第七話 ヴァンパイアハンター現る

七星!!

俺はその名前を叫びながらドアを開けた。

大丈夫かななほ
なにやってんのジルゥゥゥゥ!!!???

俺のヒーローっぽい叫びが恐怖の裏声に変わったのは、ジルが七星を羽交い締めにして、今まさにその首筋に牙を剥こうとしていたからだ。

早くね!? 展開早くね!?

バカ!! アマネのバカ!!

なんでジルがキレてるし!

こんな処女連れてきたらがまんできるわけないじゃないっ!

オネエか!!

落ち着け、ジル。その子だけはやめろ!! 頼むからやめろ!!

俺はジルに呼びかけながら、自分も落ち着けと言い聞かせて、じりじりと二人に近づいていく。

ドアのすぐ隣では北鎌倉女史がカチンと石膏のように固まり、ジルを見上げていた。

俺の姿に気づくと、北鎌倉女史はようやくはっと我に返り、目の焦点を取り戻す。

おっ、お嬢様を離しなさい!!

 北鎌倉女史は竹刀のように何かをかざしているが、それはリモコンだ。

うむ、離したいけど無理だ。こんな極上の処女を見せられたら私とて無理だ

 軽いノリでごまかそうとしてはいるが、俺にはジルが本気で葛藤しているのが分かった。

ジルの口調にいつものようなすっとぼけた余裕が無い。
いつもだらしなく笑っている口元は引き締まり、
本能を抑えようとしているのか、腕や手や首筋に血管が浮き、筋肉が小刻みに震えている。

お、お兄様、この人は……?

見知らぬ外国人のおっさんの胸の中に閉じ込められつつも、七星は気丈に目を見開いて状況を把握しようとしている。

離れろ七星、そいつは……

この期に及んで俺は、ジルが吸血鬼であることを世の中に(七星に)言うべきなのかどうか躊躇していた。

…そいつは……種村弁護士のカレシだ!!!

だからといってその紹介は無かろうと、後に俺は深く反省したという。

!!

!?

七星と北鎌倉女史の目が大きく見開かれた。

種村弁護士はもともと渋澤家の顧問弁護士だから、二人もよく知っている人物である。

そのカレシ……この銀髪の外国人がカレシ……種村弁護士のカレシ……
だからどうしたぁぁ!!(自分ツッコミ)

状況をさらに混乱させてしまったと気づいた俺は、慌てて

ジル、その娘はバーサンの孫だ!!離すんだ!!


吐息が首筋にかかるすんでのところで、ジルはガチっと歯音を立てて静止した。

ウグゥウウゥゥ

ジルは犬の唸り声のような声を絞り出すと、七星の体から自分をむしり取るようにして離れ、

咆哮した。
その瞬間、ジルの姿は巨大なコウモリに変化した。

は!?

ええ!?

俺は、ジルの怪物らしい姿を初めて見ていた。



ジルは本当に吸血鬼だったんだ。吸血鬼って、モンスターだったんだ。

そんな当たり前なことをぐるぐる確認している場合じゃない。

七星が、まだその手(足?)に、ガッチリつかまれているのだから。

キャァァァァァアァァァッ

蝙蝠は七星を捕まえたまま、大きく羽ばたいてドアに体当たりし、部屋の向こうへと飛来していった。


情けないことに、日常生活から大きくかけ離れたアリサマを見た俺は、とっさに足が動かなかった。

次にどう動けばいいのか分からない。脳と足の動きがバラバラになったような感覚。

…えぇ?

俺はもう一度無意味につぶやいた。

脳が状況を整理しようと空回りを続けていた。俺は感情をコントロールしようと前髪を掻き毟った。

早くジルと七星を追わなければ。でも、こんなことってあるのか。こんなの何かの間違いじゃないのか。

……すごい……こんなのスゴすぎる……

俺の混乱した頭にスコンと飛び込んできたのは、北鎌倉女史の陶然とした声だった。

え?なんかへんな声出してねぇか?

あなたを見くびってましたわアマネ様。あたくしどものことをこんなに研究なさっているとは存じ上げませんでした

はい?なんですって?

