第六話  正しい相続人

アマネおにーたん、もっと七星のおうちにこないといけまてんわ。

アマネおにーたんがきてくれたときだけ、
七星はおべんきょうをすることに決めまちたのよ。

七星は渋澤本家のご令嬢だ。

俺だって渋澤姓ではあるのだけども、オヤジがバーサンに勘当されているので、渋澤一族とは基本的に何のかかわりもない。

ちなみに渋澤家は洗剤や化粧品まで手広く展開する某ブランド企業の創始者一族であり、現在は経営の第一線から外れているものの、
引き続き筆頭株主として確固たる地位を保っている。

バーサンは70代半ばまで経営の中枢で辣腕をふるっており、その娘息子たちも、バーサンまでとはいかないまでも堅実に一族の資産を守り続けていた。


その華麗なる一族の中でも、七星はお姫様のような存在だ。

渋澤本家を引き継ぐことになった長女・日美子おばさんの一人娘であり、バーサンの一番のお気に入りである。


わからないのは、なぜそのお気に入りのお気に入りが、俺だったのかということだ。

アマネおにーたんじゃないといけまてんの。アマネおにーたんがいいんですの。

俺が高校1年の夏、一度だけバーサンに本家に来いと呼ばれたことがあり、
その時まだ小学校低学年だった七星に、なぜか俺はいたく気に入られた。

アマネおにーたんが来ないのならば、七星はメシを食わぬ!!

まさかの4日間に及ぶハンガーストライキにより、俺は七星の家庭教師として本家に出入りするようになる。


貧乏そだちの甥っ子に日美子おばさんや学おじさんは良くしてくれ(バーサンはただの一度も顔を見せなかったが)、
俺はとても恵まれた2年半のバイト生活を送ることができた。


だが、どんなに七星が俺を慕ってくれても、住む世界が違う。

渋澤家の一員として認められるかもなんて、勘違いしてはいけない。

勘違いすんな。
勘違いすんな、俺。

俺はそう自分に言い聞かせて、常に七星とは心の距離を置くようにしてきた。

何より、相手は幼女だったし。

アマネおにーたん、七星のしみつをおしえてあげまつ

七星は、よく俺に耳打ちをしてきた。

七星はおばあたまから、げっこうかんをもらいまつ。
そしたら、アマネおにーたんと一緒に暮らしましょうね。

私どもはチェックをしに参ったのでございます。抜き打ちチェックでございます。

………。

天気雨を背景に、かすかに睫毛を揺らしてうつむいている七星を見て、俺は素直にキレイになったなと思っている。


月光館の相続が確定して本家にあいさつに行った時、ちらりと顔を見ることはあったけれど、
こんなに間近に七星を見るのは、本当に久しぶりだった。

聞こえてますか、アマネ様。聞いてますか?アホでございますか?耳までアホでございますか?

この女執事に大変分かりやすく嫌われている俺。

アホなりに聞いてるよ。なによ抜き打ちチェックって

先日も申し上げましたが、私どもはこの相続に納得しておりません

キっ、とばかりに女執事が俺を睨み上げる。

あー、そういやそんなことを言ってたな

月光館の相続人が俺だと聞いたとき、ショックのあまり七星が倒れたという噂も聞いてる。

俺だって、月光館の相続が俺になるって聞いてまっさきに浮かんだのは……

一緒に暮らしましょうね

七星のこと、だったんだけどなあ……

アマネ様は月光館の相続人としてふさわしくないと、私どもは考えております。
しかしながら、大奥様の遺言も尊重せねばなりません

悔しげに女執事は首を振った。この北鎌倉という女性は、七星が中学に上がるにあたり、悪い虫がつかないようにとバーサン自らが着任させたお目付け役である。

彼女が来てから、俺はピタリと七星から遠ざけられた。

……しからば、正統な方法で取り戻すのみでございます

正統な方法が、抜き打ちチェック?

遺言書の一部を読み上げます。
「家財道具その他を海外に譲渡あるいは輸送した場合は、遺族が相続人に3倍の違約金を求めることができる」

あー、種村さんもそんなこと言っていたなあ

「また、相続人が月光館の外観、内装を著しく変更したり、みだりに風紀を乱すなどして、月光館の主たる品位を落としていると判断された場合、遺族は相続人に3倍の違約金を求めることができる」

はい?

アホにもわかりやすくまとめますと
「住んでもいいけど生活が乱れてたら即★金払え」

はぁ!?

まあ、あなた様に違約金が払えるわけがございませんから、約束をたがえている場合は、すぐに出てっていただきましょうと、まあそういうことでございますわね

北鎌倉女史は、ぽいとばかりに黒のヒールを脱いだ。

さあ、チェックでございます!

ちょちょちょちょ!

おじゃまいたします

女執事の後ろに、スっと七星が続いた。

ちょっと待てよ、七星……

……お兄さま……

くるりと振り返り、七星は強い口調で言い放つ。

わたくし、諦めてませんから

その目に射抜かれるようにして、俺は固まる。

違約金は払えないかもしれないけど、そんなに七星が月光館が欲しいのなら、返してあげたほうがいいのではないか。

もともと、この館は七星の夢だったのだし。

彼女のほうが、俺よりよっぽど正統な後継者………



伸ばした手をぎゅっとこぶしにした時、リビングから、

かなきり声が聞こえてきた。

しまった!!!

ジルがいるのを忘れてたぁぁぁぁ!!!

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