The Bandの演奏するアイ・シャル・ビー・リリーストが壁に埋め込まれたスピーカーから流れてきた。
ボーカルの搾り出すようなファルセットが淀んだ店内の空気を僅かに震わせた。
The Bandの演奏するアイ・シャル・ビー・リリーストが壁に埋め込まれたスピーカーから流れてきた。
ボーカルの搾り出すようなファルセットが淀んだ店内の空気を僅かに震わせた。
すべてのものは置きかえられるという
でも、すべての距離ははっきりしていない
だからおれはすべての顔を覚えている
おれをここに置いたすべての人の顔を
おれの光が輝いているのがみえる
西から東へ もういつでも
おれは解き放たれるだろう
この国は今から二十年前の西暦一九九五年に破綻した。
それは小さな経済新興国の取り付け騒ぎが発端だった。
取るに足らない小国のデフォルト。
しかしそれをきっかけしてに世界経済のバランスが崩れ、先進国と言われていた殆どの国が連鎖的な経済危機に陥ってしまった。
行き過ぎた市場原理主義、資本主義社会の崩壊だった。
各国の株価は地に落ち、主要通貨は暴落し紙くず同然になった。
過去最大級の世界恐慌、世界中の国々で失業者が溢れかえった。国債の暴落、凄まじいインフレの発生。
主要各国はこの国の高品質で高価な製品を買い取る経済力を失ってしまった。
もうこの国の世界に対する経済的影響力はゼロに等しいと云えた。
完全失業率四十五パーセント、食料自給率五パーセント。
そしてその後に最悪のシナリオが待っていた。
この国を含む周辺地域の国々は数年前に締結された協定により加盟国間のすべての関税を撤廃していた。
自国の工業製品を海外により安価に輸出し有利な貿易を行う事と引き換えにこの国は食料自給へ回帰する道を捨てたのだ。
あらゆる農作物、海産物、畜産物は近隣諸国から安価で輸入された。
その事によってこの国の農業および漁業、畜産業、その他、第一次産業のほとんどは消滅して行った。
そして経済ショックが世界を震撼させた翌年、未曽有の食料パニックが発生した。
この年世界的な異常気象の影響で農作物への被害が相次ぎ、穀物相場は急上昇、同時に家畜パンデミックの大流行で各国の家畜数は激減した。
世界的な食糧不足時代がはじまった。
急遽全ての食料輸出国は自国民の食料を確保するために極端な輸出規制を行った。
外国に売る食料なんて存在しなくなったのだった。
各国はブロック経済体制を取り始め、再び世界経済は分断された。
それは資源がなく工業製品の輸出に頼ったこの国の経済にとって大きなダメージとなった。
食料自給率が異常に低いこの国はたちまちかつて無いほどの食糧難に見舞われた。
この国はあっけなく崩れ落ちた。
飢えで死んでゆく人の山また山。
市民の食糧配給に対する抗議デモは次第に大きな運動となっていった。
それはやがて暴動となり国中を巻き込んで拡大した。
国内各地で荒れ狂う暴徒。
国民は政府に対する不満を爆発させた。
当時の政府は反政府デモを弾圧するために強硬手段を投じ軍隊を派兵した。
戒厳令がしかれた。
国民の権利を保障した法律の一部が効力を停止し、行政権・司法権のすべてが政府軍の権力下に移行した。
政府軍による市民の殺戮。
多くの罪のない国民の血が流れた。
それでも飢えた人々は政府と戦う姿勢を崩すことは無かった。
政府軍による一般市民への攻撃。
この事態に憤った軍の一部が政府軍から離反し武装闘争を開始した。
軍隊の幹部によるクーデター。
そして強大な反政府組織が生まれた。
内乱は日を追うごとに激しさを増していった。
これが後に泥沼とかす革命戦争の始まりだった。
混乱に乗じたテロリズムも横行した。
狂ったテロリスト集団が国内の主要原子力発電所を同時多発的に爆破したのだ。
原発依存度の高かった大都市への送電は瞬時にストップしこの国は暗闇に包まれた。
そして最悪なことに数基の原子炉が制御不能に陥り炉心が融解爆発した
。
この事で原子炉内の放射性物質が大気中に大量に放出された。
当初、政府は住民のパニックや機密漏洩を恐れ、放射能漏れの事実を公表しなかった。
また、付近住民の避難措置なども取られなかったため、多くの人々が甚大な量の放射線をまともに浴びることになった。
高濃度の放射性物質で汚染された土地は居住が不可能になり、数百万人が移住を余儀なくされた。
首都を含む主要都市は壊滅状態となった。
政府軍も同盟国の協力を得てテロリズムに徹底的なよる報復を……。
しかし全ては遅すぎた。
パンドラの匣は開けられたのだった。
五年続いた泥沼の内戦が終わると、勝利した革命軍の若きリーダーが新政府を立ち上げた。
開戦時一億二千万人いた人口は、戦死したものや他国に逃れたものも多く、革命終了後には半減してしまった。
なんとか残された六千万人は新時代の幕開けを迎えることが出来た。
希望に満ちた新しい時代が訪れると誰もが信じていた。
しかし実際にはそうはいかなかった。
漏れ出した放射能はこの国を覆い尽くしていた。
世界はこの国を見捨てた。
こうしてこの国は死の国となったのだった。