モリタ

ハルトくん。今帰り?

センター長のモリタがロビーを歩いていたハルトを呼び止めた。



 
先程の老人に食事を与えるとハルトの今日の仕事は終わりだった。



ハルト

はい、今から帰るところです

ハルトは立ち止まりモリタの方に振り返るとそう答えた。

モリタ

そうか、お疲れ様。それと今日は女の人が緊急搬入されたのは知ってた?

ハルトに近づきながらモリタは言った。

ハルト

はい、確認しました。だけど違ってました


そういいながら足元に視線を落とすハルト。






天井の蛍光灯の光が無機質なリノリウムの床に鈍く反射している。

モリタ

そうか





ハルト

母はきっと、外の世界で暮らしてるんだと思います





モリタ

うーん、外の世界のことは実は政府もはっきりとは把握してないらしいからな





ハルト

そうですか







モリタ

それに政府のいうことは信用できない、まだ相当の数の人たちがまだあっち側で暮らしてるよ





ハルト

はい、壁の外側が現在どうなってるのか誰も知らないし





モリタ

そうだね。でもあきらめないで希望もって。お母さんに、早く会えるといいね






ハルト

はい、ありがとうございます



待合ロビーのソファーに座って数人の患者がテレビを観ている。




テレビの女性キャスターが昨夜発生した殺人事件の詳細を伝えている。




女子アナ

また水曜日にバラバラ殺人事件です





ハルトの住んでいる居住区近辺ではこの半年の間に女性が夜道で襲われ殺されるという事件が連続して発生している。

手口は皆同じで被害者は首をひも状のもので絞殺されたあと、どこか別の場所に運ばれる。

そこで遺体は電動ノコギリを使いバラバラに切断、解体されていた。

翌朝、街角の比較的目立つ場所でゴミ袋に詰められた酷たらしい状態の遺体が発見される。

放置された遺体の主立った肉は鋭利な刃物で削ぎ落とされたあと持ち去られていた。

顔面は比較的に綺麗な状態であったが、例外なく被害者の片方の眼球だけが抜き取られていた。

なんとも恐ろしい猟奇的な連続殺人・死体損壊事件である。




女子アナ

女性だけを狙った非人道的で残忍な手口、被害者と同じ女性として決して犯人をゆるすことができません

と女性キャスターは締めくくった。

モリタ

変質者の仕業だろうけど、物騒な世の中だ



テレビから目を離しモリタは顔をしかめていった。

ハルト

ええ



ハルトも顔を曇らす。

モリタ

あ、引き止めて悪かった。じゃあ、気をつけて

ハルト

はい、お先に失礼します



ハルトはモリタに挨拶をして上履きからスニーカーに履き替えると玄関を後にした。


風はなくひどく蒸し暑い夜だった。


空は月もなく厚い雲に覆われている。



センターの建物を出るとハルトは駐車場に停めてあった小型の電動バイクにまたがった。



ヘルメットをつけて左腕につけた腕時計の有機液晶のパネルを見た。




時計は七月十八日、午後七時二十分を表示している。






ハルト

なんだか急にお腹が減ったな。今夜はマスターの店にいくかな

ハルトは行きつけの食堂に向けてバイクを走らせた。

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