でもここまでお膳立てして下さるなら、
乗らないとオンナがすたるというもの。

ハッ、鞭!
こんなことなら鞭を持って来ればよかった!
吸血鬼退治には鞭、これはいにしえのコナミからのお約束ですものね!
次は忘れませんから、今日はどうぞお許しくださいませね!

なんの話ですか!

でもわたくし、こんなこともあろうかと、アスカ・セラーズ(近所のコンビニ)からこれだけは買ってまいりましたのよ

彼女が取り出したのは木の杭だった。売ってたのは知ってた。なんで売ってるのかわからんかったけど売ってるのは知ってた!

お嬢様ッ、ヴァンパイアハンター北鎌倉政子、今参りますわよ!!


……なんていうか……



マイナスに、マイナスを掛けると、プラスになるじゃないですか。

あれ、ありますね。

わけわかんない状態(マイナス)に、輪をかけてわけわかんない展開(マイナス)が起きると、
なりますね。プラス。
俺、今、超冷静です。

俺は目が座った状態で、ジルが飛び去った方向をついっと見据えた。

わざわざコウモリになったんだから、ジルが地下に向かったということはない気がしている。

まだ日差しはある………

ヤツは月光館からは出ない。
夜を待って、どこかに身を潜めたいはずだ

俺は客間のドアを勢いよく開けながら、後ろの北鎌倉女史に言った。

クローゼットとか、隠れられそうなところは全部開けてみてくれ

ドキドキしますわね。クロックタワー2みたい

クロックタワー2?

名作ホラーゲームですわ。

なんかあんたのことがだんだん分かってきたぞ……

ここはチャイナ・ルーム。大人二人が隠れられそうな場所はそんなに多くない。

俺はテーブルクロスをむしりあげながら、空っぽの空間に目をこらした。

七星が悲鳴でも上げてくれりゃいいんだが……

悲鳴が上がる状況もイヤだが、悲鳴すら上がらない状況がはもっとイヤだ。

ところで、あの吸血鬼役の方は、外国人ですの

飾り棚を開けた北鎌倉女史が、とても重要なことを聞くように言った。

役ってなんだ?ジルのことか?
あいつはハンガリー人だけど

銀髪のハンガリ貴族……

 ぶるっと、北鎌倉女史の細い背中が震えるのが見えた。だんだん、こいつは「女史」じぇねえなという予感がしてきたが

種村弁護士のカレシというのは

 くるっと振り向いた。

ガチですの?

 やっぱり腐女子でした。

ガチですよ

肯定してやったよ。

で、でもあたくし、どちらが攻か受かなんてあえて聞きませんからカップリングは個人の自由でこころのなかにあるのですから

……うす……

……。

いい具合に北鎌倉が俺の心を冷えさせてくれるので、探索はテンポよく進んだ。

地下室。

書斎。

倉庫。

客室。

俺が私室に使ってる部屋。

食堂。


月光館マジ広い。

初めて入る部屋もあった。

どこにもジルの姿は無く、七星の姿も見当たらず。

俺は少し途方に暮れて、窓の向こうを見上げた。

初冬の夕方は、5時ともなると真っ暗だ。

もう月も昇りかけようとしている。

その月を見て、俺の脳裏にひらめくイメージがあった。


月光館のシンボルになっている、月見の塔。

あそこだ。あそこに違いない。

だって、ジル本人が言ってたじゃないか。
血そのものが目的じゃないんだろ。
オドが…エロスこそが大事なんだろ?

久しぶりの極上のごちそう、美しい処女。

七星のあのきれいな首筋にぷすりと牙を沈めるなら……あの場所がいい。

塔の上で、月の光を浴びながら、七星に……

……俺なら、絶対にそうする。

くそっ、もしかするとこうしている間にも…

俺は歯ぎしりすると、塔に向かって駆け上がった。

月見の塔だ、
行くぞ、ヴァンパイアハンター!!

ええ!

北鎌倉も後に続く。

ゾクゾクしますわ

その声がうっすらとまた恍惚を帯びていることに、とりあえず俺は気づかないふりをしていた。

第七話 ヴァンパイアハンター現る

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