プロローグ











木曜日の朝、強い頭痛で目覚めた。

頭全体が締め付けられているように痛む。

独り暮らしのワンルームアパート。

部屋の中、家具が散乱している。

まるで嵐が通り抜けたみたいに。

痛みを感じて右手の甲を見ると擦過傷があり、中指の付け根に血が滲んでいる。

何かを拳で殴った時に出来た傷みたいである。

昨夜の記憶を辿ってみたが、どうしても思い出すことが出来なかった。

また昨夜の記憶が飛んでる。

これで何度目だろうか。

しばらく安静にしていると頭痛は嘘のように消えた。

最近、数週間に一度の割合でこのような朝を迎える事がある。

そして、その間隔は段々と短くなってきていた。












老人

君は何故ここに来た?


ベッド上で上半身を起こしている老人がハルトに問いかけた。




老人と言っても見た目はそんなに年老いた感じはしない。




ただ異様に痩せて肌は荒れてカサカサであるが、眼光だけは鋭い男だ。

ハルト

他に仕事がないから……





老人

今は大変な時代だからね。でも多くの若者は政府の生活支援プログラムで遊んで暮らしてるじゃないか





ハルト

別にそれでもいいんですけどね。……ただ人を探してるんです。もしかしたらここで会えるかもしれないから


───確かに楽な仕事じゃない。





ハルトは思った。





放射線被爆者療養施設の仕事は過酷だった。

寝たきりの病人の食事と排泄の世話。

一日平均十五時間労働。


支払われる賃金は政府の失業者対策の支援金とさほどかわりはなかった。





老人

それで誰を探してる?




ハルト

子供の頃に別れた母親を。
もうここに運び込まれてもいい年齢になってるはずだから……


ハルトが働いているこのセンターは常時約三百五十名の老人を収容している。

老人と言っても施設入居者の平均年齢は四十七歳であった。


このセンターは放射能を直接あびて被ばくした者と放射性物質の含まれた食物を食べ続けたせいで内部被ばくした者が入居する施設である。







この国の水とあらゆる食べ物には放射性物質が含まれていた。





その汚染された食物を食べ続けた人々の余命は通常の場合の半分以下になると云われていた。



放射性物質は毎日の食事として口から入り胃や腸、更に消化吸収されて人体の様々な臓器を少しづつだが確実に破壊していく。




現在この国で生きているの国民の直接被ばく者と内部被ばく者を合わせた数は全人口の八割に達していると云われている。




その数およそ五千万人。国民の平均寿命は五十年に満たないとの試算が発表されている。



この施設に運び込まれてくるのは、放射能毒に犯されて末期的な症状の死を待つだけの人たちだ。


彼らはこの施設で積極的な治療を受けるわけではない。


死ぬまでの残り僅かな時間をただここで過ごしているだけだった。




町外れの小高い丘に立っているこの施設「丘の上ホーム」は別名、廃棄物処理場と呼ばれていた。



01 廃棄物処理場

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