までも無効化する、護りに関してはこれ以上ないほどの鉄壁さを誇る。
たった一つ『無効化』のみ、気を付けないといけない。
そいつが誰かを知っているから、そいつさえ何とかなれば私達の勝利は安泰だ。
でも油断はしない。
一つの可能性があるなら、気をつけることには変わらない。

…………良い豆を使ってるわね……
無駄に金だけ使ってくれて……

マグに入れた黒い液体は、良い香りを立ち上らせる。
これは相当品質の良いモノを使っているのだろう。
素人の私でも分かる違い。
気になり、先ほど入れた豆の缶を見てみると。

……ブルーマウンテン……
そりゃ美味しいわけよ……

何気無く入れていたこれ、コーヒー豆の最高級ブランドだった。
一杯の桁が四桁とかしそうな。
私は脱帽しながら、今夜誰を占うか、早速思惟に耽る……。

また無理なことをしたわね……
貴方、血達磨になってたじゃない

奈々

大丈夫大丈夫、傷は全部治ってるからさ
こんくらいは何でもないよ

…………あやを起こさないようにしてね

奈々

わーってるよ

日にちが変わる頃。
投票を終えて、暇潰しに経済学の本を読んでいたら、不意にドアがノックされた。
私は予定通り、と念の為に端末で連絡を取ってから、ドアを開けた。
要塞化の能力は、室内に誰かがいても一時的な解除はできる。中から開ければいいのだ。
閉めた途端にまた要塞になるわけだが。

訪ねてきたのは、全身血達磨になった住吉だった。
頭からぽたぽたと鮮血を垂らしながら、よっ! と笑顔で手を挙げて挨拶する光景はまさにホラー。
私は一度そのままドアを閉めて、部屋に戻って血だけ流してこいと命令した。
今夜はまたこの馬鹿が死んだのでこれ以上人は殺せない。
さり気無く殺人を防ぎつつ、彼女は平穏なアクティブタイムを作り出している。
服装も何故かもう一着あった制服を着て、彼女は私の部屋を訪れた。

また捨て身したわけね……
それで、何を得られたの?

もう何を言っても無駄なのは分かった。
やり方が違うのは個人の自由ということで流す。
今夜の成果は、3番の半井さんと殺りあって彼の武器が剣であることを知った。
本人が狼じゃないと言っていることも。

半井さん、貴方をどう殺したの?

奈々

……あいつはやめたほうがいいよ速水
あの眼鏡、過去に剣術やってたらしくてね……
そこで一度、破門されてるの

なぜそんなことを、聞くのは馬鹿らしい。
進行役なら知っていても何ら不思議じゃない。
問題はそこじゃない。

……どういう意味?

奈々

いや、私も目を疑ったんだけど
あいつ、一度人間切り殺してるんだって
……木刀で

はっ?

今なんて言った住吉?
問い返す前に、神妙な顔つきで彼女は繰り返す。

奈々

いや……だからさ
木刀一本でフル装備したどっかのヤクザ百人だか、血祭りに上げてるんだよあいつ

信じられないような事を言う住吉曰く、半井さんは若い頃……多分20代くらいの頃だろう。
何でも当時通っていた剣術道場に押し掛けてきたヤクザをたった一人で、百人血祭りに上げたことがあるらしい。
ちなみにフル装備とは、闇世界で売られているという軍隊の横流し品とかのこと。
防刃ジャケットとかそういうものだと説明されるが。
そこじゃないでしょ、ツッコミ入れるところは。

木刀で……斬る?
木刀って斬れないでしょ?
勢いだけで突き刺したりしたの?

木刀と言われたら普通こんなのを想像すると思う。
木材を加工しただけの、このいうなれば木の棒で……斬殺?
撲殺ではなく?

住吉は続けた。

奈々

世の中不思議なもんだよねぇ……
あのメガネが木刀を振るうたびに、鎌鼬が発生して相手を防刃ジャケットごと袈裟懸けに切り刻んで半殺しにしたらしいよ?
後は木刀が摩擦熱で焼け出して、それで相手を殴打して大火傷させたり、何故か氷が発生してひょーちゅー? って奴かな、それでぶっ刺したりとか……
その一件で破門にされたらしいよ
本人からやめてったって話だけど……

……実話?

奈々

実話

それはどこで人間をやめてしまったの?
意味が分からない。
幽霊を見ている私でも、正気を疑う。
半井さんは人間だろうか。

奈々

因みにさっき、私は一刀両断の如く、首を骨ごと切断されて頭をサッカーボールシュートで蹴り飛ばされた
苦労したよ
復活したときに頭無くても頭は自動的に戻ってくるから意味無いけどね

普通、首を切断するには相当無理があると聞いたことがある。
太い骨ごと要するに切るわけだから、刃物でも当然詰まってしまうとか。
スッパリとドラマやアニメのように切断などできない。常識的に考えて。
それを……ぶった斬った?

……直接戦闘において、私とあやがどれだけ不利か、よくわかったわ……

奈々

あの眼鏡、中二病だけど戦闘能力は53万位はあると思う
少なくてもここじゃ一番強いよ
だから手出しはおすすめしない

繋がった首を動かす住吉。
先ほどダラダラ流血していたのはそれが理由だったのか……。
半井さん、どこぞの宇宙の帝王でも降臨なさっているようだ。
成程、3番も気をつけよう。

それから私は、必要な情報を彼女と共有して、その晩は別れた。
取り敢えず朝まで、私達は無事に生きていた。

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